旨味と咀嚼回数
旨味の効果は料理の美味しさを高めるだけではありません。今回は、旨味が食べる人の咀嚼回数を増やし、唾液の分泌を促すため、健康のためにも良いという考え方について議論していきます。これは松嶋啓介シェフの主張です。
食材に由来する深い旨味のある料理を食べている人は、味わうために何回もゆっくり咀嚼します。そのため唾液がより多く出て、消化を助けます。一方で、塩や調味料で表面的に味付けされた、旨味を持たない料理を食べる人は、味わうことをせずに素早く食べようとするので、良く噛みません。このような違いは無意識に起こります。
以上のことから、食事における咀嚼回数を増やそうとすれば、旨味が出るように料理をすることが大切になります。旨味を引き出す基本的な方法は、食材に低温で長い時間をかけて火を入れることです。そのため、調理時間を長く取ることが必要で、「時短」レシピに頼るのは良くありません。
ただ、前回の記事でも言及したように、ここでの「調理時間」は食材に火を入れる時間のことであって、料理をする人の実働時間ではありません。ですので、実働時間は短くても調理時間を取ることは可能です。例えば、煮込み料理で食材を煮込んでいる間には、他の家事や趣味に時間を当てることができます。
まとめると、調理時間をかけることで旨味のある料理がつくれ、それが食べる人の咀嚼回数を増やすことにつながると考えられます。例えばもし子供の咀嚼回数を増やそうとすれば、食材の旨味を引き出すように料理をすることを心がけると良いのかもしれません。調理時間を増やすことで旨味を引き出せば、塩分や調味料の使用も抑えることができます。
ただ学術的には、旨味と咀嚼回数の関係についての研究はあまり見かけません(米岡博士談)。以下のような実験をすることでこの関係を研究できるかもしれません。被験者の集団をランダムに半分に分けて、片方には旨味のある料理、もう片方には旨味のない料理を食べてもらいます。見た目はなるべく同じようにつくります。各被験者には実験の目的を伏せたまま食べてもらい、食べている様子を撮影し、後で咀嚼回数を数えます。旨味のある料理を食べたグループの咀嚼回数の平均と、旨味の無い料理を食べたグループの咀嚼回数の平均を比較することで、旨味の咀嚼回数への因果効果を推定することができます。
いずれにせよ、健康のためには咀嚼回数のように「どのように」食べるかも重要になります。それには料理の旨味や調理時間も関わってくると考えられますが、この関連を調べた学術的な研究はあまり無いようです。医科歯科連携のような異業種協働をもとにした、総合的な視点からの研究が待たれます。