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お持ち帰られ喫茶店❶|あのの少女のあのちゃん

©️あの|TOY'S FACTORY


※トップ画像はイメージ画像です。
※男性読者はトップ画像の女性を、女性読者は倫也を登場人物に投影しながらお読みいただくと、お楽しみいただけます。(想像はご自由にどうぞ)


わたしは珈琲が好きだ。
だから上京後は喫茶店で働いた。
こうして物語の舞台が整った。

喫茶店イメージ©️珈琲いかがでしょう|テレビ東京


ある喫茶店で働いていたときのことだ。
(誤解のないように断っておくが、珈琲豆にこだわったごく普通の喫茶店だ。)


わたしはよくお持ち帰られた。


お持ち帰りではなく、お持ち帰られる。
言い換えれば、わたしは客にテイクアウトされていた。
わたしが二十歳前後のころ、そのテイクアウト事象(というか情事)は頻発した。


以前にもはなしたが、わたしは格別、男前というわけではない。美少年という部類でもなかったし、イケメンでもない。


そう自覚している。


まあ、ごく普通の男だと思ってほしい。
普通の基準は主観的になるので明確に定義しろと言われてもよくわからない。
だから、そこは、そういうことにしておいてください。


というわけで、なぜ、わたしにそのような事象(もしくは情事)が起こっていたのか、言葉で適切に説明することはできない。
ここでは、その事象を、『お持ち帰られ現象』と呼ぶとする。

お持ち帰られるためのなにかしらのハウツーを期待していたメンズのみなさん、すまぬ。わたしの力不足を罵るがよい!
(おてやわらかにね♡)


当時、わたしをお持ち帰りした女性たちに聞けば、最大公約数的な何かしらの理由が見つかるのかもしれない。だが、それは叶わない。


これは、かすかに残っている記憶をたよりに書いている。
そもそも、はじめから、わたしには色気も話術もない。
女性を悦ばせるユーモアやテクニックもない。
しかし、それでも、なお、お持ち帰られ現象は起こったのだ。
だから、この現象は、あなたの身にも起こり得るかもしれない。
そう思って読んでほしい。
そして、女性方には、多々、突っ込みを入れながら鼻で笑っていただければ、幸いです。


ふたりの看護婦については、すでに書いた。
背の高い女と背の低い女のはなしだ。
(詳しくは、拙著『アオイ記念日』に記してある。ご興味のある方はお読みください。ヒントになるかもしれません。)


今回は『あのの少女』について語ろう。
ここでは、便宜上(なんのだ)、


あのちゃん



と呼ぶ。
あのちゃんの存在に気づいたのは、喫茶店で働き始めてずいぶん経ってからのことだったと思う。


わたしを、じっ、と見つめる女性がいることに気づいたことが始まりだった。
女性というには、若すぎるか。
化粧はしっかりとしているが、隠しきれないあどけなさが残る。


あのちゃんは、夕暮れが近づくと来店する。カウンター席に座り、コーヒーを一杯か二杯、注文する。そして、しばらくひとりで過ごす。
誰かと待ち合わせたり、誰かと一緒に来店することはなかった。
すくなくとも、わたしが働いているときには。


あのちゃんは、ただ、ゆっくりとコーヒーを嗜み、ひと時を過ごし、帰る。


そのようにして過ごす女性客は、カウンター席のある当喫茶店では、めずらしいことではない。


一方で、あのちゃんには、ほかの女性客と違う点があった。だから、わたしは、彼女の存在に気がついたのだと思う。
あのちゃんは、コーヒーを飲む間、いや来店中、じっ、とわたしを見るのだ。

最初のうちは、「人間観察が趣味です」という趣きの少女だと考えていた。

時折、店内を見回すわたしと目が合うと、ハッとした表情をする。


わたしは口元をすこしゆるめ、会釈する。
(何かご用はありませんか?)


すると、あのちゃんは、あわてて会釈を返す。
(だいじょぶ、です)


そのような無言のやりとりを交わしてみると、ただ、ぼんやりしているだけの少女なのだという考えへと変わっていた。

時は、流れ、



ある日のことだ。
めずらしく彼女から、わたしに話しかけてきた。彼女は言った。

「あの、」と。

「あの、似てるんです。」
「似てる?ですか。」
「はい。すごく似てるです。」
「誰、にですか?」
「あたしの知ってるひとにです。」
「ああ、お知り合いに似てるんですね」
「はい、すごく。」

