連載小説 メイドちゃん9さい! おとこのこ!3話「歯」おひさま!
伝統と文化の街、倫敦。
この物語は、倫敦のちいさなお屋敷を舞台にお届けする。
9歳のちいさなメイドちゃんと、お年を召した奥様の、1年間の日常です。
奥様は仁徳をお持ちなので、客間はよくサロンになります。
「あのねえ、うちは隠居老人の集会所じゃないのよ」
いらっしゃる方はお年を召した男性ばかりです。
メイドちゃんが淹れた紅茶やコーヒーは、老紳士たちに好評です。缶ビールの次に好評です。
「隠居してないヤツは夜に来るよ。うちのが今夜迎えに行くから、至急来てくれとさ」
「私は何でも屋でもないの!」
仁徳をお持ちの奥様ですが、毎日ウィンブルドンの試合を観にいらっしゃる皆様には少々ご立腹のようです。
「せっかくの6月なのよ。他に行くところはないの」
「あの世しかないなあ」
馬耳東風の老紳士たち。1人がふいに尋ねます。
「ローザ、メイドちゃんにちゃんとごはんあげてる?」
「失礼にもほどがあるわよ」
だってほら、と窓の外を指し。
「メイドちゃん、板かじってるぞ」
青々伸びた草をむしる間間に、板切れをかじるメイドちゃん。
……あまりお客様に見せる姿ではありません。
「ああ。あれね。歯がかゆいのよ」
「かゆい?」
「抜けたの、最後の乳歯が」
「へえーっ」
客間に集う老紳士、急ぎメイドちゃんを呼び寄せます。
「おー、ホントだ。ちっちゃい歯が生えてきてる!」
「次俺、俺な!」
老紳士たちは、もうテニスなんかそっちのけ。
メイドちゃん、かなーり嫌そうです。
優秀なメイドとして、お客様に無礼を働くわけにはまいりません。
でも、口に指を突っ込まれて生えかけの歯を触られるのは。
やっぱり嫌。
仁徳ある奥様がお止めにならないのは、秘めたる事情があります。
最後の乳歯が取れかけているときに、奥様も同じことをしておられました。
すると、乳歯はポロっととれてしまったのです。
痛くはないけれど、血が出たものですから。
勇敢なるメイドちゃんといえども、号泣せざるを得ません。
そういう秘め事があるので、奥様も強く出れないのでした。
「もうあなたたち帰りなさい! うちは食事の時間なの!」
真実を秘めたるままに、老紳士の皆様を追い出すことなさいました。
「どうせインスタントか市販品だろー」
「明日も来てやるぞー」
「うちのが夜に来るからよろしくなー」
ブーブー言いながら、老紳士たちはお帰りです。
ちょっと涙目のメイドちゃん。生えかけの歯を散々触られました。
「ね、ねえ、ユーリ、大人の歯になったことだから。あなたに贈り物をしようと思うの」
やはり奥様は仁徳をお持ちのお方!
メイドちゃんに笑顔が戻ります。
そうです。メイドちゃんは大人になったのです。
英国紳士たるものが、歯をいじくりまわされた程度で泣けましょうや。
「ドリーに買ってきてもらうから、夜まで待っててね」
「はい!」
お隣のベネットさんは、ドリー奥様がハロッズにお勤めです。奥様といっても独身で、旦那様のお嬢さんで、若様のお母様です。
時折、このようにお買い物を引き受けてくださるのです。
今日は遅くなるそうです。
メイドちゃんはベッドで待機中。
「寝ちゃっていいのよ」と奥様はおっしゃいますが。
主から与えられる大人の証を、明日の朝まで待てましょうや。
壁のハリーポッターをじっと見ます。ベネットの若様がくれた映画のポスターです。完結編のだそうです。
メイドちゃんもあんな風に、大きくかっこよくなるのでしょうか。
小さなノック。
奥様です。ぱっと飛び出すメイドちゃん。奥様が頼もしげに抱き留めます。
「はい、これ。きっとあなたに役立つわ」
おしゃぶりでした。
「……」
メイドちゃんの表情を見た奥様。あわてて「歯固め用なのよ」とおっしゃいましたが……。
メイドちゃんご立腹ご立腹。板をばりばりがぶがぶがぶ。
Next moonlight...
追記タイトルから今回のタイトルが抜けておりました。お詫びして訂正いたします。
2020/07/26
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表紙は花兎*様(Twitter:@hanausagitohosi pixivID:3198439)より。ありがとうございました。