苦しい
私の中の何かが原因で苦しくなっているはずなのに、気づけば苦しいと思うことの多さに苦しくなっている。
苦しくない時と苦しい時のギャップにも苦しめられる。
苦しくない時、誰かとの楽しい時間が終わりを迎えようとすると悲しくなる。
楽しい時間の後、苦しい時間が来るのが怖くてしかたない。
中学の頃、ある人から3年間嫌がらせをされた。
その人の友達に私の悪口を言ったり、私の見た目や動作の悪口を周りの生徒に聞こえるように大きな声で言ったり、ばい菌のように扱われ、物を遠ざけられたりした。
3年間ずっとただ耐えた。
学校を休んだりもしなかった。
その代わりに、人が怖くなった。
廊下で人とすれ違うのが怖かった。
教室で人と目が合うのが怖くて、体ががちがちに固まるようになった。
階段で背後からついてこられるのも怖くなった。
給食で机を向かい合わせにするのが怖かった。
そのうちに、給食で牛乳を飲む時だけ手が震えるようになった。
高校生になって、嫌がらせをしてきた人とは会わなくなった。
それでもずっと人が怖かった。
吹奏楽部でパートリーダーをした。
先輩、同級生、後輩、相手が誰かに関わらず怖かった。
パートリーダーとして練習中指示を出したり、指摘したり、みんなをまとめたりすることもそのうちにできなくなった。
部活の時間が近づくと腹痛が起こるようになった。
部活を休むことはなかった。
大学生になった。
大学までは毎日電車で通った。
電車や駅にいる間はずっと人の目が気になった。
毎日体ががちがちで、異常に疲れてしまい、授業でも電車の中でも駅のエスカレーターに乗っている間までも眠った。
保育士2年目、先輩や上司からの視線や陰口に耐えられず心の調子を崩した。
仕事を休むことが多くなった。
3回休職を繰り返し、退職した。
私は過去に囚われているだけなのかもしれない。
いちいち気にしすぎなのかもしれない。
弱いのかもしれない。
だから心を病むのかもしれない。
全部私が悪いだけなのかもしれない。
中学の頃始まった、手が震える症状は10年経って、今更悪化している。
食べる時、飲む時、配膳する時、字を書く時、以前よりずっと手が震えることが増えてしまった。
震えてしまうんじゃないかという恐怖で余計に震えるようになった。
人との食事がもっと怖くなった。
勇気を振り絞って相手にカミングアウトしてみても、震えが止まることはなかった。
そのことが、今の私の不安要素のひとつになってしまった。
過去に囚われるなとよく言われる。
私だって過去に囚われたくて囚われているんじゃない。
でも過去の出来事ひとつひとつが私の中にトラウマとしてしっかりと残ってしまって、それにずっと影響されて生きている。
ここに書いた出来事たちは、全て今も悪夢として睡眠中に押し寄せてくる。
人が怖い。
自分が信じられない。
心を病んだこと自体も私の心を大きく傷つけてしまった。
今まで乗り越えたいくつもの苦しい夜は自信にならない。
これからまたやってくる苦しい日々がずっと怖い。
毎日健やかに過ごしたいだけだ。
苦しい。