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デザイン思考は「厄介な問題」に挑むすべての人の力になる(太田直樹)

太田直樹「未来はつくるもの、という人に勧めたい本」 第3回
"Designing With and Within Public Organizations"
by André Schaminée 2019年3月出版
行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方
著:アンドレ・シャミネー 訳:白川部君江
ビー・エヌ・エヌ新社 2019年7月発売
”ほとんどの組織では、あることをしようとすると、たった5分で「それは無理だ」と言ってくる人が3人いる。”
”ファシリテーターが、プロセスをあらかじめ決められた結果に導いてくれると期待してはならない。”
”自分たちに与えられた任務は、素晴らしいソリューションを考え出すことだった。だがクライアントは、共創的なプロセスを構築してもらいたいとは考えてもいなかった。”

著者は、行政組織を中心にした3種類の読者を想定しているが、僕は「未来をつくること」に関心があるすべての人に、本書を勧めたい気持ちでいっぱいだ。

その理由は、従来の問題解決手法では対処できない社会課題=「厄介な問題」に挑む知恵が、この本にはつまっているからだ。今日、「厄介な問題」に向き合っているのは行政だけではない。それはSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりを考えれば、すぐに分かる。

本書をとてもユニークなものにしているのは、デザイン思考と組織開発の両方に通じている著者の知識と経験だ。デザイン思考は、厄介な問題に対して、優れたアイデアをもたらす。しかし、アイデアが実行されるのは組織で、組織はなかなか変わらない。組織とデザインが交差するところで、どのような力学が働き、それにどう対応するのか。厄介な問題に挑むときに直面するテーマを、大きく3つのパートに分けて、現場感のあるケーススタディを絶妙なタイミングで挟みながら、著者は解き明かしていく。

厄介な問題とデザイン思考

「ハンマーを持つ人にはあらゆるものが釘に見える」という心理学者マズローの警句を引用しつつ、まず最初に、デザイン思考が効果的な領域について考察する。本書を通して感じるこの一歩引いた書きぶりが、個人的にはとても好きだ。

太田さん『行政とデザイン』内部図版

問題の4象限 (本書 p.26より)

デザイン思考が有効なのは、ズバリ図の4象限の右下「厄介な問題」だ。コンセンサスがなく、知識が不足している領域。本書では、はしかワクチンの例を挙げている。ワクチンの忌避については、単純な構図では語れなくなっている。予防接種に反対する動きは、特に高学歴の保護者の間に広がっており、その背景には、科学に対する疑問、政府への不信などがあり、情報は錯綜している。

どの行政や企業もいくつかの厄介な問題に直面している。そして、そういった問題にこそデザイン思考が力を発揮する。デザイン思考には様々な流派があるが、4つの基本的なフェーズが組み込まれている。

・「理解」フェーズ……課題そのものをどのように明確にしていくか、誰を巻き込めばよいかを理解する。
・「共感」フェーズ……関係者を動機づけるものは何かを検討する。
・「アイディエーション」フェーズ……新しい戦略やアイデアを膨らませる。
・「プロトタイピング」フェーズ……最終的に検証や適用が可能な効率の良い提案に仕立てる。

これらのフェーズを見ると、デザイン思考が厄介な問題に効果的なのがよく分かる。ただ、多くの行政マンやビジネスパーソンが慣れ親しんでいる従来の思考法とはかなり違う。

したがって、全体のプロセスを注意深く進めないと、「付箋紙で埋め尽くされたワークショップで、束の間、現実から離れて創造的になるけれども、現実は全く変わらない」罠に陥ると著者は注意を促している。

「パワー・合理性」対「探索・学習」- 同士討ちは起こり得る

甲:エンドユーザーと話す際、どのような期待があるのですか?
乙:純粋に関心があるのなら、どのような予測も作り出しません。
甲:何が得られるのですか?
乙:すぐに答えはわかりません。そうした問題について考え、解決策を探り実践するのが私たちの仕事です。
甲:実現可能な提案になっていますか?
乙:みんなに意見を聞いてみましょう。

このやりとりは本書の表からの抜粋なのだけれど、いくつか固有名詞や固有の状況を入れると、みなさんの経験の中で、思い当たる場面はないだろうか。パワーや合理性に基づいて考え、行動するひと(甲)とデザイン思考を用いるひと(乙)が出会うと、このような噛み合わないやりとりになる。そして、チームの中では「同士討ち」が起こる。

著者は、あるリーダーの言葉を引用して、こうした緊張関係や同士討ちの可能性を想定して物事を進めるべきだと説く。

”私を驚かせてほしい。ただし、不意をつかないように”

一体どうしたら「不意をつかないように驚かせる」ことができるのだろう。いや、そもそも、そんな矛盾したことをやる意味が、(自分が甲乙のどちら側にいるにせよ)あるのだろうか。そう思って読んでいると、絶妙のタイミングで、アムステルダム郊外地域の自転車用トンネル閉鎖問題についてのケーススタディが挟み込まれる。

当初、プロジェクトチームは「トンネル閉鎖に伴う迂回時間=不便」と問題を捉え、解決案を検討していたが、デザイン思考から予想もしなかったインサイトが得られた。この顛末はとても面白いので、ぜひ読んでいただきたい。デザイン思考は難しそうだけどやってみるか、という気持ちが湧いてくるはずだ。

焦点になってくるのは、連携、もっと言えば「共創的なプロセス」についての理解だ。本書によると、連携には3つの型があり、従来型のやり方では、指揮命令系統に基づく「ディレクション型」や共通の目標を達成するための協力を求める「パートナー型」が用いられるが、デザイン思考には「ファシリテーション型」が有効だ。

