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【読書ノート】『情報戦、心理戦、そして認知戦』

中国などが仕掛けてくる「認知戦」について知りたくて読んでみた。論文はわりとたくさんあるが、認知戦についての書籍はまだ数が少ない印象。認知戦とは「偽情報により相手の認識を誤った方向に導き判断を誤らせる」ことで、SNSやAIの発達などにより攻撃・干渉する対象が近年、物から人へシフトすることで、このような言葉が生まれたと思われる。著者はインテリジェンス分析で定評のある方で、本書は認知戦だけでなく、それに関連する情報戦や心理戦についても包括的に述べられており、充実した内容になっている。

目次

第1章 心理戦とその運用
第2章 心理戦の歴史的教訓
第3章 日本軍の心理戦
第4章 冷戦初期の米ソの心理戦
第5章 米国のメディア戦と報道の統制
第6章 米国の情報戦および情報作戦
第7章 中国の情報戦と新領域での戦い
第8章 ロシアによる情報戦とハイブリッド戦争
第9章 ウクライナ戦争とサイバー・情報戦
第10章 新時代の認知戦と未来予測
終章 わが国および企業のとるべき対策


以下、気になった個所を抜粋:

第一に、心理戦の本質や原則は今も昔も変わらない。心理戦は敵の心理、認知、操作などにより「戦わずして勝つ」ことを究極の目標とする費用対効果の高い戦いである。
第二に、心理戦は国家レベルで行う組織的かつ計画的な活動である。第一次世界対戦以降、 諸外国は心理戦の総合的運用を目指し、国家中央レベルの心理戦組織を創設した。・・・つまり現代戦争での心理戦は統一組織を確立して一元指導の下で行うべきものであり、これが不十分であれば心理戦に勝利できない。
第三に、プロパガンダと実践の一致、すなわち言語一致が重要である。その意味では謀略的なブラックプロパガンダには持続的効果はなく、真実のホワイトプロパガンダによって対象の心理・認知を支配することが重要である。(72~73ページ)

・・・日本および日本人は集団論理、同調思考が強いようである。つまり、自らの情報により判断するよりも、情報を鵜呑みにしてその判断すら他者に委ねる傾向が見られる。
筆者はそのような問題の本質は今日も改善されず、存続していると考えている。
我が国は過去の戦争の敗因を「情報軽視・軍部の独断専行」の一言で片付ける傾向にあるが、実は集団・同調主義・忖度、内弁権などの日本および日本人の内面的要因こそが心理戦敗北の主因ではなかったかと思っている。
今日のウクライナ戦争においても、日本は“欧米心酔病”に冒されていないだろうか。そして欧米が主導する善悪二元論への盲従には、危うい“集団論理”の働いていないだろうか。(103~104ページ)

・・・またソ連は、各国の共産主義との連帯を図るためコミンテルンを運用した。しかし独ソ戦が勃発し(1941)英ソ軍事同盟の締結(1941)などにより存在意識が喪失したことでコミンテルンは1943年5月に閉鎖した。
・・・国際情報を設置(1943)し、コミンテルンの解散を偽装した。
・・・1947年10月5日国際共産主義運動を推進するためのコミンフォルム(共産主義情報局)を設置した。これは名前を変えて蘇った“コミンテルン” 
あった。
スターリンが死去するとソ連の覇権主義に対する各国の批判が集まり、1956年にコミンフォルムは解散するが、国際共産主義の連帯努力が失われたのではないことは、その後の歴史が証明している。(113ページ)

・・・輿論は正確な知識・情報をもとにして、議論と吟味を経て練り上げられるものに対して、「世論」は情緒的な感覚、日本語で言えば「空気」のようなものであった。つまり、輿論は「Public Opinion」であり、世論の方は「Popular Sentiments」の意味合いとなる。
しかしながら、戦後は「輿」は1946年公布の当用漢字表に含まれていなかったため、「輿論」はほぼ同義で使用されていた「世論」に書き換えられた。このため、輿論は時代経過と共に姿を消していった。(217ページ)

※輿論(よろん)とは、世の中の多くの人の意見という意味である。 「輿」は1946年公布の当用漢字表に含まれなかったため、「輿論」はほぼ同義で使用されていた「世論」(せいろん、せろん)で書き換えられ、「世論」が「よろん」とも読まれるようになった。 

<攻撃目標は物から人へシフト>
1990年代、インターネットの普及にともない、個人や組織が利益を獲得する、自己満足や興味目的などでのサイバー攻撃が増加していった。
2000年代に入ると国家が主体となり、対象国家の重要インフラに対する攻撃が発生した。ロシアによるエストニアに対する攻撃がその顕著な事例である。これは国家間のサイバー戦争の幕開けとされている。
さらに2010年代に入ると、政治・軍事目的を直接に達成するためのサイバー攻撃が行われた。2011年秋、「スタックスネット」というウイルスがイランの各施設を物理的に破壊するという目的で使用された。
そして2020年代に入ると、偽情報の拡散、情報操作、メディアやソーシャルメディアを使ったプロパガンダなど、人間の心理・認知で影響を与える攻防が激化している。(285~286ページ)

