プレイフル・シンキングで新入社員研修にFUNをつくり出す
こんにちは。HR Tech企業で組織開発・人材育成をやっているうえむらです。4月になり今年も新社会人が誕生し、多くの企業で新入社員研修がはじまっていることと思います。自社でも135名の新卒入社者を迎え入れ、日々研修に取り組んでいます。本記事では新入社員を効果的にオンボーディングするために「プレイフル・シンキング」の考え方を取り入れていることについて書いていきます。
プレイフル・シンキングとは
上田 信行さんの著作『プレイフル・シンキング』によると「プレイフル」とは心的状態を指す言葉であり、定義について以下のように書かれています。
プレイフルという語感からは一見、つまらないことを面白くするといったニュアンスも感じられますが、むしろ未知の挑戦に向き合う際の不安をFUNに変えていく姿勢ということができます。
プレイフルは人が先天的に持つ性質ではなく、特定の状況に対する振る舞いであることが本書では繰り返し説かれています。誰もが状況に応じてプレイフルに考え、プレイフルに振る舞うことができる。一方で、自分の振る舞いを変えようと思っても、自分ひとりではなかなか変えられないこともあります。そうした時であっても一緒に仕事をする人がプレイフルだったり、職場が楽しい雰囲気だったりすると、それらに助けられて自分もプレイフルになっていく。
プレイフルな場づくりを行うことでそこにいる人々もまたプレイフルになることができるという点に着目して本記事を書き進めていきます。
なぜ新入社員研修にプレイフル・シンキングが必要か
新入社員にとって、学生から社会人への転換期は大きな不安を伴う大きな変化です。新しい環境に飛び込み、社会人スキルを習得しなければならない中で、多くの新人社員が戸惑いを感じながら、少しずつ社会や会社に馴染んでいきます。
また私達の新入社員研修の特徴として未知なる課題が次々と課せられる中で自走力を高めていくことが挙げられます。研修は例年4月から5月の2か月間をかけて実施され、研修空間の中で半ば意図的にリアリティ・ショックを発生させながら、社会人基礎力だけでなく現場部門で必要な業務スキルやマインドを身につけていきます。
環境面での大きな変化に加えて未知の課題と次々とぶつかる日々の中で、新入社員の心境はジェットコースターのように大きく揺れ動いていきます。まさに未知の挑戦に向き合う際の不安の宝庫とも言える時期。この機会をFUNに変えることで、新入社員が今後の社会人生活で大きく羽ばたいていくきっかけを提供できると考えています。
プレイフルな新入社員研修を実現するために
Growth Mindset
はじめての仕事に向き合ったときに「この仕事は私にできるだろうか」と不安に思ってためらう人と「ぜひやってみたい」と意欲を見せる人の違いは、新しいことに挑戦して現状を変えることへの恐怖心の有無に起因しています。
自分は変われないとする心のあり方をFixed Mindset、自分は変われるとする心のあり方をGrowth Mindsetと呼びます。この2つの心のあり方にどのような違いがあるのかを掘り下げたのが以下の表になります。
私達の新入社員研修では学生時代に経験しなかった類の課題が次々と課せられます。どちらのマインドセットで研修期間を過ごすかによってその後の成長曲線は大きく変わることになる。現場に出てからはさらに難しい課題に直面することになりますが、Growth Mindsetを身につけることでどのような状況であっても成長機会に変えていくことができます。
少し話が逸れますが、実は私自身もGrowth Mindsetに助けられた過去があります。新入社員時代に文系でプログラミング経験が全くない中でエンジニア部門に配属され、あらゆることが分からない中で日々を過ごしていました。毎日「本当に自分にできるのだろうか」と半信半疑でしたが、同期や先輩が自分の能力に超える課題にのめり込んでいる姿を見て悩むのをやめようと決めました。そこからは「どうすれば自分にできるだろうか」に思考を全振りすることで、あらゆるリソースを使って目の前の問題を解決するようになり、最終的にエンジニアリング・マネージャーになることができました。
こうした実体験を踏まえつつ、私は研修の中で繰り返しGrowth Mindsetの重要性について伝えるようにしています。難しい課題にぶつかった時には「Can I do it?」ではなく「How can I do it?」と自分に問いかけようというメッセージを新入社員に投げかけると共に、1on1を通じて彼らが置かれた個々の状況に対して考え方についてのヒントを提供するようにしています。
