オンラインコミュニケーションにおけるラポール形成について(第1回)
オンラインインタビュー調査の可能性と有効な技法について(NLPの観点より)
生活者起点でのイノベーション実践を支援するUCI Lab.では2020年4−6月に、「コロナ禍による行動変容をケアするオンラインインタビューとその考察」と題した自主調査プロジェクトを実施しました。この記事では、私大石がオンラインインタビュー実践者の立場から、実体験を通じて感じたことを、これまで学んだNLPや心理学の要素を踏まえながら2回に分けてお伝えします。
はじめに
私が所属するUCI Lab.では、生活者起点でクライアントの新商品開発やコンセプト創造のサポートを行っています。
そこで大切にしているのが、生活者に共感することです。つくり手側の勝手な妄想ではなく生活者に寄り添うために、ナマの声が聴けるインタビュー調査を行います。その際も、「(一問一答のような)こちらが聞きたいことの回答」ではなく、「対話から出てくる気づき」を重視しており、相手とじっくり向き合うことができる1対1の「デプスインタビュー調査」や「家庭訪問調査」などの定性調査を基本としています。そして、相手の反応がつぶさに観察できる対面式のインタビュー調査(以降オフラインのインタビュー調査)を多用してきました。
その際に重要になる「ラポールの形成」という視点から、オフラインとオンラインのインタビュー調査(あるいはコミュニケーション全般)では、何が違うのか、どういった工夫が有効なのかを考えたいと思います。
ラポールの重要性
インタビューの前提にある「ラポール形成」
まずは、オフライン/オンラインの違いの前に、そもそもラポールとは何か、なぜ重要なのか、どのように形成できると言われているのかについてご紹介します。
UCI Lab.でインタビューする相手(被験者)は、プロジェクトテーマにとって話を聴くのにふさわしい方をその都度探すため、基本的にみなさん初対面です。そしてインタビュアーは限られた時間内にプロジェクトに必要な情報を得るために、その被験者から出来る限り多くの本音を引き出すというミッションがあります。
しかし、想像していただくと分かるかと思いますが、初対面の相手を前にざっくばらんに話ができる方ばかりではありません。緊張してしまったり、インタビュアーが望むような回答をしてしまう方も多くいらっしゃいます(日本人は”空気を読む”人が多いのでなおさらです)。
そこで私がインタビューをする時に大切にしているのが「ラポール」を形成することです。
「ラポール」とはフランス語で「架け橋」を意味する心理学用語です。相手と自分の間に架け橋をかけるように、心が通い合った状態であること、つまり相互に信頼しあっていて安心してその場に存在できる状態を意味します。
「この人に言われると、どんなアドバイスでも素直に聞ける」あるいは、「正論だと分かっていても、この人に言われるとなんか反発したくなる」といった経験はありませんか?
これはまさにラポールが築けているか否かの差と言えます。
初対面の相手から本音を引き出すには、いかに早くラポールが形成できるかが大きな鍵になっているといっても過言ではありません。
ラポール形成のテクニック
ここで少し、私の学んだNLPからラポール形成のための「ペーシング」というスキルを紹介したいと思います。
仲の良い人たちはなんとなくしぐさや言葉遣いが似ていますよね。ペーシングはこの心理学で言う「類似性の法則」を逆手にとったもの。”意識的”に相手の言語、非言語に合わせていくことで「なんかこの人私と似てる。話していて心地よいし、安心する」というラポールの状態(=信頼関係)を生み出していくスキルになります。
具体的には「ミラーリング」と言われる視覚情報を合わせる手法や、「マッチング」と言う主に聴覚情報を合わせる手法があります。
これらは、あくまで相手がこちらとの関係を心地よく感じ、心を開いていただくための手法です。わざとらしさがあってはいけません(「この人、私の真似ばっかりしている!」と思われては逆効果です)。さりげなく、相手に合わせていき、話しやすい空気を作っていくのがインタビュアーの腕の見せ所でもあります。
調査における「ラポールの形成」ーオフラインとオンラインの違いー
あらゆる情報を読み取れていた”オフライン”でのインタビュー調査
さて、これまでのオフラインのインタビュー調査では、前述したラポール形成のテクニックをフル動員して被験者にできる限りリラックスしていただける状態を作ってきました。
また、ただ単に言葉のやりとりをするのではなく非言語の情報からも多くのことを読み取ってきました。
「目は口程にものをいう」と言いますが、いわゆるノンバーバルと呼ばれる非言語情報 −本人の発言以外の目線の動きや体勢、空気感や間など− は実に様々なことを教えてくれます。言葉では「この商品良いですね」と言いながら、顔や声色から全く買う気がないなぁと分かってしまうもよくあります。
目の前に相手がいるからこそ得られる情報、伝えられることが多いオフラインでのインタビュー調査は、生活者理解の醍醐味だと感じていました。
