アンストッパブルな剛腕が全てを解決する『無双の鉄拳』
おらが住む村は、いわゆる「真夏のマ・ドンソク祭り」が数か月遅れでやってきた、誰の目にも明らかな限界集落だ。主演作が立て続けに2本公開されるという空前絶後の夏祭りが、残暑の熱さと共に遅刻して現れる。なんと不幸なことだろう。どんなにこの映画を薦めても各地で上映が終了しているし、地元ですら一週間限定公開。
なぜこのような仕打ちをなさるのか、おお神よ、あなたの慈悲とはその程度なのか。福利厚生の手厚さが、マ・ドンソクの上腕二頭筋よりも劣っている。もはやこの世で信じられるのはマ・ドンソクの筋肉と、愛らしい困り顔だけなのである。
さて、韓国初登場1位を飾ったという本作、あらすじは究極的にシンプル。まさしく「マ・ドンソクが全てをなぎ倒す」という、観客が求めるものだけで構成された純度100%のアイドルムービーである。
韓国の闇社会を牛耳るヤクザのギテは、美しい女性を誘拐しては国内外の顧客へと売り渡す人身売買ビジネスの帝王。今日も今日とて債務者に残忍な取り立てを迫り、その娘をさらって帰る途中、部下が運転を誤り前に止まっていた車に追突してしまう。
こちらは若い女を誘拐した手前、焦った部下は金でその場を収めようとするが、前の車両から降りてきたのは大柄だが気の弱そうな男。その代り、謝罪を迫ってきた男の妻が、中々の美人。ギテは形だけの謝罪を済ませた後日、その女をつけ回し、誘拐してしまう。しかし、彼らが致命的なミスを犯した。さらった女の夫は、なにしろマ・ドンソクその人だからである。
現実と映画の内容が混在してしまっているが、それも仕方あるまい。今回ドンソクが演じるドンチョルは、彼のバブリックイメージに忠実な「柔和かつ剛健」を地で行くキャラクターであるからだ。お人好しで心優しいドンチョルは市場に魚を卸すことを生業とし、借金を抱えながらも愛する妻ジスと慎ましやかに暮らしていた。そんなドンチョル、妻に贅沢な暮らしをさせたいと思うばかり怪しげな投資話に乗ってしまい、あろうことかジスの誕生日ディナーを台無しにしてしまう。高級レストランを予約し、プレゼントとケーキを用意する愛妻家でありつつ、人を疑うことを知らない純粋無垢さが妻を傷つけてしまう。悲嘆に暮れるその顔だけで、ファンは卒倒モノだ。
やることなすこと空回りで、妻に怒られタジタジのドンソクは問答無用でチャーミングだが、もちろんこれは後の”覚醒”のための助走に過ぎない。無論、愛妻家のマ・ドンソクと言えば自ずと『新感染』を彷彿とさせ、ガッツポーズを挙げる諸氏も多いだろう。この組み合わせは本国でも鉄板なのだろうか。
あろうことかそんなドンチョルの妻ジスがさらわれるわけで、彼も”雄牛”としての本能を呼び覚ましていく。本作のいいところは、あらゆる難題を暴力で解決するため、展開がスピーディでストレスがない点にある。そこらに湧いて出るヤクザを丸太のごとき剛腕で投げ飛ばせば、ロッカーはひしゃげ机が割れる。一度発動したドンチョルの暴力はまるで暴走列車のように、誰にも止められない。鈍い打撃音をBGMにズンズン前に進み、ヤクザの束が一瞬で屍と化す。一方通行の建物内を舞台としたアクションは、さながらゲーム『ファイナルファイト』のようで、竜巻の如き強さを発揮するドンソクの姿を眺めるだけで、鑑賞料金以上の満足が得られるだろう。
そうしたアクションシーンも工夫がこらされており、いわゆる”中ボス格”としてスピードタイプの脚術使いヤクザや、ドンソク以上の巨体を有するパワータイプのヤクザも参戦。トドメが一辺倒にならないよう、バラエティ豊かな対戦カードを用意してくれているあたり、福利厚生がしっかりしている。特に、この巨体ヤクザとの闘いでは、巨体VS巨体を活かしたアッと驚くトドメ技が用意されており、劇場内が歓声に包まれるほどの名勝負が繰り広げられる。ぜひ大スクリーンで、その迫力を体感してほしい。
暴走特急ドンチョルの恨みを買うこととなるヤクザのギテを演じるのは、『アジョシ』でも憎たらしいキャラクターを好演していたキム・ソンオ。美しい女をさらい、その女の夫や家族に対価として金を払うことで欲を満たすというこじれた思想の持ち主を、清々しいほどの外道フェイスで難なく演じきっている。本作に横たわるのは「人身売買」という重たい社会問題であり、そうした残忍な手口で私腹を肥やす悪党どもを、絶対的なヒーロー=ドンソクが打ち倒す瞬間にカタルシスが生じる構造を本作は有している。
そうしたシリアスな背景を持ちながらも、本作はコミカルで笑えるエンターテイメント作品であることも忘れてはならない。韓国映画ではおなじみのゴア描写はかなり抑えられており、人体欠損や拷問描写がないため「ドンソクは観たいが痛いのはイヤだ」という方にもオススメしやすい。また、ドンチョルと共に事件の真相を追うことになる弟分のチュンシクと興信所の社長コムがコメディリリーフを務め、そのおとぼけたキャラクターが重たい雰囲気を中和する清涼剤として、劇場内の笑いをかっさらっていく。
エクストリームに強いドンソクと、小物すぎるキャラクターが笑いを誘い、時に大きな成果を果たすチュンシクとコムの名コンビ。この三バカトリオ珍道中は、アクションシーンと肩を並べるもう一つの白眉であると断言できよう。予告編やポスターなどからは想定できなかった、「いい意味で」思っていたのと違う最高のサプライズ。場内で引っ切り無しに起こる笑い声が、それを物語っていた。
かわいくて強い=最高を地で行く、マ・ドンソクを愛でるアイドルムービーの新たな傑作。愛ゆえに発動する暴力が悪を裁き、その豪快さが観客の溜飲を下げる。嫌悪感を促すような残酷描写もなく、マ・ドンソク入門としても申し分ない出来栄えで、思わず頬が緩んでしまう快作だ。
ちなみに、本作の英題はなんと『UNSTOPPABLE』とのことで、本作を観れば誰もが納得するに違いない。
真夏のマ・ドンソク祭り 第2弾はコレだ!!
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