そういう間にも彼女は、じっ、とわたしを見ている。


「でも、お知り合いじゃないですよね。え〜、わたしの記憶が確かならば。」


当時流行っていたミステリードラマの刑事の真似をして、指を眉間にあてる。


「ううん、別のひと。」
「世界には3人のそっくりさんがいるといいますから、そのひとりかもしれませんね。」
「…」

つまらないことを言ってしまったか。
わたしはすこし後悔を覚えた。
彼女は言った。

「あの、」
「はい。なんでしょう」
「終わるまで待ってて良いですか?」
「閉店までですか?もちろん良いですよ。ごゆっくりしていってください。」


「あの、」と、彼女。
「はい。」と、わたし。


「あの、あたし、ほんとに待ってていいですか?」
「ええ、もちろん、閉店時間まで居てもらってかまいませんよ。」


お互いに少しずつかみ合わない会話が続けられる。不出来な仕上がりのファスナーのように。


「あの、」と、彼女がいい、
「はい。」と、わたしがいう。


「お兄さんをです」
「わたしを、ですか?」
「そうです。」
「わたしを待つということですか?」
「あ、そうです。」
「ええと、わたしのこの仕事が終わるのを待つ、ということ?」


あのの少女は、こくりと頷く。
わたしは、首をかしげる。

「待って、どうするんですか?」
「それは…決めてないです。」


沈黙がふたりを包む。
わたしは片付けの作業をしながら待つ。


「あの、」と、あのちゃんがいう。
「はい。」と、わたしはこたえる。


「お仕事終わったら時間ありますか?」
「時間というのは予定のこと?」
「あ、はい。」
「ないですよ。家に帰ることを除けば。」


「あの、」
「はい。」


「じゃあ、一緒に帰るとか、どうですか?」
「一緒に帰る…」
「だめですか?」
「だめじゃないけど、何線ですか?」
「〇〇線です。」
「〇〇線ですか。わたしは△△線なので、違いますね、電車。」
「そう、ですね…」


あのの少女は、気落ちした表情を浮かべ、しょぼぼんと、うつむく。おおきなたれ目を、長いまつ毛がふさぐ。つぎの言葉が出せずに口をすぼめる。


その表情が、わたしのこころのなかに罪悪感のたねを蒔く。たねは芽を出し、すくすく育っていく。


「あの、」と、あのの少女じゃないわたしがいう。
「はい。」と、あのの少女がこたえる。


「お名前、伺ってもいいですか?」
「あ、はい! あたし、あのです。あのっていいます!」
(実際にわたしが聞いた彼女の名前は『あの』ではなかったが、ここでは『あの』とする)


「あのさん、ですね。わたしは…」
「Uさん、ですよね?」
「あ、ええ。そうです。」
「ほかの店員さんがそう呼んでたから。」
「ああ、そうですね。何度も店に来ていただいてますもんね。」
「覚えててくれたんですね。あたしのことなんて絶対覚えてないって思ってました。」
「んな、こた、ない。なんて。似てないですね。」
「あは、わかったかもです。」
「わかって、」マイクに見立てた手を向ける。
「いいとも!(笑)」


「あのさんは常連さんですから。」
「え、うれしい、かも。」


あのの少女に笑顔が戻り、ほっとする。


「あの、」
「はい。」

「じゃあ、△△線でいっしょに帰ってもいいですか?」
「△△線で?それだとあのさんすごく遠回りになりますよ?というか、たぶん終電に乗れませんよ。」
「だいじょぶです。」
「いやいや、心配です。」
「こう見えて、強いんです、あたし」


と力こぶを見せる仕草をして、その上をポンとたたく。


「もしかして、あのさん、スーパーマンみたいに変身できるひと?」
「できるひと、かもです(笑)」
「それは、ちょっと見てみたいかも。いや、だいぶ見てみたいんだけど。」
「Uさん…あ、Uさんって呼んでもいいですか?」
「いいですよ。減るもんじゃないんで、なんぼでも呼んでください。」
「じゃあ、Uさん。Uさんが見ていたら出来ないです、変身。」
「なるほど。変身は、ひみつなんですね。」と内緒の仕草。
「ひみつなんです。」と同じ仕草。

「あの、」
「はい。」


「一緒に帰ってもいいですか?」
「うーん、困ったな。」
「ごめんなさい。困らせちゃいました…」
「あのさんの最寄り駅はどこですか?」
「□□駅ってわかりますか?」
「わかります。降りたことはないけど。」
「そうなんだ。」
「じゃあですね、こういうのはどうだろう。□□駅まで一緒に帰りましょう。送ってきます。」
「その後、Uさんはどうするんですか?」
「乗り継ぎの終電があるようなら、ぐるっと回って帰ります。」
「なかったら?」
「ピンチになりますね。」
「やばいじゃないですか。」
「ですね。そうなったらスーパーマンにでも変身しますかね。」
「それは、あたしですよ。」
「そのとおり。それはあのさんのひみつでした。」と内緒の仕草。
「そのとおり。」と同じ仕草。
「まあ、電車なかったらそこから歩いて、疲れたらタクシーでも拾います。」

