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奇跡を呼ぶ声を聴く・・・「ミツバチのささやき」と「エル・スール」

映画は映画館で観るものであって、自宅で配信やらDVDやらで観るのは、あれは「映画を観る」とは別の体験なのだ、などと言いたいわけではない。
いや、正直言えばそう思っているけれども、自分が配信やらDVDやらで映画を観ないのはそれが理由ではなく、単純に集中力に欠けているからである。
自宅で観ていると、2時間なら2時間、他のことに気を取られずに小さな画面を見続けることが出来ない。
高い金を払って、暗闇の中で、見知らぬ他人が周りにいる状況に放り込まれてなんとか集中力を保つことが出来るのだ。

それでも昔は、映画館で観ることが出来ない古い、名作と呼ばれるような映画をレンタルビデオで借りて来て観たりもしていたのだが、どうしても集中力が続かなくて、だんだん観るのが苦行のようになってきたので止めてしまった。

そんなわけで好きな映画をDVDで手元に置く、ということもない。

だから映画館で上映しない限り、好きな映画を観ることは出来ない。

× × × × × ×

スペインの映画監督ビクトル・エリセの「ミツバチのささやき」と「エル・スール」の2作が日本公開されたのは1985年。
寡作で知られる監督で、長編映画は
「ミツバチのささやき」(1973)
「エル・スール」(1982)
「マルメロの陽光」(1992)
と、ほぼ十年おきに三本撮った後は長い間沈黙し(短編映画はあったが)、
2023年に31年ぶりの新作長編「瞳をとじて」を完成させた。

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1985年の公開時に「ミツバチのささやき」と「エル・スール」を観て、非常に感銘を受けた。
「非常に感銘を受けた」というのはどうにも陳腐な表現なので別の言い方をすれば、
「めっちゃ良かった」
と言ってもいい。

「エル・スール」の方はたしか1回しか観なかったが「ミツバチのささやき」は何回か通ったと思う。

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その後、この2本の映画を観る機会は無かった。
もしかしたらどこかの映画館の特集上映とかで観られるチャンスはあったのかもしれないが自分の目には入らなかった。
今回この監督の久しぶりの新作「瞳をとじて」の公開を記念して、最初の2作が映画館で特別上映されることになったのを知り、いそいそと見に行った。

三十何年ぶりに好きな映画を観る、というのは歳を取らなければ出来ないなかなか得難い経験だった。

最初はなんだかちょっと緊張しながら見始めたのだが、次々と、ああ、そういえばこんなシーンあったなあ、というシーンが目の前に繰り広げられ、次第に緊張は解け、ひとつひとつのシーンを味わった。

懐かしいというよりも、あらためて味わい深い映画だということを、ああ、そうだった、こんな感じだった、と思いながら確認した。

そのなかでも一番「ああ、そうだった」と思ったのは場面(シーン)ではなくて音・・・声だった。
「ミラーグロース」と呼ぶ声。

「ミツバチのささやき」と「エル・スール」は内容的にはつながりはない全然別の話なのだが、唯一の共通点として、どちらにも「ミラグロス」という女性が出て来る。
乳母、というのだろうか、家族の一員ではないのだけれども、子供の世話、だけでなく、家の切り盛りを任されている女性。
ふくよかで、朗らかな中年の女性。
どちらの映画も、どこか屈託のある家族の物語なのだが、ともすれば重たい雰囲気を漂わせるその物語の中で、ふっと暖かい風が吹くような雰囲気を感じさせる女性だ。

「ミラグロス」はスペイン語で「奇跡」という意味らしい。

主人公の少女が「ミラーグロース」と呼び、少女の父親もまた「ミラーグロース」と呼ぶ。

四十年近い時間を経て、その声の響きの記憶がよみがえった。
「ミラーグロース」という、「ラ」にアクセントの有るその呼び声を聴いて、
ああそうだ、
この声だ、
「ミラグロスだ」、
と思い、
この「ミラグロス(奇跡)」を呼ぶ声をこんなふうに思い出すことが出来たのだから、ビデオとかDVDとかで手元に置いて折に触れて観たりしていなくて良かった、長い時間を経て、あらためてスクリーンの上でこれを観ることが出来て良かった、と思った。

ポスターの写真を撮ったのだが、このポスターの向かいに別のポスター(?)か何かがあって、それが写り込んでしまったため、「エル・スール」の主人公エストレッリャの両脇にポパイとオリーブが並ぶ不思議な写真になってしまった。

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