第2章 虫、ときどき侵略者 〜昆虫の住処づくり編〜
なぜ年によって、害虫が増えたり減ったりするのだろうか。蛾・カメムシ・バッタ・コガネムシの食害が大きくなる年もあれば、被害がほとんど無いこともある。
生態系のバランスが崩れ、食物連鎖が途絶える事で、特定の虫による食害が起こるのかも知れないと考え、より上位の捕食者になる昆虫や小動物が住むための環境を整備することにした。
生態系のバランス
全ての動物や虫や菌類や植物は等しく自然の中にあり、何かしらの役割を担っているはずだ。
これまでの栽培を振り返ってみると、どちらかというと植物の栽培管理に目が行きがちで、畑に住む虫の役割や活用については意識してこなかった。
バッタによる食害で里芋の葉が丸坊主になった年に、何とか制御する方法がないか調べたことがある。その時に、イエール大のHawlena氏・Schmitz氏らの論文を見つけた。
クモなど捕食者のストレスに晒されたバッタは、CN比の組成が違う植物へ食の嗜好を変えること、嗜好を変えた個体のフンや死骸の窒素含有量の変化が土中微生物の活動や植物残渣の分解スピードに影響を与えるという内容だ。
捕食者の存在の有無が、その後の植生や生態系全体のバランスに影響を及ぼしうるという示唆に、目から鱗が落ちる思いだった。殺虫剤で虫の防除を行った結果、生態系への影響がどうなるか予想がつかないということだ。
害虫を根絶することを目標とせず、害虫には作物以外にも好きな植物を提供し、その害虫を餌とする捕食者の数を増やすように視点を変えることにした。
インセクト・ホテル
畝の端に、地を這う虫達の住処を設けてみた。昆虫の営巣や越冬のために南向きに人工的に作られた構造物を、欧米ではインセクトホテルやバグマンションなどと呼んでいる。
エコに敏感な欧米らしいコンセプトに一瞬いいねをしそうになってしまうが、カメムシの越冬場所になってしまわないか不安が頭をよぎる。(大量発生の年は大変だった)
昆虫の居住空間となる穴を作る必要があるのだが、竹筒などをたくさん用意するのが大変なので、手軽に代替出来る物を考えた結果、段ボールを筒状に丸めるれば大小の穴ができると思いついた。
虫の住む場所として、実際のところは上位クラスの捕食者であるカナヘビなどの爬虫類や小鳥の狩場として機能してくれることを期待している。
受粉を担う飛ぶ虫達の住処の確保も必要と考え、古い鳥の巣箱を空飛ぶ昆虫が住めるように改造し、庭木の根元に設置した。ミツバチが入居してくれればベストだ。スズメバチが住み着かないように、入り口の幅は7ミリまで制限した作りにしてある。
蝶用に縦スリット、蜂用に横スリットの入ったハイブリッド型にしてみたが、よく調べてみると、蝶用の巣箱というのは成体で越冬する蝶が少ない地域ではほぼ効果がないらしい。
うちの菜園では毎年3−4匹のカマキリを見かける。優秀なハンターであるカマキリは可能なかぎり増やしておきたい。庭で採取したカマキリの卵嚢をケージで保管し、孵化させてから菜園に放流することにした。
カマキリの幼少期の天敵はアリらしい。アリに襲われないように、ある程度の大きさになるまで飼育しようと思う。
ビオトープ
水のある環境に生息する捕食者も必要だと考え、畑の一角にビオトープも準備した。カメムシ対策としてカエルの産卵場所になるのがベストだが、蚊などを捕食するトンボのヤゴの生息場所にもなるだろう。
メダカやオタマジャクシの放流(最終的にはヤゴの餌になってしまうかもしれないが)を行う予定だ。
ミミズコンポスター
畝を一本にしたこと、そして耕起を行わないと決めた影響で、これまで畝間の通路に埋めていた野菜クズの埋設スペースが足りなくなってしまった。
そこで、畝の中腹3箇所に小さなミミズコンポスターを設置することにした。
レソト式キーホールガーデンにインスパイアされ、畝の中に60cmほどの縦坑を作り、ミミズの脱走防止対策として不織布の収納袋をセットし、内部で生ゴミを処理するような機構を作った。
レソト式だと、キーホール部分の穴のフレームを有機物で作るので2年くらいで穴が崩壊してしまい、一度を掘り起こして、生ゴミを入れるフレームを再構築する必要があるが、この畝を半永久的に掘り起こすつもりはない。
長持ちするフレームとして、100均のワイヤーラック棚板x4枚を組み合わせてみた。春になったら穴の中にシマミミズを放流する予定だ。
侵略者の襲来
昆虫や小動物の仲間たちの住処を整えて、安心していた矢先に事件は起こった。
畑を荒らす鳥獣被害は、農家にとって深刻な問題となっている。私の菜園も例外ではないことが判明した。奴らは早朝にやってくる。
奴らは菜園を散歩しながら通り抜け、私が一生懸命作った畝を破壊していく。
その正体は、御近所の自由すぎる放し飼い猫。推定2匹。名前は知らない。
花苗を植えたそばから、掘り返されて畝を破壊されるのには困った。これまでの土づくりの結晶である、ふわっふわの土を盛り上げた高畝は、絶好のトイレスポットと勘違いされたのだろう。
唐辛子・カレー粉をまく、市販の猫除けをまく、灯油を染み込ませた木片を置く、逆茂木を設置するなど、思いつくあらゆる手を試してみるが効果がなかった。ある日、植物が生えているところは猫が掘るのを避けていることに気がつき、植生が生え揃うまでの対策として、畝には枯草を敷きつめておくことにした。
約1ヶ月にわたって畝の破壊行為と盛土・植え直しの攻防が繰り返されたが、枯草設置により猫の襲撃は止んだ。やはり裸地のままは良くないと思い知らされた。
食物連鎖のピラミッドの頂点に立つもの
害虫対策として上位捕食者の住処を整え、食物連鎖を構築しようとしている中、ふと草食動物がピラミッドの中にいないことに気がついてしまった。
一般の家庭菜園でヤギやヒツジを飼うのは、現実的にハードルが高い。
草食動物に代わって私が草刈りをしている状況を考えると、下から順に、草<虫<草刈りをする私<畑を荒らす猫という序列になってしまう。
御近所の放し飼い猫が、どうやらうちの菜園におけるピラミッド最上位の生物のようだ。
これはこれで生態系のバランスが整った状態になるかもしれないと期待しながら、春になって菜園に虫たちが訪れるのを待つことにしたい。