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特別支援教育はどうなる? (4)

国連権利委員会と日本の障害児教育

               植草学園大学 発達教育学部 教授 野澤和弘

                   
特別支援学校の人気
 「分離された特別な教育をやめるために、障害のある子のインクルーシブ教育を受ける権利を認め、質の高いインクルーシブ教育に関する国の行動計画を策定する」
 国連障害者権利委員会の日本政府に対する総括所見の核心部分です。「分離された特別な教育」とは特別支援学校や特別支援学級のことです。
 日本の障害児は通常学級で障害のない子どもたちと一緒に学ぶ権利が認められてない、ということなのでしょうか。

 たしかに、障害のある子どもを持つお母さんから、以前こんな話を聞いたことがあります。
 就学時の相談で「ほかの子どもたちと同じように普通の学校へ通わせたい」と訴えると、「おたくの子は普通じゃないのだから」と言われた。有無を言わせない教育委員会の対応に黙って従うしかなかった。 
 「どうしてボクだけお母ちゃんと離れて暮らさなきゃいけないんや」。脳性まひの当事者が遠くの寄宿舎付き養護学校に入れられたときの気持ちを聞いたこともあります。
 嫌がる子どもを無理やり分離して特別支援学校へ送り込んでいる--。そのようなイメージが人々の意識に根を下ろしているのかもしれません。
 ただ、障害のある子の進学をめぐる裁判で、就学先を決める際には親の意向を十分に聞かなければならないとの判決が出たことがあり、教育委員会は次第に柔軟な対応をするようになってきました。

 今は特別支援学校に通う児童や生徒が増え、教室が足りなくて困っている光景が各地で見られます。全国の特別支援学校に在籍する子どもは、2021年度は14万6300人。10年前に比べて1.2倍に増えています。特別支援学級は32万6500人で2.1倍です。
 特別支援学校の環境や手厚い教員の配置、教育内容などが、主に知的障害のある子や家族から(消極的な理由も含めて)選ばれているというのが実態に近いのではないでしょうか。


消極的な選択

 では、日本の特別支援教育の現状は素晴らしくて、国連の認識が間違っているのかと言われると、自信を持って首を縦に振ることが私にはできません。
 本当は障害のない子と一緒に学びたくても通常学級が「過酷」なために、あるいは特別支援学級が満杯なために、やむを得ず特別支援学校を選んでいる障害児が多いとも思われるからです。

 ざわざわした状況や騒がしい音が苦手という感覚過敏の特性を持った子がいます。じっとしているのが苦手で集団行動を強いられるとストレスから適応障害を起こす子もいます。わがまま、親のしつけが悪いと誤解されることが少なくありません。
 そうした特性のある子には、大勢の児童・生徒が狭い教室で一日を過ごす通常学級はとても快適とは言えません。
 知的障害のある子は通常の授業についていくのが大変ですが、最近は英語やプログラミングなどが小学校に導入されるようになり、ますます難しくなっています。
 複雑な要因が絡み合っているのだとは思いますが、小学校でのいじめや暴力行為は急増しており、不登校も過去にないほど増えています。小中高校生の自殺も過去最悪の状況にあります。障害のない子にとっても学校はストレスに満ちた場所となっているのです。
 それよりも、のんびりした雰囲気で試験に追われることのない特別支援学校の方が「まだ良い」と、消極的選択をしている人も多いのではないかと思われます。

 国連が求める「インクルーシブ教育」を全面的に行うのであれば、まず現在の通常学級を変えなければなりません。
 そして、国連権利委員会は総括所見でそのことを日本政府に要請しているのです。


合理的配慮が不十分

 総括所見は「分離された特別な教育をやめる」というだけでなく、以下のような「懸念事項」と「要請」が列挙されています。こちらの方はあまりメディアが伝えないので知られていませんが、とても重要なことが述べられています。

「懸念事項」
〇障害のある児童・生徒への合理的配慮の提供が十分でないこと。
 Insufficient provision of reasonable accommodation for students with disabilities:

〇通常学級を担当する教師のインクルーシブ教育に関するスキルの不足および否定的な態度。 Lack of skills of and negative attitudes on inclusive education of regular education
teachers.

「要請」
〇障害のあるすべての子どもに対して、一人ひとりのニーズに合ったインクルーシブ教育を行うための合理的配慮を保障すること。
 Guarantee reasonable accommodations for all children with disabilities for meeting their individual educational requirements and ensuring inclusive education.

〇通常学級の教師および職員のインクルーシブ教育に関する研修を確保し、障害の人権モデルについて教職員の意識を高めること。
 Ensure training of regular education teachers and non-teaching education personnel on inclusive education and raise their awareness on the human right model of disability.