「あの、」
「はい。」


「いいアイデア、思いついたかもです。」
「どんなアイデアですか?」三度目のマイクを向ける。
「あたしん家に、来ればいいんだ。」
「わたしが、あなたの家にいく?」
「そのとおり!」
「しかし、問題がひとつ、いや、ふたつあります。」
「なんですか?」と小さな手でマイクを向ける。
「ひとつ。どこの馬の骨ともしれない男を部屋に入れていいものでしょうか問題。ふたつ。あのさんの身に危険があるかもしれない問題です。」
「なるほどです。」
「考えてみてください。」
「…考えました。」
「はやいな。どういう結論に?」
「ひとつ。あたしは知っています。あなたはUさんです。」
「そのとおり。」
「ふたつ。身の危険は命の危険でしょうか?」
「命は…保証いたします。」
「じゃあ、だいじょぶです。」
「なるほど。」
「問題はなくなったということでよろしいでしょうか?」両手でマイクが向けられる。
「どうやら、そのようです。」
「やった。じゃあ、待ってていいんですね!」
「ほかに問題がなければ。」
「ありません。」

すでに片付けは大方終わり、残すは掃除だけになっていた。
これなら、あまり待たせずに済むだろうと考えた。

「あの、」
「はい。」


「もうひとつだけお願いがあるんですけど、いってもいいですか?」
「どうぞ。」
「あのちゃん、でお願いできますか?」
「あのちゃん? あ、呼び方?」
「はい! さん付け、ちよっと苦手かもでして。」
「オーケーです、あのちゃん。」
「やった、です!(笑)」
「だけど、あのちゃんはわたしのこと、さん付けですが、いかがなものでしょうか?」とマイクに見立てた手を向ける。
「それは…ノーコメントで。」
「あの総理、国民はそれで納得しますかね?」
「ちょっとなにいってるかわからないです。」

ボーンと柱時計が鳴る。
閉店の時間を告げる音だ。

「では、急いで掃除を済ませますので、どこかで待っていてもらえますか?」
「はい、お店出たとこで待っててもだいじょぶですか?」
「オーケーです。」
「あの、」
「はい。」
「素通りしないでくださいね。」
「目が悪いから、するかも。」
「それ、だめです!」
「しそうになったら声かけてくださいね。そうしたら、あのちゃんだってわかるから。」
「りょうかいです。叫んじゃいます。」
「ノーシャウトでお願いします。」
「仕方がないですね。」
「あの、」
「はい。」
「やくそくです。」
「約束です。」


そういうと彼女は左手の小指を差し出して来た。

「あれ?左利き?」
「や、赤い糸は左手みたいだから。」
「なるほど。では失礼します。」


あのちゃんの小指にわたしの小指をからめる。

「なにに誓いますか?」
「神さまに。」
「あたし、カミサマ、信じてない派です。」
「じゃあ。」
「じゃあ?」
「あしたも地球はまわっていることにかけて。」
「おー。それは信じられるかもです。」
「じゃあ、信じてくれるかな?」
「いいとも!」

約束を交わして、指をきる。
あのの少女は荷物を手に持って立ち上がる。
帰り際、わたしの方を一度ふりかえる。
左手の小指を立てて、笑顔をみせる。
わたしも小指を立てて、それに応じる。


こうしてわたしは、あのの少女にテイクアウトの予約を承ることになった。
つまり、あのちゃんの家にお持ち帰られたというわけだ。



こうして、お持ち帰られ喫茶店が誕生したのであった。




ーおしまいー

『お持ち帰られ喫茶店|あのの少女のあのちゃん』

あのちゃんのはなし

(あとがきのようなもの)

その後、わたしとあのの少女がどうなったかについては省略する。
なんだか、あちこちから、野次や罵声、チケットを丸めたものやペットボトル、それに危険物の類いが飛んで来るのがみえる。

気のせいだろう。

悶々とされてしまった方には、素直に官能小説を読むことを提案する。世の中は、エロに溢れている。たとえば、

渡辺淳一『失楽園』
ナボコフ『ロリータ』
ジェームズ『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』

などは、いかがでしょうか。映画なら、

エマニエル夫人
ベティ・ブルー
ブルーベルベット

あたりが官能的です。まんが道でしたら、

つげ義春
丸尾末広
山本直樹

が個人的にはおすすめです。
そんなんじゃ物足りひんわ!という方、日本には合法的に手に入るエロ本やエロ動画がございます。そちらをご堪能ください。

童貞諸君!

では、また、次回のお持ち帰られ喫茶店でお会いしましょう。

またのご来店をお待ちしております。店主。


※記事で用いられる画像はイメージ画像であり、当記事の登場人物とは無関係です。ご了承ください。


つづきは、こちら↓

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