しかし、COVID-19の発生により事態は大きく変わりました。
緊急事態宣言により、人と直接会えなくなりました。
当然リアルな場でのインタビュー調査は実施できなくなりました。そこでリアルな場でのインタビューを重視してきたUCI Lab.も、オンラインでのインタビューに踏み切ることになりました。
”オンライン”上でのラポール形成の困難さ
さて、このラポール形成を実際にオンライン上で行ってみて痛感したのが、「どうやらこれまでの手法そのままでは使えないぞ」ということです。
同じ空間にいれば息を大きく吸ったとか、顔をあげたとか、ちょっと顔が強張って緊張していると言った様々な情報が五感を通じて感じられます。取り立てて意識して(集中して)相手の気配を察知しようとしなくても、なんとなく”空気”として相手のことが”分かる”といった経験はみなさんも心当たりがあるのではないでしょうか(日本は”空気を読む”という言葉がありますね)。
しかしながらオンラインでのインタビューでは、画面に映っている範囲でしか情報が入ってきません。相手に合わせていこうにも(ペーシングしようにも)小さな画面の中には、上半身しか映っていません。見えていない手元でスマートフォンを使っていても分からないし、聴こえてくる音声情報もPCやスマートフォンのマイクが拾ってくれるものに限られます。
視覚・聴覚情報が限定されたコミュニケーション環境では、前述したような”空気”はなかなか察しにくいのではないかと思います。
また、当然のことながらコミュニケーションの相手である被験者も、この視覚・聴覚情報のみという環境に置かれています。これはすなわち相手(被験者)にこちらが共感していることを伝える”ペーシング情報”がオフラインの時ほど充実していないことを意味しています。
コミュニケーションは双方向で行うものです。
いくらこちらが仕草や呼吸を被験者に合わせペーシングをしていっても、相手が受け取れる情報が限定された中では、目の前にいる時ほどの効果は発揮しにくいのではないかと感じました。
日常との”境界線”が引きにくいオンラインコミュニケーション
ラポール形成には、既にご紹介したテクニック以外にも様々な要素が関係します。
今回の被験者はほとんど全ての方がご自宅からアクセスしていただきました。どこからでもアクセスできるオンラインコミュニケーションは非常に気軽なツールです。
これまで人と会うとなると、どこかに出かけて行ったり、もしくは準備をして相手を家に招いていたと思います。しかしオンラインだとネットワークにアクセスしさえすればビックリするほど呆気なく繋がることができます。移動の時間は必要ありませんし、閉店時間や終電の心配もないため、なくなんとなくダラダラとコミュニケーションを続けてしまった方も少なくないのではないでしょうか?
最近では、「オンライン飲み会疲れ」と言った言葉も聞かれるようになりました。いつ終わるとも知れないイライラや、同居する方々の不満…etc.。気心しれた間柄でも、オンラインコミュニケーションならでは不具合が生じていそうです。
そして、このような不具合はラポールを途切れさせてしまいかねないものでもあります(不安やイライラを持っていると相手と良い関係は築けませんよね)。
気軽な一方で、日常との境界線が引きにくいオンラインコミュニケーション。ご自宅はその人の日常生活が営まれている場でもあると言うことを念頭においておくことも大切になってきそうです。
さて、前置きが長くなりましたが、以上のことを踏まえ私が日頃実践している「誰でも簡単にできるオンラインコミュニケーションのポイント」をいくつかご紹介していきたいと思います。
オンラインコミュニケーションのポイント
ポイント①ジェスチャーは大げさに
すでにいろんなところで言われていることですが、まずはジェスチャーを意識するのが有効です。「なるほどね」といううなづきや、「そうなの!?」といった驚き、「面白いね!!」という笑いなどの感情を、小さな画面上でも伝わるように、表情や仕草を少し大げさなくらい(通常の3割増程度?)にして表現します。オフラインでのコミュニケーションでもそうですが、無表情な相手と話すより、リアクションがあった方が話す側も気持ちが良いですよね。また相手の反応がわかると、「うまく伝わっていないのかな?」「ここをもう少し掘り下げた方が良いかな?」というように話の軌道修正や補足説明もぐっとしやすくなります。
またこれはオンラインならではですが、声を出して笑ったりうなづいたりすると他の人の話が聴こえなくなったりするということがあります。ウェビナーなどでは参加者は最初からミュート(音声がオフ)になっていることも多いでしょう。相手のリアクションがないまま話す時ほど不安なことはありません。話し手が安心して発話できるように、聴き手側もジェスチャーを意識的に行うなど協力する姿勢が大切です(一度画面に写っている自分がどんな反応をしているのか、観察してみるのも良いかもしれません)。