ファシリテーション型では、全てのステークホルダーの動機を足がかりに目標を描き、自由な発想で貢献できる空間をつくっていく。キーワードは「参加」「エネルギー」「インスピレーション」「当事者意識」など。これらは、デザイン思考と相性がよい。

ただし、結果に至る道のりが不確実なファシリテーションは、従来の方法に慣れ親しんだリーダーを不安にさせることに留意する必要がある。緊張関係や同士討ちが起こりやすい状況には、丁寧に対応していくことが求められる。

僕は最近、ファシリテーションをやる機会が増えたのだけれど、組織開発の観点からの、こうした考察は新鮮だ。また、自分が苦労した場面を思い出すと、何が緊張関係を生み出していたのか、思い当たることがある。

WIN-WINの追求では見えてこないこと - 越境人材の役割

「パイを大きくする」という言い方を、僕は割と好んで使ってきた。新たな価値を作り出すことで、利害関係者の関係がWIN-WINになり、課題を解決しやすくなる。本書によると、パイを大きくするのは前述のパートナー型で、「厄介な課題」はそうした合理的な考え方の範囲を、時には超える必要があると説く。

ちょっと腹落ちしないなあ、と読み進めながら思っていた。ただ、先ほどとは別の、アムステルダムの高速道路の拡張工事についてのケーススタディを読み進めて、うーんとうなってしまった。「工事による混乱を最小限にする」という利害関係者の利益を最大化(不利益を最小化)するアプローチと、全く異なることが課題解決につながることが分かったからだ。この意外な結末もぜひ本書で味わってほしい。

デザイン思考では、「パイ」という共通の目標ではなく、「フレーム」を重視する。フレームは、最初に説明した4つのフェーズでは、3番目のアイディエーションで使われ、物事の見方を指す。厄介な問題は、様々な関係者が、扱っている事象をどのように見ていて、それを再定義(リフレーミング)できるかが鍵となる。

フレームにはどのようにアプローチするのだろうか。本書は、組織の壁を越えて、様々な関係者と接する「越境人材(バウンダリー・スパナー)」が重要になるという。欧米の行政機関では「ステークホルダーマネージャー」という役割が、越境人材に近いらしい。また、企業ではアップルなど越境人材を組織的に育成しているところもある。日本では、行政や企業で、このような仕組みを持っているところは、まだ限られている。

本書のケースでは、タウンミーティングに「招かれない人」からフレームが見出され、それを再定義することで、問題の突破口が開けた。ただ、同時にプロセスは簡単ではないことも明かされる。本書のちょっとすっきりしない感じが、逆にリアリティがあって良い。

「諦めてしまった変革者」へ - デザイン思考の力

本書の最後には、中山郁英さんによる「日本における、行政組織へのデザイン導入の取り組み」という寄稿が収められている。その中で、神戸市のICT業務改革専門官として、砂川さんが紹介されている。砂川さんは、フィンランドでサービスデザインを学び、神戸市の任期付非常勤職員として採用された人だ。僕は、何度か話す機会があった。

いま、砂川さんは、神戸市の生活保護サービスについて、民間企業と組んでデザイン思考を活用したサービス改革を進めている。ここに至るまで、実に3年の月日が必要だった。

まず1年目。神戸市は、クリエティブディレクターを雇用して、広告物のデザインを工夫するなど進んだ取り組みをしていたが、それでも市役所の中では、誰も「行政サービスとデザイン」や「ICT活用とデザイン」に関心を示さない。砂川さんは、役所の外で仲間を増やしていった。しかし、市役所はなかなか動かない。
2年目には、行政職員向けのワークショップをやったり、「失敗学部」を立ち上げて、デザインの方法論を紹介していった。少しずつ相談が来るようになった。
そして3年目にチャンスが巡ってきた。

自分だったら、3年間頑張れるだろうか。「諦めてしまった砂川さん」が、行政や企業に、たくさんいるのだろうと想像する。

本書の最後、第6章では、デザインの4つのフェーズについて、組織の観点から経験則が語られている。必ずしも構造化されていないし、万能薬でもない。ただ、著者の豊富な経験に基づく知恵が、誇張のないスタイルで語られている本章は、実に味わい深い。個人的に気になった箇所を挙げてみたい。

・「気候変動への対応」は、市民の知識不足の問題なのか?知識はあるのに、行動が変わらないのは何故か?Googleで画像検索すると、およそ自分の日常とは関係ない画像が出てくるのをどう考えるのか?課題の理解と共有にしっかり時間をかけよう。
・エンドユーザーから得られたインサイトは、既存の組織やシステムの価値観に影響を与えているのではないか。例えば、行政における公平性。あるいは企業における品質やコスト管理。コントロールされた衝突テストをやってみよう。
・持続可能な食肉のためにデザインされた「DIYチキン」すなわち自宅でできる養鶏のプロトタイプにおいて、どのようなリスクがあり、どのような失敗を許容すべきか。オランダ議会で5議席を占める動物党が、プロトタイプのニワトリの保護を申し出たことについて、どう考えるか。リスクと不確実性の違いをしっかり考えよう。

これらの知恵は、「砂川さんに続く変革者たち」の道を照らすだろう。簡単な道ではないかもしれないが、デザイン思考の力や可能性をぜひ本書で感じてみてほしい。

執筆者プロフィール:太田直樹 Naoki Ota
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストンコンサルティングでアジアのテクノロジーグループを統括。

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