映画『BAD CITY』は小沢仁志版マーヴェリックだった。
『グラン・トリノ』を観た時、「あぁ、これがイーストウッドの遺作になるかもしれないな」としみじみ涙を流したが、当の本人は年一本のペースで新作を監督したり、たまに主演をやったりしている。スタローンは、『ロッキー』だけではなく、『ランボー』まで蘇らせた。映画人というのは、年齢によって創作意欲が減退する生き物ではないらしい。
そんな気風に当てられたかは定かではないが、日本にも加齢を言い訳にしない漢のアクション映画が公開を控えている。小沢仁志オリジナル脚本・製作総指揮・主演による「還暦記念作品」にして、監督はなんと園村健介。もうこれは大変なことになるぞ……と腕まくりして先行上映にいざ向かったのだが、本当に大変なことになっていました。
ポスターや予告編を観ていただければ、このいぶし銀の世界観が瞬時に頭に入ってくると思う。ヤクザと韓国マフィアの闘争、甘い汁を吸う悪徳政治家の陰謀、アウトローな暴力刑事。筋書きは異常なほどにシンプルで迷いがなく、飛び道具もない素直な話運びゆえに豪華キャストの重厚な演技が際立つ。なんと言っても任侠モノの長寿シリーズ『日本統一』の主演を務める山口祥行と本宮泰風がそれぞれ敵対陣営に属し、こわもて顔を一切崩さずバチバチに睨みを効かせあっている絵面がたまらない。
その他、三元雅芸と坂口拓(TAK∴)といった園村組常連キャストも名を連ね、前監督作『HYDRA』を彷彿とさせる高速密接アクション(正式名称を知らない)が楽しめる。公安0課の紅一点である野原を演じる坂ノ上茜は、『ウルトラマンX』のアスナ役として特撮ファンの間でも記憶に残っていると思うが、そんな彼女も「ノースタント」を掲げる本作の洗礼を受け、顔を蹴られ吹き飛ばされとかなりハードな目に合うが、彼女自身の素早い身のこなしから発される組み手技は男共にも引けをとっていなかったし、映画冒頭から終盤にかけての表情の変化にも着目していただきたい。
今さり気なく言及したが、本作は「ノースタント」「ノーCG」を掲げており、撮影は2021年11月の寒空の下ということも相まって、かなりハードな現場であったことがパンフレットのインタビューなどから伺える。セーフティもコンプライアンスもない、と堂々と舞台挨拶の場で言い切った兄ィの言葉を信じるのなら、「当たったように見えた」アクションの多くは「当たっていた」可能性がある。それほどまでに血走った役者陣の本気が迸るフィルムは、演者の安全面を考慮する上では「NG」な一本になるのかもしれない。だが、そんなハードな現場を耐えながらも一本のフィルムのために役者とキャストが、そして福岡県中間市の皆さんが集い協力しあえたのは、ひとえに兄ィの人徳あってのものと言えるだろう。この構図は、「トム兄ィのために」とゲロ吐きながら若手が奮闘した『トップガン マーヴェリック』とほぼ一緒と言っていい。
若手に苦労かけた以上、座長が帯を締めねば示しがつかない。本作で最も驚かされるのは、やはり小沢仁志その人のメンタリティだ。
「還暦記念作品」にしてアクション監督が園村健介。この座組は、園村監督の過去作を知る人ほどに不安に思ってしまうのも致し方ないだろう。ハイスピードでコンバットな近接格闘を伴う氏の作るアクションは、素人目に見てもかなりの体力と反射神経、動きの理解が要求されるのだとわかる。その要求スペックに対し「還暦」の二文字がどうしても待ったをかける。大丈夫なのだろうか、腰の引けたアクションになっていないかと、鑑賞前には期待と不安が表裏一体であったことをここに告白しておきたい。
で、今このおれは土下座の姿勢でキーボードを叩いている。ナメててスミマセンでしたァ兄ィ!!!!指だけは勘弁してください!!!!!!
どういうことかというと、「還暦の小沢仁志が園村健介アクションをマジでやっている」ということなのだ。ご丁寧に三元雅芸VS坂口拓という「お通し」を見せてくれた後に、小沢仁志VS坂口拓というドリームマッチが実現するのである。ナイフを高速で連続して刺すお得意のスタイルの出で立ちの坂口拓、つまり「本気モード」の彼と全く同じスピードで彼の攻撃をいなし、密着スレスレの状態で攻防をする還暦の小沢仁志。もうこればっかりは「観てくれ」としか言えないのだが、ちょうどいい動画を坂口拓本人が上げてくださっていたので、これを小沢仁志がやっていると思ってください。
それだけに収まらず、クライマックスでは山口祥行御大があの「ジョン・ウィック持ち」を披露し、これまた近接戦闘を小沢仁志と組み合っていて、ここはもうマジで凄いし、このシークエンスでは「小沢仁志が轟洋介とまったく同じアクションをする」という驚天動地のシーンまである。村山と組み合った轟がわざと地面を滑るようにして体制を入れ替えるアレを、還暦の小沢仁志がやっている!!!!!!!!もうマジでびっくりして声が出てしまい、隣の観客(この映画を観に来る人はなぜだかみんな、こわもてで声が低い)に睨まれてしまったが、これも兄ィと山口さんのアクションが凄かったからに過ぎない。おれが悪いんじゃなくて兄ィと山口さんが凄いから悪い。平均年齢55歳のクライマックスバトルが、ボンクラオタク青年の心に火を点けてしまったのだから、これは映画が悪いのだ。
人間、身体の老いは避けられないが、心まで老いるものではないらしい。これは、かつて好きだったアクションゲームの最新作が特盛すぎて食べられなくなった、などとほざいていた自分にはとくに刺さる映画だった。
小沢仁志に限界はない。そんなことを思わせる作風にして、兄ィの還暦を祝うため豪華キャストが集い、若手が苦労して、不可能に思われていたことを成し遂げ観客の度肝を抜く。そういうところがトム・クルーズの愛され感に通じるものがあったし、小沢仁志の現役宣言としてもやはり本作には『トップガン マーヴェリック』のエッセンスを感じずにはいられない。撮影時期を考慮すれば偶然でしかないが、それにしたって兄ィが愛されすぎているからこそ中間市という街でさえも映画作りに協力する、という偉業が、何よりグッと「トム感」増している気がしてならない。
映画『BAD CITY』は、現在福岡で先行上映中、全国へは2023年1月20日公開予定とのことらしい。園村健介が好きなら、『日本統一』が好きなら、そして小沢仁志が好きなら、観て損はないはずだ。みんなも一緒に、劇場で兄ィの還暦を祝おうじゃないか。