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ZEMY 〜真夏の爆弾魔〜

©️いつき@暮らしが趣味さま


わたしは、仕事柄、心というものの存在を信じている。
ひとには想いというものがあることを信じている。
そして、また、『たましい』という目に見えず、手で触れることもできず、科学的に捉えることのできないものの存在を信じている。

信じやすい性格なのかもしれない。

一方で、信じていないものがある。
お化け、幽霊、妖怪、怨霊、そのほか禍々しいもの一切合切、お肌のケアはこれ一本でOKのオールインワン化粧品くらい信じていない。いや、信じないようにしている。
だって、怖いから。

こう見えて、わたしはビビりである。

気圧でドアがギィと開けば、ギャッ!
微風でカーテンが揺らげば、ギャッ!
宅配でインターホンが鳴れば、ギャッ!
「もうすぐお風呂がわきます」ギャッ!


そんなビビりなわたしを、真夏にもっとも震えあがらせるものがある。

セミ爆弾だ。

セミ爆弾|セミファイナル(別名)
セミの死骸だと認識して近くを通ると、まだ生存しており、激しく暴れ回る現象のこと。

参考文献|秋和芯之介くん(品川区立八潮学園6年)


ギャッ! 字面さえ恐ろしい。
(心の負荷を軽くする名前、検討中)
まさに、野生爆弾、天然物だ。


「セミ爆弾、怖いひとは挙手してくださーい」

賛同の挙手を求める。
カチカチカチカチカチカチカチカチ。

挙げられた手を数えるは、紅白歌合戦でも活躍しているNHK船員団だ。ご協力に深謝する。
結果が出たようです。

その数、125,821人。
(NHK調べ。な訳ない)


だが、決して同志の数は少なくないことを確信している。だって、怖いでしょ?
みなさん、大人だがらと言って恥ずかしがることはない。誰も見ていない。だから、素直になって、手をあげてほしい。こっそりと。はい。だって、

ジジジジジジジジジジジーーーーッ!!!

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるーーーーっ!!!


よ?
向こうも必死なのは理解できる。
幾ばくもない命の炎を燃やしている。
扁平な顔の両側面のつぶらな瞳には、命を繋ぐ使命感の焔が映る。
伊達に虫界の蝉柱を背負っていない。
よもやよもやだ。

蝉の呼吸、一ノ型、油蝉雷鳴三重奏!
(あぶらぜみらいめいさんじゅうそう)
蝉の呼吸、ニノ型、青空楽団蝉時雨!
(あおぞらがくだんせみしぐれ)
蝉の呼吸、三ノ型、宵待階段蝉爆弾!
(よいまちかいだんせみばくだん)

字面だけで鳥肌がたつ。
ジジジとミーンとツクツクが三位一体となった幻聴がする。

ある極秘調査によると、人類を恐怖に陥れるランキングが存在する。おぞましいランキングだ。誰だ!そんなものを作ったのは⁈


わたしだ。テーレッテテー♪

(『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』効果音より。古過ぎ注意⚠︎しかし夏の恐怖といえばスイカ人間は外せない)

加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ|製作著作TBS




恐怖ランキングのオールシーズンズ・ベストで、すでに殿堂入りを果たしているものがいる。

キングオブキング『G』だ。


(高速カサカサの黒い弾丸。国内では法令および条令により、その名を口にすることは禁じられている。有罪となった場合、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金、または拘留若しくは科料に処される。かもしれない。)


その恐怖ランキングで、サマーシーズンに急上昇するのが、セミファイナルことセミ爆弾である。
瞬間恐怖度では、『G』を上回ることが報告されている。それゆえ、いつしか真夏の爆弾魔の異名をとるようになった。

恐怖のトッピング3割り増しである。


心の負荷を軽くするため、せめて、呼び名くらい何とかしたい。もうちょっと、こう、ポップな感じで呼べる名前はないか。
しばし、考えてみる。そうだ、


『ZEMY(ゼミー)』にしよう。


『ZEMB(ゼム)』としたいところだったが、語呂が悪い。ここは、響きの良さをとる。心の負荷を軽くするための手段は選ばない。
わたしには私欲に塗れた守るべきものがあるのだ。

まもるべきもの。

(ちっちゃいことは気にしない、ぴよぴよ)


