見出し画像

エスノグラフィの基本とビジネス活用の可能性を探る

あるプロダクトサービスを検討する中で、医療従事者へのインタビューを重ねるだけでは見えない「現場のリアル」を知る必要があるのではないか、という議論がありました。その流れでエスノグラフィ調査が話題に上り、調べてみると評価の高い書籍に出会い、本屋で購入しました。

これまで、UXデザインの文脈で定量調査としてのアンケートや定性調査としてのユーザーインタビューには触れてきましたが、エスノグラフィについては学んだのはごく触りの部分だけ。今回は、この本を通じて改めてエスノグラフィの本質を学ぶ機会を得ましたので、その内容や感想をまとめてみたいと思います。

1.エスノグラフィとは

エスノグラフィは、ギリシア語の ethnos(民族) と graphein(記述) に由来し、もともとは文化人類学や民族学の分野で主に用いられてきた研究手法です。この手法の目的は、調査対象となる民族やコミュニティの文化を詳細に解き明かすことにあります。そのため、研究者が対象と共に生活し、風習や行動様式、価値観を観察し、記録するという「参与観察(Participant Observation)」が基本的なアプローチとして採用されます。

近年、このエスノグラフィの手法は、学問の枠を超えて ビジネスの領域 にも広がりを見せています。マーケティングやプロダクトデザイン、人材育成、マネジメントなど、多岐にわたる分野で新たな課題を発見するための手段として活用されるようになりました。特に、 生活者の潜在意識や無意識的な行動パターン を明らかにする点で注目されています。

私たちの日常生活における購買行動や選択は、多くの場合、潜在意識に基づいて行われています。その理由を明確に言語化するのは、生活者自身にとっても難しいことがしばしばあります。エスノグラフィは、このような言語化が困難な行動やニーズを解き明かすために、 観察 を中心としたアプローチを取ります。

ビジネスにおけるエスノグラフィの応用
ビジネスの現場では、エスノグラフィが以下のような目的で活用されています:

商品・サービスの開発
生活者の日常を観察することで、明らかになった潜在的なニーズをプロダクトやサービスの開発に反映する。
マーケティング施策の改善
ターゲット層の行動や価値観を深く理解し、それに基づいてコミュニケーション施策を設計する。
人材育成・組織改革
社員の行動パターンや組織内の文化を観察し、業務プロセスの改善やチームビルディングに役立てる。
顧客体験の向上
ユーザーが製品やサービスを利用する場面を観察し、UX(ユーザーエクスペリエンス)の向上につなげる。

エスノグラフィが他の調査手法と異なる点は、対象の言葉や行動の「表層」だけでなく、その背景にある「文脈」や「無意識的な動機」を深く探ることにあります。そのため、単なるインタビューやアンケートでは得られない洞察を得ることができるというものです。

2.「エスノグラフィ入門」を読んで感じたこと

この書籍は、ビジネスでの活用について書いたものではなく、エスノグラフィの実際とはどのようなものなのかということを、筆者の実体験として、学術研究という長い時間の中で調査をしながら、どのようにエスノグラフィとは行うのか、というそもそものエスノグラフィの意義を教えてくれています。

最初に以下のような筆者としてのエスノグラフィの定義を示し、順次この定義における太字部分を解説していき、最後にエスノグラフィにおいてよく受ける質問(1つの事例だけ深堀りでいいの?とかミクロの視点のみでは?など)について、丁寧に回答をし、最後にさらに勉強するために必要な書籍を紹介してくれています。具体的なビジネスへの応用は自分で考えるとしても、エスノグラフィの本質をえぐってくれています。

エスノグラフィは、経験科学の中でもフィールド科学に収まるものであり、なかでも①不可量のものに注目し記述するアプローチである。不可量のものの記述とは、具体的には②生活を書くことによって進められる。そして生活を書くために調査者は、フィールドで流れている③時間に参与することが必要になる。こうして行われたフィールド調査は、関連文献を④対比的に読むことで着眼点が定まっていく。そうしてできあがった⑤事例の記述を通して、特定の主題(「貧困」「身体」など)についての洗練された説明へと結実させる。

エスノグラフィ入門の「はじめに」より抜粋

そのようなこともこともあり、最初に読む本としては、新書ということもあってボリュームもちょうどよいので、読んで良かったと思います。ただ上記の定義は、まさに学術でのエスノグラフィを実施する場合と思います。関連文献のあたりは、図書館での本の出会い方が書いてありましたので、研究論文としてミクロな視点をマクロな視点に昇華させていく具体的方法が書かれているのかな、と思います。

3.ビジネスでの活用には?

まだ1冊を読んだだけなので、もう1−2冊は読んでみたいと思いますが、この本を読みながら、私も疑問にあったのはミクロな視点だけで大丈夫なのか、という点ですが、そこはミクロな視点に立った時に、様々な社会的な構造を見ていくことができることの意義について述べています。

これはこれからの実践で感じるところなのかしれませんが、例えば、医療現場におけるある医療職種に着目をした場合に、多分、医療現場に入って時間に参与することはなかなか難しいのだと思います。ただある医療職種の立場になり、その1日を見学する、そこでのありのままの疑問点を聞くということから、これまでインタビューでは削ぎ落とされていた、その医療職種の人からみた当たり前や常識が、部外者の私からは特殊な情報としてみることができ、そしてその背景を探ることが、よりマクロな視点での問題背景を捉えるきっかけになるのかなと思いました。

まさに定義の最後「⑤事例の記述を通して、特定の主題(「貧困」「身体」など)についての洗練された説明へと結実させる」という部分ができるように、学術研究とは異なり、限られた時間の中で実現することかなと捉えました。

4.実践に向けての展望

エスノグラフィは、対象者の日常に深く入り込み、そこから生まれる洞察を得るための手法です。この手法の持つ力を実感するには、理論だけでなく実践を重ねることが重要だと感じています。特にビジネスの場では、ミクロな視点からマクロな課題を導き出すスキルが求められるものだと考えています。

今回の書籍をきっかけに、エスノグラフィをより深く学び、医療現場をはじめとした様々な場面で応用してみたいと思います。このプロセスを通じて得られる洞察が、より良いサービスやプロダクトの開発につながればと思います。


いいなと思ったら応援しよう!