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一日一頁:浜田奈美『最後の花火 横浜こどもホスピス「うみそら」物語』朝日新聞出版、2024年。



「命を脅かす深刻な病を抱える子どもたちとその家族が心身とも医療から離れ、リラックスした時間を過ごせるように」(プロローグ)開設された通所施設を訪ねた最新のルポルタージュを紐解くと、

日々生きているという当たり前のことを考え直させられると同時に、他者と「寄り添う」あり方を早急に組み立て直す必要に迫られます。

弱いものいじめや罵詈雑言にリソースを割く暇などない。

 両親が希望を託した通り、チカさんは心臓疾患と共生しながら、穏やかだが芯の強い、そして心の優しい少女に育ってくれた。
 「うちの家族は『一日一日大切に生きよう』を合言葉にしているんです。今日を後悔のないように、楽しくと」
 そう話しながら涙声になってしまう孝美さんの横で、チカさんは穏やかな笑顔のまま、静かにこう語った。
 「この一年、私が一番うれしいと思うことは、仲間のみんなが誰もいなくならないで生きられているってことなんです。昨日も病院で偶然、友達に3年ぶりに再会できて、よかった、元気そうだねって。本当にこの1年間で誰一人亡くならなかった。一番の幸せです」
 静かに微笑むチカさんから語られた言葉の重さに、こちらは継ぐべき言葉が何一つ見つからない。幸美さんは「複雑な世界」と表現したが、チカさんが生きる世界の非情さを、垣間見た思いだった。
 両親が名前にこめた願いは、確かにチカさんに大きな力を授けたのだろう。生死の境界をか細い命綱一つで歩くような日々にあって、気丈に、そして誠実に生きてきたチカさんの微笑みに救われ、「いま抱いている夢は何ですか」と言葉を継ぐことができた。
 チカさんはちらつと孝美さんに目くばせしてから、恥じらうように答えてくれた。
 「いつか一人暮らしをすること。あと、小説を書いていくことです」書き続けている小説の内容を問うと、「自分ではできないことや、自分が望んでいること、こうなったら面白いなぁということなんかです」。どこまでも自由な小説世界の中でチカさんは病気の制限から解き放たれ、等身大でいられるのだろう。

浜田奈美『最後の花火 横浜こどもホスピス「うみそら」物語』朝日新聞出版、2024年、197-198頁。


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氏家 法雄 ujike.norio
氏家法雄/独立研究者(組織神学/宗教学)。最近、地域再生の仕事にデビューしました。

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