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【物語】 見えない硝子:送った人
世界でぽつんと取り残された。
『君に伝えたかったことがある。
どんな季節だって、ずっと想っていたよ。
どんな天気だって、どんな環境にいたって
変わらなかったよ。』
ー
ここまで書いてボクは万年筆をおいた。紙を丸めて放り出すこともできずに
ただぼーっと天井を見上げた。
不思議なことに涙が出てきた。すうっと頬を滑った。
「何してるんだろ…」
ふと口をついて出てきた言葉。自分に呆れてしまう。
ろくに思考もまとまらない。なまったように感覚が冴えない。
(一旦、離れよう。)
ボクは立ち上がって一階に降りた。
冷蔵庫を開けて中を物色する。昨日姉が買ってきた炭酸が山のようにある。
「ストレスか。これ一人で飲むのかよ…」
少し姉が恐ろしくなった。
ボクは冷凍庫から棒アイスを一本取るとテレビの前に座った。
リモコンでチャンネルを変えながらアイスを頬張る。
テレビは暗い話題がほとんど。それらをみたくなくてポチポチ変えた。
すると綺麗な湖の映像が流れた。雲一つない青空に澄んだ水がよく映えた。
なんだか切なくなった。
元気にリポートされているけど、僕は逆の感情だった。
ーなんで世界はこんなにきれいなのに、ボクは苦しいんだろ...
切なさが湧き上がってくるので慌ててテレビを消した。
気づいたらアイスが溶けていた。すぐに食べきると棒を捨てる。
だが突っ立ったまま、部屋に戻る気にもなれず室内を見渡した。
無性にどうでもいい景色を目に焼き付けたくて写真を撮り始めた。
無造作に置かれたプリント・出しっぱなしのペットボトル・絡まったコード
揺れるカーテン・洗い終わった食器・棚の上の請求書と置物とアクセサリー
目についたもの全てを撮った。
カメラのシャッターを自分の瞳の代わりにして瞬きをするように、
ひたすら写真を撮った。
しばらくして家中を歩いて疲れたボクは床に寝転がった。
それと同時に母が帰ってきた。車がバックする音が聞こえてドアが開いた。
そして寝転がっていたボクを見てあきれたようにこう言う。
「ただいま~、何してたの?」
ボクは適当に
「...探検?」
と馬鹿な答えを返した。案の定、母は一瞬動きが止まったが
「ふ~ん、ほどほどにね~。」
とスルーした。スルー出来るのがあの人の良いところであるらしい。
姉が前に言っていた。
「お母さんのたまに無頓着と言うか無関心なところ?なんか助かるわ~。」
ってさ。完全に都合がいいとしか思ってない姉。やはり怖いな。
「今日姉は何時帰り?」
ボクがそう聞くと母が少し怒ったように、でもあきれたように
「姉、って言うのやめなさい。あの子、今日は19時じゃない?
塾だし。あ、でも自習室にどれだけいるのか知らないけど。」
と返した。ボクは幼いころから【姉】と呼んでいた。理由は覚えてない。
でも一応、
「はーい。」
と返事をして部屋に戻った。母がいる以上、一階はもはや戦場だ。
落ち着けないし、それに19時までもうそんなに時間がない。
母+姉は手に負えるわけがない。早々に退散するのが得策だ。
〜
部屋に戻ると椅子に座った。
机の上にまだあの書きかけの紙がある。しばらく睨めっこした。
(書くか...?)
だがフォトアプリを開いてさっき撮りためた写真を眺めた。
ここから得られるものがあるはずだ。文を書くためのヒントが。
(君に伝えたいことがあるんだ。)
画面をスライドして今度は写真と睨めっこ。
見える景色、感じたことをつなぎ合わせて文にする。
一つ一つ補い合いながら一文をつくる。このサイクルを繰り返す。
気づけば万年筆片手にカリカリ机に向かっていた。
ー
『真っ青で純粋な運命を君は信じるのかな、
ってごめん、変なこときいたね。
でも、その運命で出会った輝きに君は意味をくれたよね。
水滴が零れ落ちるのと同じように、現実では一瞬の出来事だったけど
その一瞬が長く感じられるくらいその笑顔は綺麗だった。
そんなに言葉の引き出しがないから上手く伝わるかわからないけど、
もしかしたら幾重にも重なった同じようなありきたりな言葉かもしれない
でも君に
知っててほしいことがあるんだ。
ぼくにとって君は、一番守りたい幻想でした。
手元に何もなくて、求められてばっかりだった、限界だった時に
一つの贈り物をくれたこと、今でも鮮明に覚えているよ。
でもそれからすぐ、頭を殴られたように驚いたんだ。
こんな秘密を最後に用意していたなんてね。
気づいた時、不思議と怒りは湧いてこなかった。
なぜだか切なくて、手放したくなくなったんだ。
ただ、それだけでした。
ぼくに初めて守りたいものをくれてありがとう。
初めての感情をくれてありがとう。
君に一番輝いていた景色を見せてもらったこと、嬉しかったよ。
本当にありがとう。
最後に愛を君に…
ズルくて、でも不器用で鮮やかな感情をもっている、
とても綺麗な硝子玉へ。』
ー
万年筆をおいた。
(少し長くなったな。)
結局のところ感情論だ。
洒落た言葉と素直な感情を涙ででも中和しようが変わらない現実。
だがこれで少しはボクも開放されるだろうか。
決意も記憶もそれらしい思い出も一緒に同封しておこうかとも思った。
でもそれだとボクが大人げないから。
つまるところボクの負けだ。
この手紙は講和にでもなるのだろう。
(君には負けっぱなしだったね…)
ボクはまた天井を見上げた。
「ふぅ…」
唇を噛んだ。また泣くわけにはいかない。
もう終わったんだ。
(何も悲しくないだろ?)
自分に言い聞かせた。
下の階で音がした。姉が帰ってきたのが騒がしい。
ボクは封筒に便箋を入れると封をした。これで最後。
これが君に届く時、ボクが抱いていたものが全部バレてしまう。
でも、それでいい。ボクはそれを選んだ。
ふと目を瞑った後
ボクは決意をもって封筒にバツ印を書いた。
カーテンが揺れていた。
お読みいただけで嬉しいです。
バイバイ