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読書感想文「『宇宙戦艦ヤマト』をつくった男 西崎義展の狂気」

 先日、こちらの本を読んでからずっと気になっていた“『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーにして著作者”の西﨑義展氏について調べていたところ、うってつけの一冊があったので、迷わず購入し、先程読破した。当人の波乱万丈な人生にはエピソードが多く、それに伴っての分厚い文庫だった。

 本作は「狂気」という強い言葉を掲げており、確かにそれに違わぬ強烈なエピソードが頻出するが、何もそれは西﨑氏を貶める意図ではない、ということが伝わった。先に読んだ「『宇宙戦艦ヤマト』の真実――いかに誕生し、進化したか」もそうであったように、誰もが西﨑氏の傍若無人な振る舞いに困り果て、怒りを覚える一方で、彼なしでは『ヤマト』は成立せず、どころか日本アニメという文化そのものの立ち位置も今とは変わっていたことを、誰もが認めているからだ。

 というのも、西﨑氏の功績とは「独立プロデューサー」たる者の在り方を証明し、特大なる実績を残したことにあるからだろう。西﨑氏は強固な「作品史上主義」を徹底し、作品のクオリティアップのためなら時間と金を費やし、他者に任せず常に監修の目を光らせた。会議に次ぐ会議でスタッフは深夜まで作業に追われ、元々音楽プロデューサーをしていた彼を外様として疎ましく思うアニメ制作者も大勢いたはずだが、当人の熱量がそれを上回り、周りがどんどん動き出してゆく。その熱を生み出したのは、西﨑義展という男の異常なバイタリティと、世間の「受け」を見抜く審美眼に他ならない。

 かくして、『宇宙戦艦ヤマト』は初回放送こそ視聴率は振るわなかったものの、当時としては規格外の作り込みに惹かれたファンが各地でファンクラブを結成し、西﨑氏はなんと劇場版『宇宙戦艦ヤマト』の宣伝大使として彼らを取り込む作戦に打って出た。あの氷川竜介氏も当時は「ヤマト・アソシエイション」なるファンクラブの会長を務めており、彼が西﨑氏と出会った際の思い出も本書に収められている。ヤマトを愛する青少年をホテルに集め、お茶やケーキを振る舞い、ポスターを渡して宣伝活動を頼んで回った西﨑氏は、彼らファンクラブと同じ目線で『ヤマト』を俯瞰することのできる人間でもあった。

 かくして、ポスターと入場者プレゼントを用いた宣伝が功を奏し、劇場版『ヤマト』は周囲の予想を超える大ヒットを記録。パンフレットやグッズの出荷が間に合わず、大忙しの日々を送った関係者の証言は、どうしようもなく熱を帯びている。ヒットすれば大儲け、失敗すれば一発で破産という究極の大博打は、まさかの大成功を見せた。その記録を次の劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト』が塗り替えたことで、西﨑氏は名プロデューサー、時代の寵児として崇められていく。

 そうした輝かしい成功の裏で何が起こっていたのかを、本著は大勢の関係者の証言と共にまとめている。西﨑氏の浪費癖は凄まじく、二桁を超える愛人を侍らせていた話や、削った制作費をあっという間に銀座の高級店で使い切るなど、かなり派手な人物であったことが伺える。その一方で、100円のライターを値切ろうとした、なんてエピソードは笑いを誘うが、事はどんどん大きくなっていく。

 会社の倒産に脱税、銃刀法違反に覚醒剤。深夜まで会議をしたり、飲みに行ったりと豪快なエピソードだらけだったので、覚醒剤所持が見つかった際などはなるほど納得したものだが、彼の没落によって被害を被った者は大勢いるだろう。彼に怒鳴られて自律神経失調症になったスタッフがいるというし、不渡りを出した会社がいくつも潰れ、その負債を他人に押し付けるようにして去っていた氏の頭の回り方には脱帽だが、被害者側からすればたまったものではない。

 多くの関係者の怒りを買い、女性周りを含め、西﨑氏に人生を変えられたという者は数え切れないほどいるだろう。『ヤマト』を空前の大ヒットに導き、富も名声も手に入れたものの、続く新作は当たらず「一発屋」のレッテルを跳ね返せない。会社を新しく作っては事業を変え国外作品の買付などに手を出すも、大きな成果は得られない。その内、かつて不義理をしたツケが回ってきて、それが一気に起爆する。

 その顛末は私なんかよりも『ヤマト』とは長い付き合いの皆様の方がご存知だと思うので、ここでは語らない。何にせよ、西﨑氏は一世一代の大博打で『ヤマト』を高く遠い宇宙へ飛ばし、その成功は鮮烈なものであった。どうしても金遣いやスキャンダルに目が行きがちなのだが、本著で強調されるのは氏の『ヤマト』愛の強さだ。

 ヤマトという後ろ盾を利用した自身の売り込みやプレゼンテーションがあったにせよ、それを許されるほどのリスクを当人が背負い、アニメ完成まで導いた実績は称賛されるべきものであるし、晩年は獄中から『復活篇』の制作を指揮するという形で、期待したヒットこそしなかったものの、それでも完成させたということの偉大さは言うまでもなく、ファンの高齢化などの流れを読んで「ディレクターズカット版をつくる」と言ってのけた胆力は、驚くほかない。また、自身の倉庫に『ヤマト』の制作資料を保管し、自分の死後の行方をしっかり言付けているなど、自身の作品への愛着はかなり強いということが伺える。

 本著を読み進めていて、嬉しかったことに、一番知りたかった情報に巡り会えた。『さらば』のラストシーンにまつわる記述があり、映画のラストの特攻は“最終的には全権プロデューサーである西崎が押し切った”ということが書かれていた。

 一方の松本零士は、そのまま引用させていただくと“たとえ負け戦でも生き残る意志、再建への闘いを描くべきであると主張した”とある。『さらば』と『2』の意向の違いが誰のものであるか、ようやく整理された。

 私個人の受け止め方として、戦中戦後を経験したわけでもない身の上、『さらば』を特攻美化と揶揄する物言いには、肯定か否定を定めるだけの強固な立ち位置を示しきれなかった。だからこそ、このラストを選んだ理由がどうしても知りたかった。結果、本著の記述を正とするのであれば、『ヤマト』との個人的な決別と「受け」を狙った西﨑氏と、戦後の復興に尽力すべきとの松本氏の対立の結果が、あの二本のアニメ作品へ繋がった、ということなのだろう。それを思うと、『2』以降も『ヤマト』が続くことにも、それなりの意義がある。

 とはいえ、ここからは先輩各位には多いに笑っていただきたいことなのだが、私は現時点で『新たなる旅立ち』までを観た状態で本著を読んでいると、我が目を疑うことが書いてあった。1983年公開の劇場版『完結編』にて、沖田十三が実は死んでいなかったことにされ、再び艦長として登場するという。な、なんてこった……。あの名シーン「地球か……何もかも、皆懐かしい……」に74年版と『2199』で計2回泣かされた身としては、なぜ、という想いを隠せない。

 西﨑氏渾身の『復活篇』も含め、観られる映像作品は可能な限り履修するつもりだったのだけれど、観る前から『完結編』のことが怖くて仕方がなくなっている。これは流石に一言物申さずにはいられないのだが、肝心の西﨑氏はすでに旅立っている。稀代の大物プロデューサーは、考えることがやはり一味違う。その功績に一人の新参ファンとして感謝しつつ、「なぜだ……」の想いは今後も尽きないだろう。それも含めて、『ヤマト』漬けの生活は、まだまだ続きそうだ。

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