 通常学級では障害児に対する合理的配慮が十分に提供されておらず、教師のインクルーシブ教育に関するスキル不足や否定的な態度があること。これがインクルーシブ教育を阻む原因となっており、改善すべきであると、国連は要請しているのです。


障害を否定的に見る教師

 合理的配慮とは個々の障害児の特性に合った環境や指導方法を取り入れることで、特別支援学校の現場では試行錯誤しながら実践されてきました。通常学級では児童・生徒の人数が多く、教師が障害児のために合理的配慮を行う余裕がないのかもしれません。教師自身が障害に関する教育を十分に受ける機会がなかったことも挙げられます。
 「インクルーシブ教育に関するスキルの不足および否定的な態度」と指摘されるのもそうした事情があってのことでしょう。もちろん、通常学級の教師の中には障害児の教育に熱心な人がおり、感性の豊かな人がいるのも事実です。

 しかし、社会の全体状況から俯瞰すると、国際競争に負けないよう優秀な人材の輩出を教育現場に求める傾向は強まっています。国際学力調査で日本の順位が下がっていることが問題視され、政府は児童・生徒の学力向上に躍起になっています。
 通常学級の現場に学力向上の風圧が高まる中で、試験で高い点数を取ることが苦手な障害児がどのような視線を向けられるのかを想像すると心配になってしまいます。「障害の人権モデルについて教職員の意識を高めること」を国連権利委員会は要請していますが、それだけで通常学級が変わるとは思えません。
 現場の教師を問題にするだけではなく、もっと日本の教育システムや社会構造の本質を変えていかねば、国連の求めるインクルーシブ教育は実現できないでしょう。


デンマークの学校は試験がない

 前回はデンマークの教育のことを紹介しましたが、デンマークの学校では14歳まで試験がありません。試験で測定できる「学力」を伸ばすよりも、14歳までは生きる力を付けることを学校教育の優先的な目標としているのです。
 その代わり、大学を卒業しても別の大学に入って勉強をする学生が多く、本格的に社会の中で就業する平均年齢は27~28歳といいます。大学までは授業料がすべて無料、成績の良い学生には政府が生活費を援助する政策が、長い学齢期を送る子どもや学生を支えています。
 なんて優しい国だと思われるかもしれませんが、産業界に目を転じれば、デンマークは厳しい競争社会と言わざるを得ません。就職しても会社から不要とみなされれば簡単に解雇されます。その会社も業績が悪化すれば容赦なく倒産し淘汰されていきます。時代のニーズに合った労働者、企業しか生き残れないのです。
 欧州の中では小さな国でありながら、デンマークではそれぞれの分野で世界的なトップシェアを誇るベンチャー系企業が次々に登場する活力はそうした競争原理から生まれているのです。
 学齢期の子どもたちへの手厚い教育政策は、厳しい競争社会を勝ち抜くためにも必要とされているのです。学校だけでなく、地域社会が子どもたちのクラブ活動や放課後活動を支える役割を担っています。
 どの先進国も平均寿命が延びて、人生の後半期は長くなっています。若いころは長い人生を生きていく土台をしっかりと作るのだという社会的な合意がデンマークにはあります。
 生きる力を身に付けるためには障害のある子もない子も同じ場で学ぶことは重要な意味があると思います。これから社会の多様性はますます広がっていきます。さまざまな価値観がぶつかり合い、子どもたちが豊かな情感を育むことは学校の重要な役割になっていくことでしょう。
 インクルーシブ教育は障害のある子だけでなく、障害のない子にとっても大切なのです。
                               おわり

障害について学ぶ授業が豊富にある植草学園発達教育学部。
保育園・幼稚園から小学校、特別支援学校まで切れ目のない
インクルーシブ教育をめざしている。


野澤和弘 植草学園大学副学長(教授) 静岡県熱海市出身。早稲田大学法学部卒、1983年毎日新聞社入社。いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待など担当。論説委員として社会保障担当。2020年から現職。一般社団法人スローコミュニケーション代表、社会保障審議会障害者部会委員、東京大学「障害者のリアルに迫る」ゼミ主任講師。近著に「弱さを愛せる社会に~分断の時代を超える『令和の幸福論』」(中央法規)。「スローコミュニケーション~わかりやすい文章・わかちあう文化」(スローコミュニケーション)、「条例のある街」(ぶどう社)、「障害者のリアル×東大生のリアル」(〃)など。https://www.uekusa.ac.jp/university/dev_ed/dev_ed_spe/page-61105

植草学園大学・短大 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                           tokushiken@uekusa.ac.jp

                                  

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