現世では、夏といえば、TUBEかZEMY。
彼らは夏が過ぎれば死に絶える。
しかし、彼らは、夏が来れば何度でも甦る。
凄まじい生命力と執念である。
言いたいことも言えないポイズンな世の中でも、滅びはしない。
一夏の度に、陽射しに負けて地面のシミになっていく生命力の弱いわたしは、見習いたい。

そのようなTUBEとZEMY(いや、TUBEは関係ない)に対して、これまで、人類もただ手をこまねいていた訳ではない。ZEMYから人類を守るために、研究を続けてきた人々がいる。その研究の成果をご紹介しておこう。



武器を手にしてわたしは家路に着く。
生ぬるい風が、汗ばむ肌をなでる。
集合住宅の門扉を開ける。
郵便受けに押し込まれたチラシを取る。
天井では切れかけの蛍光灯が明滅している。
引き寄せられた一匹の夜蛾が鱗粉を散らす。
蛍光灯の光に反射したそれは、しろがね色に輝きながら宙を流れる。

わたしは階段を上がる。
踊り場に設置された消化器の陰から小人が顔を覗かせる。この集合住宅に借り暮らしをしている。わたしたちは、あわいに影響しあって生きている。
小人が囁く。


「そのさきはあぶないぜ」
(ああ、わかってる)

「忠告したからな」
(ありがとう。でも、行かないと)

「オイラ、親切なんだ」
(きみは親切だ。ええと、)

「なんだ?」
(きみの名前は?)

「オイラ、ガクってんだ」
(ガク。どういう字を?)

「字なんてないよ、ただのガク」
(ただのガク)

「ニンゲンは、めんどうだな」
(そうだね、色々とあるからね)

「なにかあるのかい?」
(使いかけのトマトとキュウリ)

「腐らせたらまずいぜ」
(そう、腐らせたらまずい)

「それだけか?」
(花瓶の水も変えないと)

「かすみ草でよけりゃとってきてやるぜ」
(ありがとう)

「どんぐりをくれたらな」
(いまはどんぐりがないんだ)

「しいの実でもいいけどな」
(あいにく、しいの実もない)

「もってるものはなんだ?」
(日本銀行の硬貨と紙幣)

「コウカトシヘイ」
(国際的なクレジットカード)

「役にたたないものばかりだ」
(たしかに)

「がっかりだぜ」
(すまない)

「行くのか?」
(ああ、そろそろ行くよ)

「バカなやつだ」
(そのとおり)


小人は、影へと溶け込んで行く。
わたしは目の端でそれを見届けると、顔を上げる。

ここからは慎重に歩みをすすめる。
そろそろ、そろり。そろ、そろり。


いる。


感じる。それは理屈ではない。
わたしの脳内の警報器が早々と作動している。
それでもわたしは行かねばならない。

(そこが、集合住宅人の辛えところよ。)

トマトとキュウリのために。
そして、一夜の安らぎのために。

この階段を行けばどうなることか、
迷わず行けよ。
行けば分かるさ。
行く、、、

ジジジジジジジジジジジーーーーッ!!!

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるーーーーっ!!!




「ギャッーーーーーーーーーーーー!!!」



真夏の夜にわたしの声がこだまする。
この夏何度目かの哀しみが刹那に吸い込まれていく。
命からがら部屋へと逃げ込んだわたしは壁にもたれて脱力する。
今夜も武器は使えなかった。

わたしは、これまで、いくつの階段をのぼってきたのだろう。
わたしは、これから、いくつの階段をのぼるのだろう。
わたしは、あといくつの階段をのぼれば、セミ爆弾から解放されるだろうか。

裏色の夜空に、こうもりの飛び交う姿が黒く模様づく。
窓の向こうから聞こえる蝉時雨は、暑過ぎる夏の到来を予感させている。
今夜も、またひとつ、爆弾魔が生まれる。

この記事を書き終えたわたしと、
この記事を読み終えたあなたの恐怖は、
しばらく、続く。

夏は、まだ始まったばかりだ。


、、、、ジジジ。ギャッ!

©️野生爆弾くっきー!

(こちらは、人間界の野生爆弾。ギャッ!)


いつき@暮らしが趣味|コニシ木の子

本文中で使用した『賑やかし帯』画像は、いつき@暮らしが趣味さん提供によるものです。


また、『#なんのはなしですか』は、コニシ木の子さんの企画によるものです。

お二人の創作と企画の意図に賛同するとともに、この場を借りて、心からお礼申しあげます。

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