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夢の中で? 外で? 彼と彼女 ⑤
「なっちゃん、お誕生日おめでとうー!」
(あ、きょうは私の誕生日だった。夢のことばかり考えてたから、忘れてた)
彼は、部屋に入るなり、上着も脱がずに話し始めた。
「なっちゃん、海の青のような色をした蝶が見たいって、言ってただろ。
僕の友達に、年中、蝶を追いかけてる人がいて、このあいだ情報をくれたんだ。
友達は、世界中の蝶好き仲間と繋がってるから、確かな情報なんだ。そろそろ、あの湖に青い蝶が現れるぞって」
「青い蝶?」
「そう。深い海の碧と澄みきった空の青、それに、少し紫が、ぼんやりと混ざったような色なんだ。だから、その蝶は、ルリ蝶と呼ばれてる」
「ルリ蝶かー。いい色だろうなあ」
「なっちゃんの誕生日が近いから、いっしょに行こうかとも思ったんだけど、山の奥の湖まで歩かなきゃ、だからね。行ったところで、見られるかどうかは、運次第、って言われたし。とにかく、今回は、僕が行ってこよう、僕が見てきた話と、撮った動画を誕生日プレゼントにしようって思ったんだよ」
「でも、私、心配したよ。連絡ないから……」
「ごめんごめん、そうだよね。でも、なっちゃんを驚かせたかったんだ」
「うーん。それで?」
「ルリ蝶は、朝の光が湖に届いた時にだけ、現れるんだ。だけど、僕が行った日からずっと天気が良くなくて……。毎日早起きして、山奥の湖まで歩いたんだけどね。でも、今日の朝、やっと、湖に陽が射したんだ」
「それで、それで?」
「陽の光があたると
湖面がきらきら光る
風がそよぐ さわさわと
風が見えたようだった
淡い水色の風だった
甘い匂いが ふわっとした
風がそよぐと
湖に さざ波が 立つ
ルリ蝶を迎えるかのように
笑っていたのかな
ルリ蝶の姿が
だんだん はっきりして
羽の模様が透けて見えたよ
青と碧と紫がぼんやりと入り混ざったような レース
音楽が流れているわけでもないのに
さざ波のメロディーに合わせて
高く 低く
かろやかに
踊る
飛ぶというより
舞う
湖面にも 映る
ルリ蝶の舞
耳を澄ますと
微かに 羽音が聴こえた
蝶が歌うはずもないのに
ハミングでもしてるかのような羽音
光とさざ波とルリ蝶
ひとすじの光は スポットライト
ショーを見てるかのようだった
あまりの美しさに
うっとり
夢を見てるようだった
ほんのわずかな時間
「いいなあ。見たかったなあ。早く、動画見たいな」
「うんうん、いっしょに見よう。でも、なっちゃんのココア飲みながら、見たいなあ」
「いいよ。今、つくるね。ちょっと休んでて」
「ゆうちゃん、ココアできたよー」
「あー、ゆうちゃん寝ちゃったんだ。疲れたんだね。ありがとうね」
彼に、そっと毛布を掛けた。
「風邪、ひかないでね」
「動画見るのは明日にして、私も、彼の隣で眠ろう。夢の中でも、彼に会いたい」
Fly Me To The Dream
なんてね……♪
「明日は、水族館に行こうね」
「うんうん。ゆうちゃん、これ、夢じゃないよね」
ゆうちゃんは、私の頬を、両手でやさしく包んだ。
(つづく)
☆ ときどき ひとりごと日記
「夢の中で? 外で? 彼と彼女」は、明日、最終回です。
今頃になって、タイトルを少し変えています。「彼と彼女は、夢の中? 夢の外?」にしようかなとも思いましたが、なんだかクイズみたいかも、と思いとどまりました(どっちでも、たいして変わらない?)