『PSYCHO-PASS 3』感想と予想。ビフロストって何なのさ。
年末年始の楽しみにとっておいた待望のシーズン3、ようやく完走しました。2019年は三部作の中編劇場版とこのシーズン3が公開され、作品世界が大きく拡張し変化した一年でしたね。
とりわけこのシーズン3は始まりから衝撃的で。主人公は新人の監視官2人、公安局刑事課一係には1期のオリジナルメンバーが全員不在、常守朱の拘留…。狡噛の帰国に至る経緯を描いた『恩讐の彼方に__』から続く物語は、公安局と外務省が共通の闇を暴くために、時に協力して活躍するというプロットが用意されました。そんな全く新しい『PSYCHO-PASS 3』を観ての今後の予想と感想をネタバレ込みで書いていきます。
そもそも完結していない件
本作は地上波だと1時間枠、CM等を除いても1話につき46分の尺が与えられ、それが全8話。通常のテレビアニメ2本分の尺×8話なので他作品と比べても多い16話分の尺、1クールと少し足した分の時間が与えられていました。にもかかわらず、最終8話まで観ても全ての謎は明かされず、様々な布石を残しながら劇場版の告知が流れ放送は終了。その劇場版も完全新作ではなく特別編集版とアナウンスされており、引き伸ばしたものを劇場へ先送りされた印象を受けるのも致し方がないものでした。
とくに消化不良な印象を抱きやすいのは、劇場版を除いたシーズン3の内容が一つの作品として閉じたものになっていないから。「劇場版へ続く!」自体は昔からよくあることで、作品が人々から愛されている以上、新たな物語が大スクリーンでスケールアップして楽しめるのだから、ファンは喜ぶべきだ。だが今回は、全8話で完結せずその総括を劇場版へ丸投げしている(と受け取られている)以上、批判される余地があるということ。8週間も固唾を飲んで見守ってきた視聴者からすれば、梯子を外されたも同然のこの作りに、大なり小なりガッカリした方も多いと思います。
「開国」の不可解さ
ここからはシーズン3の内容へ踏み込んでいきます。シーズン3の舞台は2120年、驚くことに日本政府はこれまでの鎖国政策を緩和し、移民を受け入れていることが冒頭から明らかになります。公式サイト掲載の年表にもある通り、作品世界は一度経済的な破綻を経験しており、貧困と内紛といった社会問題が発生。そんな中日本は食料の自給自足を確立させた後に鎖国政策を推し進め、経済の安定のために「職業適性考査」の導入を決定。その後日本はサイマティックスキャン技術を応用した「包括的生涯福祉支援システム」としてのシビュラシステムを稼働させ、人々の職業選択から健康、政治といった社会を構成するあらゆるものを管理する仕組みとしてそれを用いて、世界恐慌の中でも安定・自立した国家を維持することに成功しました。
そんな日本が、鎖国政策を廃止し移民を取り入れる理由は何なのか。労働人口の確保か、他国からの援助狙いか、あるいは慈悲と世界平和のためか…。もちろんその意思決定には、シビュラが一枚噛んでいるとみるのが当然で、そこに何かしらのメリットがなければ、わざわざ鎖国までして手に入れた現状の安定に水を差すようなことはしないはず(事実、入国者=外国人への差別的感情を見せる一般の人が描かれたり、入国者が起こした犯罪も多いという説明もなされていた)。
ここで思い出されるのが、劇場版第1作におけるSEAUn(シーアン)国のこと。初のシビュラシステムの海外輸出先として選ばれたシーアンは内戦が続く国で、内部では軍閥が覇権をかけて争う紛争地域であり、その解決策としてシビュラ導入を決定し、シビュラ自身も初の海外での運用実施のモデルケースとしてそれを承認し、導入が決まります。やがてシビュラは不正によりサイマティックスキャンを受けなかった軍部の腐敗した連中を排除し「議長」の座を手に入れることで、国民に気づかれることなくひとつの国を管理下に置くことに成功しました。
シーアンの事例と同様に、開国に伴う移民の受け入れにシビュラの思惑が隠されている可能性が高い。例えば、今後の海外展開を想定したモデルケースとして国内に入国者=外国人だけの自治区を造り出し、疑似的な国家としてその自治区を統治すること。あるいは、入国者の中に潜む免罪体質者を取り込むことでシビュラ自身が思考の拡大を望んでいる…など。シビュラが日本のみならず全ての人間社会全体を支配下に置くための段階としての「シーアン」、そして今回の「開国」政策があるとすればこんなに恐ろしいことはありません。3期劇場版のラスト、シビュラの代行者として現れた細呂木に銃口を向けるのは一体誰なのでしょうか。
結局のところ「ビフロスト」って何なのさ
