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先生の告白
「先生は、みんなにずっと黙っていたことがあります。」
「実はね、先生は、左目がほとんど見えないのです。」
衝撃でした。僕が小学校1年生のときのことです。たぶん、学年最後の授業の時間だったと思います。先生の発言が、とにかくあまりにも衝撃的だったので、その日のことは、よく覚えています。
*****
先生は、お年を召された女性の先生でした。まるでいつも和服を着ているような凛とした佇まいで、穏やかで優しい先生でした。
先生は、ご自身が教員になったときのことを思いめぐらせ、話し始めました。
「先生になるときに、視力検査があったんです。でも、左目がほとんど見えなかった。だから、このままだと、視力検査に不合格になって、先生になれないと思ったの。そのとき、どうしたと思う?」
「先に、右目で検査をしたのよ。検査表で指された文字を答えながら、こっそりと貼ってある検査表の文字をまるごと全部覚えたのよ。もう、必死だった。」
「次に、左目の検査をするでしょう。左目だと、検査表で指されたところの文字はもちろん見えません。でも、見えているフリをして、さっき右目で覚えた検査表を思い起こして、答えていったんです。」
「間違えていないか、とても不安で、すごくドキドキした。でも、無事に検査に合格して、先生になれたのよ。」
たしか、そのようなことをおっしゃいました。
*****
僕は、なぜか、そんな先生が、相撲力士の「舞の海」と重なるんです。
力士になるには、新弟子検査をパスしなければなりません。新弟子検査の項目の1つに「身長」がありますが、一定程度の身長がなければ不合格になります。
「舞の海」は、身長が足りませんでした。だから、頭にシリコンを入れて、一時的に身長を伸ばすことにしたんです。その結果、新弟子検査をパスすることができ、技のデパートこと「舞の海」が誕生したというわけです。
当時、視力が悪いと先生になれないというルールがあったのかどうかはわかりませんが、とにかく、僕は、先生に、舞の海のような凄まじい「意志の強さ」を感じるんです。
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先生は、続けました。
「だからね、みんなの顔をよく見せて。」
そう言うと、先生は、教壇を降りて、僕らに近づいてきました。
そして、順番に、僕ら1人1人とじっくり向き合いました。
先生は、両手をそっと、僕ら1人1人の頬に当て、顔をやさしく包み込みました。
そのとき受けた先生のまなざし、頬に当たる先生の手のぬくもり、僕は、今でも忘れていません。
そのくらい強烈な印象の出来事でした。
*****
でも、僕らは思っていました。
(先生、いったい何をしているの?)
(そんなに近づかなくたって僕らのことは見えるでしょ。いつも僕ら1人1人をきちんと見てくれていたのに。)
(この1年間、先生の左目がほとんど見えていないなんて全くわからなかったし、信じられないよ。)
今、振り返ってみて、思い当たることがあります。
もしかしたら、先生は、あのとき、定年を迎えられていたんじゃないかなあと。
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