・・・認知戦は発達したインターネット、スマホ、そしてソーシャルメディアの環境の中で展開される。認知戦は過去の心理戦や情報戦に比べて、情報の拡散速度が早く、しかも特定個人の心理・認知に作用するので、一般大衆の意識への働きかけが大きく、世論形成にも長けている。現在の発達したICT環境の中で、AIやポットを利用すれば、24時間ひと時も休まずに、信偽を織り交ぜた情報を拡散し、人間の心理・認知に影響を及ぼすことができる。(308ページ)つまり、ソーシャルメディアとスマホの普及により、認知戦は特定個人に対象を絞って、その心理・認知操作し、意思決定や行動は変容させることが可能となった。(309ページ)

<中国の認知戦への対応を強化する>
中国は「戦わずして勝つ」を信条とする「孫子」の継承国であり、三戦、認知戦(知能化戦争)、エア戦争といった非物理戦の研究に余念がない。これから本格的な少子高齢化を迎える中国がウクライナ戦争で学んだ最大の教訓は、台湾への軍事進行では人的損害を極限しなければならないという点であろう。この意味で、中国のサイバー・情報戦や認知戦は、さらに磨きがかけられる。翻ってわが国は「安保三文書」において認知戦についての言及がなかった。言葉の使用はその重要性を啓発するための第一歩であるが、これでは中国の非軍事戦への対応がますます遅れるのではないかと懸念される。
・・・中国の「三戦」の主体はプロパガンダである。中国が近年重視している「公共外交」は英訳すると「パブリック・ディプロマシー」になるが、実態は「三戦」に基づくプロパガンダであるし、それがICT環境化での認知戦になる。(356~357ページ)

※中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論(よろん)戦」、「心理戦」及び「法律戦」を軍の政治工作の項目に加えたほか、軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。

台湾は、中国がソーシャルメディアだと通じた「三戦」の展開や偽情報の流布などによって一般市民の心理を操作・攪乱し、社会の混乱を生み出そうとする「認知戦」を顕在化・進行させていると見ている。このような情勢下、わが国は中国の関連動向に注視するとともに、認知戦の研究で先行している欧米から、早急に知見を得ることが必要である。
認知戦はハイブリッド戦争の一環として平時あるいはグレーゾーン事態から開始され、有事には物理的、あるいはサイバー、情報戦などの非物理的な手段と混然一体となって行われる。しかも、そのレベルはさておくとしても中国とロシア、北朝鮮による連帯行動も想定されよう。
ハイブリッド戦争、複合戦に対しては、細部の緻密な作戦計画は立てられないし、通用もしない。そのために複数のシナリオを描き、臨機かつ柔軟に対応しなければならない。想定シナリオに基づき、各級レベルの指揮所演習などで対応を訓練することが有効です。その際、認知戦という視点をシナリオに組み込むことが重要だと考える。(358ページ)

さらに「サイバーインテリジェンス」の段階を目指す必要がある。つまり、国家および企業は、マルウェアの分析などの技術的アプローチに加え、国際情勢、国家の意図および能力の分析を踏まえた政治的アプローチにより、起こり得るサイバー攻撃を予測するためのインテリジェンスを作成し、そのインテリジェンスを活用して先行対処できる体制を確立するのである。
(369ページ)

<セキュリティクリアランス(SC)制度>
米国では国家が、民間企業で働くものに重要秘密情報にアクセスし、取り扱うことができる資格(セキュリティ・クリアランス・SC)を与えている。SC制度は、英国、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、韓国など多くの国々にあるが、日本にはSC制度がない。そのため、日本企業はSC制度を導入している西側諸国との共同研究に参加できず、重要な情報を入手できない。
また 米国などの国家が保有する重要な機密情報へのアクセスは許可された政府職員だけに限定され、そこで得た重要な情報は民間に供用することはできない。
「Need to Share」の考えへの転換を図る上で、SC制度の導入は大前提である。「Need to Share」を単なる謳い文句だけでなく実効あるものにするためには、早急にSC制度を導入する必要があろう。(373ページ)

取得に関しては、犯罪歴、麻薬使用歴、財務状況など多様な評価項目で分析され、機密情報のレベルによって異なるアクセス権のランク分けが行われる。米国では2016年時点で人口の1.3%にも及ぶ約480万人がセキュリティクリアランス(SC)を有しており、政府機関だけでなく、民間企業で働く人々も有している。(379ページ)

2022年3月14日、英国のBrand Finance社の調査結果によれば、世界のほとんどの国が「ロシアが悪い」という回答したが、そのロシア非難の比率は、(表のとおり)
他方、中国では米国非難(52%)、ロシア非難(11%)で、インドではロシア非難(32%)、米国またはNATO非難(46%)のどちらかを非難している。(379ページ)

このように認知戦の影響は極めて大きく気がつかないうちに洗脳されていることも少なくない。実は誰でも書き込みできる日本のインターネットのコメント欄にはAI翻訳などを用いて、ロシア人などが書き込んでいる例も散見されているという。
・・・我々は常に認知戦の攻撃にされていると考えるべきであるし、それは国民一人ひとりがしっかりと認識し、備える必要があることを意味する。
・・・安全保障の脅威が極めて多面的になっているなかで、認知戦に対する危機感を強め、国民レベル、政府レベルで重層的に対応していくことが喫緊の課題となっている。(389ページ)

(2024年11月8日)


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