ポイント②バックトラッキングを活用する
「バックトラッキング」とは、カウンセリングでいう「オウム返し」のことで相手の言葉を繰り返す聴き方の手法です。
バックトラッキングは相手に「ちゃんとあなたの話を聞いているよ」ということを伝えるラポール形成のテクニックのひとつですが、音声トラブルの対応でも大いに役に立ちました。
クライアントワークのオンラインインタビューをしていたときに、途中から所々音声が途切れる被験者がいらっしゃいました。元々あまりインタビュー時間が長くはありませんでしたし、何度も聞き返してしまうと「大したことではないので(だったら)良いです」と被験者が発言に消極的になる可能性もありました。
そこで行ったのが、このバックトラッキング。聞き取れた範囲で相手の回答を繰り返すようにしたのです。すると、それに対し被験者の方は「そうそう、そうなんです」と応じてくださいました。結果としてバックトラッキングを使うことにより、こちらが聴き取れた内容に誤りがないか、聴き漏れがないかを会話の進行を妨げることなく確認することができました。
一対一のオンラインコミュニケーションなら、最悪の場合聴き取れなかった時は逐次会話を止めて内容の確認することも可能です。でも、何人かが集まった状態のコミュニケーションでいちいち聴き取れなかったことを確認していくと、会話を妨げることになり、場の空気をしらけさせてしまうかもしれません。そんな時も、バックトラッキングを使うことでさりげなく情報を確認することができます。
※もちろん音声状況が悪い場合は、回線を繋ぎ直すなどの対応が必要です。
ポイント③相手の名前を呼ぶ
社内のベテラン営業の方で、二人で話しているにも関わらず「○○なんですよ、大石さん」と必ず私の名前を呼んでくれる方がいます(というより、連呼してくれます)。そして私はいつもこの方とお話しする時、自然にニコニコと笑顔になってしまいます。なぜ、この営業の方に親しみを感じるのだろうと長年不思議だったのですが、相手の名前を呼ぶということが、「今まさにあなたと向き合っていますよ」ということを伝える最強の手段だということに気付いたのです。
これは、オンラインでコミュニケーションをする時にも大いに活用できます。
意識的に「○○さんはどう思いますか?」と名前を呼ぶことで、ラポールを築くことができますし、集中力が切れているかもしれない相手には注意喚起することもできます。
また、複数人でのコミュニケーションの際は、言葉がかぶるのを防ぐのにも役立つのではないでしょうか。
ポイント④終了時間は厳密に
今回自主調査でインタビューでよく聞かれた発言の一つに「オンラインでの会話は楽しいけど疲れる」というものがありました。
対面で話をしている時は、ずっと相手の顔を見ていなくても同じ空間にいるだけで「話を聞いているよ」ということを伝えられたかもしれません。しかしオンライン上ではなかなかそうはいきません。画面の中でそっぽを向いていたら「この人は私の話を聞いていない」「興味がないのかも知れない」と取られかねないでしょう。また小さな画面から相手の反応を読み取ろうとするので、かなりの集中力が必要とされます。
また、前述しましたがオンラインのコミュニケーション場所は自宅の人が多いでしょう。すると、当然オンラインコミュニケーションの前後に、日常のオフライン生活が続いています。
例えば、お子さんがいらっしゃる方は画面を閉じた直後に子どもをお風呂に入れるかもしれません。もしくはご飯の準備を始める人もいるでしょう。そんな中、オンラインのコミュニケーションがダラダラと終わらないと、どうでしょう。イライラすると思いませんか?もしかしたらご家族から冷たい目を向けられてしまうかもしれません。
私自身、オンラインで仲間と話すのはとても楽しいのですが、終わり時間が見えないとやらなければいけないことが気になってソワソワすることもあります。
オンラインでのコミュニケーションはある意味、オフラインの時以上に相手のプライベートに踏み込むことになります。お互いが気持ちよくあるために時間は正確に区切る必要があると思います。初めから終了時間を決めておくというのは、気持ちの良いコミュニケーションをする上で思っている以上に大切なことになりそうです。
最後に
相手を尊重することが良好なラポールを築くことの大前提です。これはコミュニケーションの場がオフラインからオンラインに移ったからと言って変わるものではないのです。自分だったらどう感じるか、ということを忘れずにオンラインコミュニケーションも楽しんでいけたら良いなと思います。
次回は、実体験を通じて見えてきた「オンラインインタビュー調査」の可能性についてご紹介します。
大石瑶子
UCI Lab.所長補佐(株式会社 YRK and)。
チーム内では「共感する人」として主に定性調査やワークショップを担当。
■全米・日本NLP協会認定マスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー、ワークショップデザイナー、リフレクションカードファシリテーター