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博士人材を育てるべき理由:この国の未来を支える挑戦者たち
研究と経済支援の現実
研究者を目指す道は、自分の能力と時間を投下して人類に資する新しい発見を成し遂げるためのものだ。しかし、この道は非常に険しく、特に経済的な支援が極めて不足しているという現実がある。この現実に対して強く異議を唱えたい。私は研究をするために上京し、学部卒で就職するという安定した道を捨てて研究という世界に飛び込もうとしている。その中で、多くの人が地元で働き、早くに結婚して家族を持つという盤石な人生を選ぶ中で、博士課程に進み研究に打ち込むことを選んだ私には、しばしばその選択の現実の厳しさが重くのしかかる。
例えば、日本での主な経済支援である学振(日本学術振興会の研究奨励金)は、倍率8倍にも達する厳しい選考を経なければならない。最低限の生活を送るために必要な15–20万円ほどの支援さえも得ることが難しいという現実には、強い憤りを覚える。これは国家として、若者の未来を軽視しているとしか思えない。私の信条として、人生において最も重要なのは時間である。そのため、最低限の生活ができるだけの資金があれば、心置きなく研究に打ち込みたいというのが私の望みである。
また、台湾出身の留学生から、日本はまだ経済支援が充実していると聞いて驚いた。確かに支援制度は存在しているが、それでもアメリカのようにもっと手厚い支援が必要だと感じる。もちろん、支援を拡充することは社会全体での選択や負担を伴うかもしれないが、私はそれでも研究を志す若者に対する支援が重要であると信じている。だからこそ、政治がいかに大事であるかを改めて実感している。
若さと挑戦の価値、そして未来の働き方
若く、体力も頭脳も最も充実している今、この時期にこそ研究のノウハウを身につけ、最先端の研究を行い博士号を取得したいと強く思っている。しかし、東大の学部卒の同期が高給をもらって生活しているのを見ていると、日本の社会構造には大きな疑問を抱かざるを得ない。なぜ、誰にでもできるような仕事に従事している人々が安定した生活を送り、逆に挑戦的で創造的な研究をしている者が経済的に苦しむのか。この社会構造はあまりにも不公平であり、根本的な改革が必要である。
今後AIの台頭によってどんどん仕事がなくなっていく。basic incomeのように働かなくても良い時代が来た時、自分の選択が正しかったことを証明できると確信している。研究というリスクを伴う選択こそが未来を切り拓く力になるのだ。多くの新卒は資本主義に流されて、惰性で働いているようにみえる。
博士人材を育てるべき理由:この国の未来を支える挑戦者たち
博士課程に進むという選択は、多くの人が選ぶ安定した生活とはまったく異なるものである。研究者としての道を選ぶ者たちは、自分の能力と情熱をすべて投じて、人類の進歩に寄与しようという強い意志を持っている。彼らは、単なる労働者とは違い、未知の世界に飛び込み、新たな知識を探求することで未来を築こうとする挑戦者だ。これは単なる「就職活動のモラトリアム」ではなく、本質的に自己犠牲を伴う選択である。
日本では、博士号取得者に対する社会的な認識や支援が非常に乏しい現状が続いている。このことが、多くの優れた人材が研究者の道をあきらめ、安定した職業に流れてしまう要因となっている。だが、今こそ変わらなければならない。科学技術こそがこの国の未来を支える基盤であり、そのためには博士人材の育成が不可欠である。
科学技術が国家の発展においてどれだけ重要であるかは、歴史が証明している。第二次世界大戦後の科学技術の発展が、多くの国を繁栄に導いた事実を忘れてはならない。日本がこれからも世界のトップランナーであり続けるためには、博士課程に進む若者たちに対する積極的な支援と、その社会的な地位向上が求められる。
選挙に出て博士人材をもっと増やし、日本の科学力を底上げする、そんな強い決意を持って活動しても良いと考えている。それは決して誇張ではなく、この国の未来を真剣に考えるからこその発言だ。博士課程に進むということは、単なるキャリア選択ではない。それは、国の未来を背負い、人類全体に貢献しようとする覚悟の選択なのである。
博士号取得者をもっと増やし、その知識と情熱を社会に活かすためのシステムを構築することは、もはや選択肢ではなく必須事項である。このような人材が活躍できる社会を築くことこそが、日本が再び科学技術立国として世界に貢献するための唯一の道である。
まとめ
研究者としての道を選ぶということは、多くの人が選ぶ安定した生活とは違う選択である。それは、自分の時間と情熱を研究に費やし、どこに視点を持ってテーマを設定するかという美しさを追求することであり、経済的な安定を犠牲にしてでも未来に向けた知の探求に取り組むという決意である。しかし、現在の社会構造や経済支援の不足には、大きな課題が残されている。私は、研究こそがこの国、ひいては世界を変える力を持つと信じている。そのために、より多くの若者が研究の道に進むことができるような環境整備が求められている。