本屋、はじめまして #7 本屋 BREAD & ROSESー後編
本と仕事と店主についての
8問8答
1 オープンから約1年、率直な感想は?
良くいえば試行錯誤、悪くいえば行き当たりばったりでしたが、お客さまや地域のみなさまに支えられて何とかやってこられたという感じです。何より、多くの方々と触れ合えるのはとても楽しく勉強にもなり、かけがえのない経験でした。
経営的には明確な利益が出るところまでは到底達していません。本屋をめぐる環境の厳しさを全身で感じる1年でもありました。中でも猛暑になり多くの人が外出を控えるようになってからは、厳しさが一段と増したようにも感じました。でも、まだまだ策はある。やっていないことはたくさんある。だから絶望するのはまだ早い。希望はある。いまはただ自分にそう言い聞かせています。
2 仕事の必需品は?
まずはPCとスマホです。依存し過ぎのような気もしますが、これがないと仕事にならないことは、悲しいけれど認めざるを得ません。それとラミネーターです。POPを作成したり、案内表示をしたりするのにとても便利です。それから通勤に使っている自転車です。最近電動アシスト自転車に替えたのですが、これで通勤が苦にならなくなりました。運動不足解消の方法は他に探さなければならなくなりましたが…(笑)。
3 最近気になったニュースは?
メディアジャックともいえる昨今の自民党総裁選のニュースには辟易しています。先日の読書会で松村圭一郎さんの『くらしのアナキズム』(ミシマ社)を読んだのですが、そこには「くらしの中にこそ政治はある」といったことが書かれています。一方、日本でくらす私たちは、身の回りの問題ですら自分たちで解決することを放棄し、そうした能力を著しく低下させてきました。これではときの権力者の意のままであり、政治を自分たちの手に取り戻す必要があります。本当に大切な政治はくらしの中にあり、総裁選などにはないのだと思います。
4 今読んでいる本は?
8月に刊行されたばかりの斎藤真理子さんの『隣の国の人々と出会う』(創元社)です。そこでは、韓国語=朝鮮語との出会いやハングルに宿る思想、文学の魅力、在日コリアンのことなどが、朝鮮半島の歴史を絡めながら語られています。とくに印象的だったのは、世界文学について触れたところでした。ノーベル文学賞のようにグローバルな物差しで文学をジャッジするのとは別に、たとえば韓国と日本それぞれの文学が相互に小さなやりとりを積み重ねることが大事なのではないかと。斎藤さんが訳された本や著作は実はあまり読めておらず、これを機にいろいろと読んでみたいと思っています。
5 読書をするシチュエーションは?
①店の営業中に合間を見て読む、②寝る前にベッドで読む、③休日にカフェなどで読む、のほぼ3つのパターンに集約できます。ただ、①~③のいずれも十分時間が取れないのが悩ましい。本屋をはじめてみて、細かな作業も含め、やることが多いのに当惑しています。「本が読みたいなら本屋をやらない方がいい」という方もいますが、効率化できる部分は効率化してできるだけ読書の時間を確保したいと思っています。
6 これまでの人生で記憶に残る1冊は?
あえて挙げるなら、昨年亡くなった高史明さんの『歎異抄との出会い 三部作』(径書房)でしょうか。在日朝鮮人二世としての半生を身を切るように綴ったものです。人間が生きる意味について、自分の生い立ちや自身に起きた出来事を問い続けながら探究した人でした。谷中銀座商店街にあった写真店(先輩の実家)でアルバイトをしていた20代半ばの頃、昼休みに公園のベンチで貪るように読んだ記憶があります。これからどうやって生きていこうか悩んでいたのでしょう。当時、マルクス主義と宗教の関係に興味があったことも影響していたかもしれません。いずれにしても大きな影響を受けた本です。
7 鈴木さんが考える「本の魅力」とは?
なかなか一言では語れないのですが、本の魅力というか本の利点をひとつ挙げるなら、それは「体系知」ということではないかと思います。ネットの情報もさまざまですが、そこで得られる情報は「断片知」であることが多い。もちろん本にもよりますが、そこで展開される議論の是非や適否はともかく、著者の考えを体系的に理解できるのは、やはり本ならではといえるのではないでしょうか。
8 本屋さんとしてこれからやってみたいことは?
ありきたりですが、しっかりと本を紹介していきたいです。自分の仕事は本を販売すること以前に、本を紹介することだと常々自分に言い聞かせています。それから、本を紹介する手段としては、今はX(旧Twitter)での発信が中心ですが、近々ラジオなども使って発信力を強化していきたいと考えています。どこまで声が届くかわかりませんが、まずはやってみることが大事かなと。お客さまにも背中を押されて、今はそんな心境でいます。
もうひとつは、地域内で本に携わる活動をされている方々のネットワークを築きたいと考えています。ぼくの店がある千葉県・松戸市周辺を東葛飾地域 ※ と呼びますが、同地域内やその周辺に所在する本屋、出版社、私設図書館、一箱棚主などが集まって、年に1回程度でもブックフェスタのような本のイベントを開催し、それぞれの存在をPRする機会をつくれないか検討中です。こうした取り組みを通じて、本や本屋をめぐる厳しい環境に少しでも抗っていきたい。それが私の当面の目標というか、ひとつの夢かもしれません。
※松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、鎌ヶ谷市をいう
店主のおすすめ(本に限らず)
1 ひとのなみだ
内田麟太郎・文/nakaban・絵
(童心社)
店には絵本も並べています。最近刊行されたものからひとつご紹介したいのは、内田麟太郎・文、nakaban・絵『ひとのなみだ』(童心社)です。ここでは過去の戦争ではなく<いまの戦争>、すなわちロボットやドローンによる戦争について描かれています。前線ではロボットやドローンが戦うため、私たちは相手を殺戮しているという実感が持てません。ロボットはためらうことなく相手を攻撃しますが、私たちは涙を流すひとなのです。非戦と平和への願いを込めて著者が放つ渾身のメッセージを、ぜひ受け取ってもらえたらと思います。
2 やつやつさんの焼菓子
店内にはカフェスペースがあり、珈琲やビールの他に焼き菓子も販売しています。焼き菓子は同じ建物にあるお菓子工房「やつやつ」さんから仕入れています。現在は主に以下の4種類を置いています。
・黒糖とゲランド塩のそぼろクッキー
・こうじみそとゲランド塩のあまじょっぱクッキー
・ざくざくココナッツ
・チョコチップクッキー
自分でいうのも何ですが、メチャメチャ美味しいので、ぜひ一度ご賞味ください!
3 オリジナルブックカバー
店ではオリジナルブックカバー(牛ヌメ革)も販売しています。大きさは文庫サイズ、新書サイズ、単行本サイズの3種類から、色はキャメル、レッド、チョコの3カラーから選べます。製作は札幌のハンドメイド工房「 J-Leafs Craft」さん。一つひとつがオーダーメイド。手縫いと手回しミシンで丁寧に作ってもらっています。丈夫で長持ちするだけではなく、使い続けることで経年変化を楽しむことができます。毎日使うものだから良いものを選びたいという方、大切な人への贈り物を探しているという方にぜひ!
後記、はじめまして
この日は展示を行う作家さんとそのお友達、小さなお子さんを連れた家族、高校生くらいの男性など幅広い年齢層のお客様が出入りしていました。
住宅街の中にあるこのお店は地域の人にとって間違いなく拠り所になっていると感じました。東葛飾地域でのイベントも楽しみにしつつ、千葉の本屋さんコミュニティーが広がることに私も何か手助けができたらと思っています。