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伝統産業から考える消費社会への向き合い方

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取材日:2024年7月20日
取材先:永田刃物【一竿子忠綱】



伝統産業 〜庖丁〜

 環濠都市・堺で製造される和包丁は実に9割以上の料理人に使われていると言われ、その名は全国で知られています。国連・外交サークルproject90%の3回目として、その街に暖簾を掲げる「永田刃物【一竿子忠綱】」・永田壽彦(としひこ)氏を取材しました。
 今や100円均一でも気軽に買えてしまう包丁。大量生産された包丁の数は計り知れません。消費社会の負の影響が顕在化している現代、伝統産業はどう繋がるのでしょうか。今回の取材を通して今後の伝統産業の行方を垣間見ました。

堺の包丁の歴史 〜伝統産業のあけぼの〜

  永田刃物【一竿子忠綱】が位置する大阪・堺市は古くから包丁の街として栄えてきました。その歴史は古く、2000年以上前の弥生時代に起源をもつといわれています。日本最大の古墳「仁徳天皇陵古墳」は紀元前、現在の堺市堺区に築造されました。それに伴い鋤や鍬を作る職人集団が定住し、鍛冶技術が発達したと考えられています。堺における刃物の歴史に包丁が登場するのは、16世紀にポルトガルから鉄砲が伝来した頃です。貿易で栄えていていた堺に鉄砲製造の技術が伝わり、鍛冶技術の飛躍につながったといわれています。さらにたばこの葉を刻む「たばこ庖丁」が堺で作られるようになり、徳川幕府が堺極印を附して専売したため、堺の包丁が全国に流通しました。
この街で包丁が作られるようになり約600年。その歴史を踏襲し「堺の庖丁」は今も作り続けられています。

永田さんの考えに焦点を当てる 〜有名よりも一流に〜 


 手工業から機械工業へと変化していき、伝統産業にも数を生産する動きが見られる中で、伝統的な製法で“庖丁”を造り続ける永田さん。できるだけの数多くの包丁を作ろうと考えればそれは可能でしょう。しかし、それでは一丁一丁にかけるこだわりが損なわれてしまいかねません。一方で一丁に丹精こめて作ることは、刃物に対して真摯に向き合う、まさに“一流”の示すところ。数を売って“有名”になるよりも心を込めた一丁を仕上げる“一流”というモットーで日々“庖丁”と向き合い、こだわり抜く永田さん。私たちは伝統産業への問いを率直に投げかけてみました。

“百均包丁”と“伝統庖丁”の違い 〜目に見えない付加価値〜


 包丁と聞くと「百円均一でも買えるのでは?」と考える人もいるでしょう。ではそういった大量生産された包丁と伝統庖丁は何が違うのでしょうか。違いはズバリ“手間暇”にあります。伝統庖丁の製作工程において、刃金は炭火で均一に焼き入れされ、水の中で急冷されることで一気にその硬度と切れ味を高めます。そして再び熱する「焼き戻し」という工程で粘り気が加わり、かけにくく、さらに切れ味の刃が誕生するのです。永田刃物【一竿子忠綱】では、刃金をこのような工程からさらに1年以上寝かすことで、出てくる錆と共に不純物を排出します。まさに“手間暇”をかけた一丁がこのようにして誕生するのです。
 

手間暇をかけるということ 〜実際に使用して〜


 こうして“手間暇”をかけて作られた包丁にはどのような違いがあるのでしょうか。答えは、作られた料理の味にあります。ストレスなく切られた食材はその身や繊維質を潰されることがなく、水分や旨みすらも逃がさず調理され、その味は何倍も引き立てられます。
 さらに、高い切れ味を誇る鋼の“庖丁”を使う料理人は他と比べて丁寧な仕事をするようになります。錆びやすい鋼を選ぶ料理人は使用後に包丁を拭う癖が必然的につきます。それが習慣化していくと、拭った刃物を置くまな板の清潔にも心を配るようになります。その次には作業台、また冷蔵庫の中へと食材の徹底した管理へとつながっていくのです。このような周りの環境を整えていく料理人の姿勢や所作に信頼性の高い仕事が生まれます。
 

ものを長く使い続けるには 〜今後の課題〜


 また手間暇をかけて作られた“庖丁”を使うことは、使い手の、“もの”への態度にも影響していきます。それも“手間暇”なのです。そうして包丁を扱うことは、百円均一の包丁を買う時との大きな違いといえるでしょう。使い手としては、いずれの包丁も使用する中で切れ味が落ちていき、“研ぎ”が必要になります。
 伝統的な手法で作られた、自分にとって特別な“庖丁”。日々大切に使いながら、切れ味が落ちてきた時には“手間暇”をかけて研ぐ。これらを繰り返し、そして積み重ねていくことは、ものに対する“愛情”へと変化します。その包丁は20年、30年と持続していくのです。大量生産大量消費の社会に疑問が生まれている現代、ものへの愛着を持つことは問題解決の答えになるでしょう。
 

伝統産業の課題 〜習うより慣れろ〜


  このように、伝統庖丁を使うことは調理する食材のみならず、作り手の料理に対する向き合い方も変えることができます。しかし、魅力がつまった伝統産業も現在、課題に直面していることも事実です。伝統産業の就労人口は年々減少しており、刃物産業も同様に後継者不足が深刻な状態になっています。今回取材を行った堺の街も同様の問題を抱えていると永田さんは話します。「10年前だったら、後継者問題に対応できていたかもしれない。」そのように永田さんが語るのは、伝統的な手法で刃物業界の職人さんが10年前に比べ、かなり減少してしまったという背景があります。
 堺市の教科書にも載る「習うより慣れろ」という言葉は“職人の世界”そのものを示しています。基本的に技術は目で覚え、人から人へ伝わる“職人の世界”。それ故に、後継者を育てるにはかなりの時間とお金がかかります。厳しい伝統産業の世界において、伝承者の減少は深刻な問題です。
 

現代社会へのヒント 〜SDGsとのつながり〜


  大量生産大量消費の社会に疑問が向けられるようになってきた現代。その負の遺産は気候変動や環境問題など目に見える形で私たちの目の前に現れています。そんな現代社会において、いかにして“もの”を長く使い続けるかという問いの答えは“ものへの愛着を持つ”こと。今回の取材を通して見えてきたこの考え方は、問題を切り開くでしょう。さらにホンモノを作り続ける職人さんたちの技術や、ものに対する向き合い方、そして彼らの思いは未来へと継承していくことが大切です。一方で後継者問題など、課題が多くある伝統産業の現在。どのように伝統産業を守り、どのように継承していくべきかという問題を、私たちは直視する必要があります。
 今回の記事では、伝統産業の今に興味を持ち、少なくとも身の回りの“もの”に思いを寄せ、大切にするきっかけになれば幸いです。(守屋耕平、崎山寛也)

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