AI・ラウンドロビンを中心に、頭脳を司るコングレスマンと、その命を受けて行動するインスペクターと「狐」からなる犯罪組織ビフロスト。コングレスマンはマネーゲームの要領で世界を裏から動かし、その手足となるインスペクターもまたコングレスマンの座を目指して日々暗躍する。その最下層の実行犯にあたる狐は、全体像を把握してない=自分が何をやっているかわからないまま動いているため、結果として色相が濁らない。シビュラの目をかいくぐる仕組みを構築したアンチ=シビュラとしての共同体。しかししてその実態や目的は謎に包まれたまま、物語ではなぜか中間層にあたるインスペクターの梓澤の存在が大きく描かれ、劇場版のサブタイトルになるほどに焦点が当てられています。
結局のところ「ビフロスト」とは何だったのか。そんなことをぼんやり考えながら、ふと「閲覧履歴からのおすすめ」に挙がってきた別所隆弘 / Takahiro Bessho さんのこちらの投稿を読んで目が覚めました。もうこれだけ読んでもらえればいいレベルで素晴らしい内容なのですが、引用させていただくとするならビフロストはシビュラの「鏡写し」の存在なんですよね。
終盤、梓澤は灼が免罪体質者であることに重ねて「ビフロストに等しい存在」と評しました。つまり、ビフロストは犯罪を思考する者と手を下す実行犯を分けることで実現した、疑似的な免罪体質者を生み出すことに成功した集団といえます。シビュラの統治が現実のものとなった今、莫大な経済力とそれを動かす力を保有し、その実行に至るまでをインスペクター→狐という二層に分けることで罪の現実感から逃れる=色相を保つことのできる犯罪者こそがコングレスマン。とすれば、シビュラの手元には色相の曇りにくい朱や免罪体質者の灼が監視官として、その手足=ドミネーターによる執行を託された犯罪係数の高い人間=執行官がいる。シビュラとビフロスト(意思決定を行うラウンドロビン?)はとても近しい構造を持っている。この指摘には唸らされました。
とすれば、ビフロストの目的は何なのでしょうか。それはやはり、シビュラに取って代わる新しい統治システムになることでしょうか。以前、犯罪係数が増加し施設送りになった執行官の描写がありました。これをビフロストにおける執行官にあたる狐と比較した際、どちらがより人道的でしょうか。己の罪の意識に囚われたり、犯罪者の思考に染まることなく、色相の濁りにくい狐のシステムを有するビフロストの方が、人権という観念上「より正しい」という見方ができるかもしれません。
しかし、現シビュラ統治の社会システムを転覆させるには、甚大なる労力が必要となります。すでに導入されたインフラを入れ替えるのは、容易なことではありません。そこで思い出されるのが、シーズン2に登場した「パノプティコン」というシステム。
イギリスの功利主義哲学者ジェレミー・ベンサムが考案した監獄の構造の一種である「パノプティコン」とは、円形の囚人監房とそれを監視する塔を要する建築プランによって果たされる、「監視する者」と「監視される者」の非対称性からなる監視体系のこと。『PSYCHO-PASS 2』においては、経済省がシビュラシステムに代わるシステムとして発案、導入が検討されるも、試験段階にて不具合が発生し、航空事故や交通事故が例年の数十倍にも跳ね上がり多大な犠牲者と経済損失を出したことで、導入が見送られました。その際の不具合についてはシビュラ側の工作であるとする陰謀説も唱えられたとあるが、真相は未だ闇の中。
この事例から学ぶとすれば、シビュラを転覆させられるだけの「スキャンダル」さえあればいい、という答えが導き出せないでしょうか。そしてビフロストは「入国者」に目を付けた。シビュラが開国を決め、多数の移民が流れ込む今、開国が誤りであったと国民感情を扇動することができれば、シビュラへの不信感を国民に根付かせることも可能でしょう。
そのための準備は着々と進んでいたように思えます。人々の認知負荷を取り除く話法を持つ代理人格AIマカリナ、日本が入国者に行わせていた犯罪を暴露させる終末救済プラン。移民を開放すること、移民感情を爆発させ混乱に陥れることを、裏から画策しているのがビフロストであるとすれば、他国民排斥による内戦や政治不安が予想されます。その混乱に乗じて、シビュラに成り代わりこの国を統治することを目論んでいたとすれば…。
まとめ
全8話、常に思考を促されながら観るアニメも大変いいものでした。キャラクターの立ち位置の変化、とくに霜月課長はいいところで丸い性格になっていたりして、それだけでもこみ上げるものがあります。また、六合塚弥生が社会復帰を成し遂げていたり、最終回では志恩さんにも色相回復の傾向があることが明かされました。おそらく、シビュラ内でも何らかの変化が生まれ、潜在犯や犯罪係数の考え方にも変革が生まれ始めているのかもしれません。長い付き合いのシリーズになることでしょう。
ここまで挙げてきた予想が当たるか否か、2020年春を待つことにします。どうか、弥生さんが死んでいませんように。
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