4つの「P」
プレイフル・シンキングにおいて重要とされている概念にMitchel Resnick教授が提唱する4つのPというものがあります。創造的な学びには「projects(計画)」「passion(情熱)」「peers(仲間)」「play(遊び)」が必要とされており、これらの要素が揃ってはじめて失敗を恐れずに挑戦する風土が醸成されていきます。
Projects: 与えられた課題を自分の課題として再設定する
Passion: 課題が自分事になり、「やりたい!」という情熱が湧いてくる
Peers: 共感してくれる仲間が集まり、協同的自信が生まれる
Play: 冒険心を持ってチャレンジし、自分の限界を試す
(参照: GIVE P’S A CHANCE: PROJECTS, PEERS, PASSION, PLAY Mitchel Resnick)
これらの要素を研修空間の中でどのように取り入れているかについても見ていきます。
課題設定と目標設定の工夫
プレイフル・シンキングにおいて、課題設定と目標設定は以下のように定義されています。
課題設定:自分なりに課題を設定しなおしてみること
目標設定:自分なりの目標を設定すること
課題設定と目標設定を有効に機能させることでProjectが自分のためのゴールとして意味付けがなされた状態になります。
私達の新入社員研修の特徴のひとつに答えのない課題と向き合い自ら答えを出していくプロセスを一貫して提供し続けることが挙げられます。研修開始直後に0 → 1を生みだす思考法を学ぶ点にそのスタンスがよく表れています。
0→1研修以降もほぼすべての課題において自らゴールを定めることが求められ、2ヵ月間のあいだに新入社員は徐々に課題設定を習慣づけていくことになります。正直言ってかなりハードな環境です。
また目標設定についてはより明示的に運用されています。新入社員は研修開始直後に研修修了後のゴールを自分の言葉で描き、そこから逆算して週次目標を立て、日々の日報を通じて目標の達成状況を振り返っていきます。ゴールは後から変更することもできます。多くの新入社員は振り返りを通じてゴールの解像度を徐々に高めていきます。
このような点に加え、新入社員研修内でのキャリアデザインにも力を入れています。自社では全社施策として年2回キャリアを棚卸しする機会があるため、配属時点で自身のキャリアが言語化された状態からスタートできるように支援しています。(キャリア施策については以下の記事でも詳しく触れています。)
このように課題設定と目標設定を通じてProjectを自分事化していくことで、多くの新入社員が情熱に火をつけていくことを支援しています。
協同的自信の醸成
ひとりではできないことも、誰かとなら一緒にできるかもしれない。こうした考え方はプレイフル・シンキングにおいては「協同的自信」と呼ばれており、協同的自信を育むことで課題への挑戦に一歩踏み出す勇気が生まれるとされています。
またプレイフル・シンキングでは課題を解決するために必要な知識やノウハウは個人の頭の中で完結するものではなく、状況・道具・人的ネットワークの中に分散しているとする「分散された知能 (distributed intelligence)」という考え方が紹介されています。分業して他者に任せるということではなく、自分も問題の全体像をつかんだ上で各領域に詳しい人と共に考え問題を解決する姿勢を持つことで、個人では突破できない難しい状況を前向きに捉えることができるようになります。
私達の新入社員研修においては協同的自信を醸成するための研修体制を構築しています。具体的には新入社員を20名前後の「Labo」というグループに分けた上で各Laboにマネージャーを配置し、週次での1on1を通じてタイムリーにフィードバックを受け取れる機会を設けています。またLaboとは別に4~5名からなる「マナビバ」と呼ばれるチームが存在し、朝礼・終礼時に日報を口頭で共有し合ったり、研修講座内でのディスカッションを通じて意見交換する機会を積極的に設けています。
新入社員は多くの壁にぶつかりながらも、同僚が同じように壁にぶつかる中で何を考え行動しているかを知ることで刺激を受け、マネージャーとの1on1を通じて成長に繋がるフィードバックを受けることで、徐々に協同的自信を深めていきます。マナビバは定期的にシャッフルされ、多くの同僚と接点を作ることになります。この研修体制は現場組織を意識して設計しており、新入社員は配属後にも同様の環境でキャッチアップを進めていくことになります。
