穏やかに、整え、甘やかす。
「好きなものを、きちんと見つめなおしたい。」
今年のゴールデンウィークは、こんな気持ちがモチベーションになっていた。
旅行なんかの大きなイベントはないけど、1つ1つの約束を楽しんで、自分が好きなことは些細なことであろうと大切にすること。
これが連休中の私にとってのささやかな目標だった。
なかでもここからは5月3日~5月5日を取り上げて、その日の出来事や心に浮かんだことなんかを記していこうと思う。
5月3日
連休初日の朝。
いつもより少し遅く起きた私は、リュックサックに着替えや本を詰め込んで外に出かけた。
まず訪れたのは、ピラティスのスタジオ。
去年の夏ごろから通い始めて、なんだかんだ週に1回くらいのペースでずっと続けている。
子どもの頃は体育の時間が苦痛で、自ら運動なんてしたいとも思えなかったのに、こうして体を動かすことが習慣になっているのはちょっぴり不思議な気分もする。
今思うと、運動そのものが嫌いだったのではなく、自分の不得手としていることを団体行動のなかで強制されている感覚が嫌だっただけなのかもしれない。
そういう過去の自分とのギャップについて考えられるようになったのも、歳を重ねてきてよかったことの一つだなぁと、なんだか壮大な気持ちを抱えながらレッスンを終えた。
午後は、電車に揺られて御茶ノ水駅まで向かった。
とはいえ目的地はもう少し先、御茶ノ水から歩いて10分ほどの場所にある神保町だ。
神保町は、東京のなかで一番好きな町。
なんといっても、ここにはとてつもない量の書籍が息づく、本の町だ。
東京堂書店に行って民俗学のコーナーを見ては、自分の興味にドンピシャに刺さる本が陳列しているのを見つけて思わずその場でステップを踏みたくなるほどテンションが上がる。
三省堂書店に行って文庫本の棚をぐるぐると巡っては、気になる新刊や読みたかったシリーズものの続編を前にして心の中で拍手喝采を送る。
町の古書店へと繰り出してみては、知らない本との出会いにドキドキして足を止めて見入ってしまう。
そんな風に時間を過ごして、いつしか私は10冊の本を抱えていた。
予想以上の出費に「やっちゃったな〜」と思いはあれど、この本たちを手に入れられた嬉しさに勝ることはなくて、こんな買い物ができたことに幸せを感じた。
5月4日
この日は、知り合いのお家のホームパーティに呼ばれていた。
家主であるご夫妻は、私にとって特別な人。
高校生だった私と、一緒のオーケストラで演奏していたときに気さくに話してくれたのが初めての出会い。
そこから個人的な事情やコロナ禍で少しばかりオーケストラを離れていたにも関わらず、昨年再会してまた一緒の団で演奏をしている。
ほかの音楽仲間にも顔の広いそのご夫婦は、何かと私にも声をかけてくれるから、引っ込み思案になりがちな自分にとってはすごく有難い存在だったりする。
こんなご夫妻のお家に15人ほどが集まって催されたホームパーティ。
料理に舌鼓を打ち、過去の演奏会の様子がおさめられたDVDに目も耳も釘付けになり、好きな音楽の話で盛り上がり、ふわふわとした楽しい一夜を過ごした。
音楽のおかげで、たくさんの人と繋がれて、今の自分がいる。
そんなことがとにかく嬉しくて、スキップするように帰り道を歩いていた。
5月5日
午前中にやっていたのは、民俗学のオンライン講義の受講。
南方熊楠『十二支考』という本の、「虎」に関する一節を読むという内容である。
なぜこんな講義を聴いていたか。
もちろん私が民俗学や動物をめぐる文化に深く興味があるからというのが一番の理由だけれど、きっかけは4月下旬ごろにあった。
その頃の私は仕事に忙殺されていて、神経がすり切れる寸前だった。
共感される感覚かわからないけれど、仕事だけをしていると、頭の表面だけをただやみくもに忙しなく動かしている感じがしてくる。
「もっと深く、柔らかく、世界を見つめて考えたい。」
そういう思いの解決策として、民俗学者・南方熊楠を読み解く講座への登録を済ませていたのだった。
講義の詳細については割愛するが、その時間は『十二支考』に著された膨大な知見に圧倒されるばかりであった。
目の前のことにとらわれない広い視野と探究心を持った民俗学者のことを私はとっても敬愛しているし、そういう人たちへのリスペクトを忘れない人間であり続けたいと思う。
そして夕方。
なんだかんだ、連休中で最も楽しみにしていたこと。
それは、「ラ・フォル・ジュルネ」に行くことだ。
ラ・フォル・ジュルネは、東京国際フォーラムを中心として開催される、クラシック音楽の祭展ともいえるイベントである。
私のお目当ては夜21時からの公演だったので、その前に友だちと合流。
近くのビアバーで、お気に入りの本や最近の出来事なんかを語っていたら、時間はあっという間に過ぎていて、演奏が始まる時間が差し迫っていた。
会場に入って、開演の幕が上がる瞬間を待ち望む。
21:00。
拍手とともにステージに登場したのは、指揮者である井上道義さん。
朗らかに指揮台に上がると、「さあ見てて!」と言わんばかりにタクトを手に持った。
ここから1曲目、伊福部昭の「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲」が始まる。
ヴァイオリニスト山根一仁さんの激しい演奏と、それに響応しゴジラを彷彿とさせるテーマを奏でるオーケストラ。とても素敵だった。
そして、2曲目。
この日何より私が心待ちにしていた、伊福部昭の「シンフォニア・タプカーラ」。
それはそれは、ものすごく楽しい音楽体験だった。
アイヌ民謡を思わせる調べ、心の奥底から共鳴して湧き立ってくるようなリズム、「祭りだ祭りだ!!」と声高に叫ぶようなメロディー。
自分が祭りの熱狂の渦に巻き込まれていくようで、聴いているだけで本当に楽しかった。
スタンディングオベーションに包まれた会場で、大いなる高揚とともにプログラムは終わった。
演奏が終わったとき、一緒に来ていた友だちから「楽器以外の、風の音みたいなものを感じられて面白かった」という感想を聞いた。
そういう、実際には鳴ってないはずのものが聞こえてくるような感覚にできるのってすごいし、私もそんな演奏ができたらいいなと思う。
以上が、私のゴールデンウィークの一部の記録だ。
こんな風に、自分の好きなことや大切な人のことを想える時間を、これからもできる限り丁寧にとっていこう。