また同僚からのリアルタイムなフィードバックを受ける機会として、Slack上でValueフィードバックと呼ばれる仕組みを提供しています。同僚に対して7つあるValueのうちいずれかを選択し、(Situation/Task) - Action - Result のSTAR形式でいつでもフィードバックすることができます。Valueフィードバックを受け取ることで同僚への貢献実感を育むことができ、日頃からValueを意識した言動を緩やかに浸透させることに繋がります。配属後は360度評価を通じて同僚にフィードバックを送り合うことになるため、評価の練習機会にもなっています。
上記に加えて研修後半戦では協創プロジェクトと呼ばれるチーム課題が存在します。その名の通りプロジェクト形式での課題となっており、各マナビバをチームとして課題に取り組んでいきます。大まかなお題は用意されていますがゴール設定は自分達で行う形となります。協創プロジェクトの目的は下記となります。
チームで成果を出す機会を通じて、「チームワーク」の礎を作るため
チーム内での役割分担を通じて、自身のValue発揮スタイルを見つけるため
チームワークを通じて成果を出すうえでは個人課題とは異なる難しさや楽しさがあります。自分ひとりでは解決できない問題であっても仲間と知恵を出し合うことで乗り越えることができる。そのためにはひとり一人が内省を通じて自分に合うValueの発揮スタイルを見つけることが重要であると考えています。
このような一連の取り組みを通じて協同的自信を醸成し、新入社員がお互いに刺激し合う「戦友」となることをゴールのひとつに置いていることが私達の新入社員研修の特徴となっています。
失敗経験から学ぶ機会
プレイフル・シンキングにおいて失敗はある時点での現象に過ぎないと位置づけられています。
この失敗についての考え方を一層強めているのが、キャロル・ドゥエックの「Not Yet」というTED Talkです。失敗をFailと捉えるのではなくNot Yetと捉えなおすだけで、目標にたどり着くにはどんな改善や努力が必要だろうかと前向きに考えることができるようになります。
失敗から学ぶ文化を醸成するには何が必要なのでしょうか。私達の新入社員研修では質の高い失敗経験の提供と失敗経験から経験学習サイクルを回す習慣づくりを通じて新入社員が不安をFUNに変えるきっかけを得られるよう工夫しています。
質の高い失敗経験の提供
ビジネス現場で実際に遭遇する典型的な場面における難しさを設計し、一連のストーリーとしてパッケージングした「ビジネス課題」という実務型研修を新入社員研修の中で提供しています。ビジネス課題は営業課題、コンサルタント課題、開発課題で構成されており、新入社員全員がすべての課題に取り組みます。
ビジネス課題の狙いは職種毎に顧客に向き合う具体的な場面を通じて顧客への提供価値を深く理解することにあります。同時に、実務に近い難しさに身を置きながら考え続ける習慣を作ることにあります。
ビジネス課題では各職種からマネジメント層、トッププレイヤー、2年目の先輩など、総勢100名近くの現場社員が新入社員と直接関わりつつ研修を実施していきます。現場社員は新入社員をひとりのビジネスパーソンとして見ており、成果物やプロセスに対して厳しいフィードバックを投げかける場面もあります。
このような環境の中で、新入社員は現場に出たあとに自らが遭遇する可能性の高い失敗と向き合っていくことになります。この体験を通じて机上の学習では得られない現実的な失敗経験(=質の高い失敗経験)が提供されていきます。新入社員にとっては大きな挑戦と緊張感を伴う体験かもしれませんが、私達はこうした経験がプレイフルな姿勢を育む上では欠かせない要素であると捉えています。
失敗経験から経験学習サイクルを回す習慣づくり
失敗を「Fail」と捉えるのではなく「Not Yet」と捉える上では失敗経験から経験学習を回す習慣づくりが重要になります。経験学習はデービッド・コルブが提唱した学習モデルであり「具体的経験」「内省的反省」「概念化・抽象化」「能動的実験」の4つのステップからなるサイクルを繰り返していきます。
新入社員研修においても経験学習サイクルはあらゆる活動の土台となります。日報や週次のふりかえり、1on1などを通じて直近の具体的経験から内省的反省に繋がる機会を日々繰り返していき、研修内で学ぶビジネスフレームワークやセルフマネジメントの手法を用いて概念化・抽象化を行い、次の機会に向けて能動的実験に繋げていきます。
ビジネス課題のなかでは各職種特有の困難さと向き合うことになりますが、その際にセットで困難を乗り越えるヒントとなる講座を実施しています。具体的には営業課題で商談ロープレを行う前にプレゼンテーションや資料作成の講座を実施したり、開発課題で未経験のプログラミングに向き合うためにGRIT / Resilience講座を実施するといったことが挙げられます。
本人の内省力を高めることに加え、フレームワークを学ぶことを通じて思考の引き出しを増やしていくことで概念化・抽象化を効果的に行い、経験学習サイクルを回す手ごたえを掴んでもらうことで「How can I do it ?」のマインドを醸成し、失敗経験から学ぶ姿勢を後押ししています。
制約を超える楽しさがある
プレイフル・シンキングにおいては制約があるからこそ、それを超えていく楽しさがあることが述べられています。仕事に制約はつきもの。予算やスケジュールが限られている中でいかにアイデアを出して成果を生み出すかが仕事の醍醐味のひとつです。
一方で、できない理由に目を向ければいくらでも理由は見つかるものです。予算が少ないから、スケジュールが厳しいから、自分の能力が不足しているから…。ネガティブな側面に目を向ければ、物事を諦めるために自分を説得する材料集めに走ってしまうことがあるかもしれません。
そうした際に役に立つのがブリコラージュという考え方です。ブリコラージュは文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが提唱した概念で、フランス語で「ありあわせの道具、材料を用いて自分の手でモノをつくること」を意味し、日本語では「器用仕事」とも訳されます。冷蔵庫のありものをうまく工夫して作る家庭料理のような手法であり、今この場にある素材や道具を観察し、それらを組み合わせることで試行錯誤を繰り返していきます。
ブリコラージュ的な発想においては、収集と観察が起点となり、目の前で起こっていることの意味をリフレーミングし、気付いていなかった価値に気づくプロセスが重要です。
新入社員研修で私達が提供するビジネス課題でも制約条件の中で最善のソリューションを見出す姿勢を育んでいきます。ブリコラージュの発想を活用すれば、以下のような手順で取り組むことができます。
与えられた条件、顧客の潜在ニーズ、自社の強み/弱みなど、あらゆる情報を収集し、観察する
制約の中で利用できそうな素材をクリエイティブに組み合わせる。短期的な解決策だけでなく、中長期的な視点も盛り込む。
仮説を立て検証し、新たな学びを得てアイデアを改善していく。レビューでのフィードバックから気づきを得てアイデアをブラッシュアップする。
また同時に、新入社員にとって最大の制約は自分自身の引き出しの少なさであると考えています。難しい課題に直面した際に現時点の自分の知識やスキルを理由に可能性に蓋をしてしまうリスクがある。なので、引き出しを増やすアクションを自発的に取れるよう書籍購入支援制度や資格取得支援、UdemyやGLOBISといった学び放題サービスを研修時点から開放し、自発的な学び行動を推奨しています。
与えられた課題を解くだけでなく自分から学びを得て、そこから意味を見出し課題解決に取り入れていくプロセスは楽しいものです。新入社員研修では限られた時間内に教えるべきことが多いため詰め込み型になりがちですが、新入社員を起点とした学びを取り入れることで、配属後も学びながら仕事に取り組む姿勢を育むことができ、彼らのプロアクティブ行動を引き出すことにも繋がると考えています。
おわりに
本記事では新入社員研修にプレイフル・シンキングを取り入れることのメリットや取り入れ方について紹介してきました。新入社員研修は新入社員の人生にとって重要なトランジションのひとつであり、この期間の過ごし方が社会人生活の成長曲線にも影響します。自社の新入社員研修は5月末まで実施していくため、引き続き彼らを見守りつつ、成長を支援していきます。
本記事を通じて新入社員研修を企画運営している方や企業内の教育・育成に関わる方とつながるきっかけが生まれると嬉しいです。興味を持って頂いた方はXなどでお気軽にご連絡ください。
それでは、また。
うえむら(@Uemura_HR)