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『密輸1970』潜れるヤツだけが掴める黄金。

 そういえば私、『あまちゃん』観たことないんです。いつか観よう、今年こそ観ようとズルズルやってたら、もう5〜6年とか経ってる。NHKの朝ドラ、一本くらい完走してみたいものですが、さて果たして。

 そんな負い目を抱きつつ、観てきました、『あまちゃん』を。まぁ正確には『あまちゃん』に密輸王とチンピラと税関とサメを足した、『アウトレイジ』みたいに悪いヤツしか出てこない版なのですが。

 バイオレンスと娯楽性では抜きん出た面白さを連発する韓国映画界より、また新たな傑作が日本上陸。そう、もうハッキリと「傑作」と呼んで差し支えないだろう、くらいに今、この映画に惚れています。監督は、『モガディシュ/脱出までの14日間』のリュ・スンワン。

 舞台は1970年代半ば、韓国の港町クンチョンでは、海産物を採って生活する海女のグループがいるが、近くに出来た化学工場による汚染は海を汚し、魚や貝を死滅させている。これでは路頭に迷うと悩んだ挙げ句、地元の海女のリーダーであるジンスクは自分と仲間の生活を守るため、海底から密輸品を引き上げる仕事を請け負うことに。報酬もはずみ、彼女たちは次々と仕事を受けていくが、税関の船に見つかり、ジンスクらは刑務所送りとなってしまう。

 それから二年後。税関の介入から逃げ延びた海女の一人チュンジャがソウルからクンチョンへ戻ってきた。密輸ビジネスである程度名の知れた存在となったチュンジャは、密輸王クォン軍曹に目をつけられ命の危機に瀕するも、逆に新たなビジネスの地としてクンチョンを提案。その足がかりとして、チュンジャはかつての仲間たちに接触していく。

 あの日税関が来たのは、密告があったからでは?そう考えていたジンスクは、チュンジャを信用することが出来ない。しかし、お金が必要となる境遇が重なり、再び密輸ビジネスに手を染めることを決心する。そこに、今のクンチョンを取り仕切っているチンピラのドリ、税関のベテラン職員ジャンチュンの思惑が交差し、事態は思いも寄らない方向へ転がっていく。

 冒頭から幾度となく流れる、韓国のヒット歌謡曲らしき曲たちが、どこか牧歌的でのんびりとした雰囲気を形成する。しかし、この映画は常にギラギラとした、野心や荒々しさのようなものに満ちている。どこか懐かしの東映映画の風格さえ漂う本作は、優れた娯楽作をどんどん排出している韓国映画界の中でも、かなり上位の面白さに食い込む作品なのではないだろうか。

 映画の進行はハイスピードかつテンポ重視の作りで、一切の隙もない仕上がりに。登場人物たちは皆パワフルで押しが強く、時折挟まれるバイオレンス描写は容赦がないのに、全体の語り口が軽妙で陰惨さを感じさせない。基本的にはコミカルなタッチの群像劇でありつつ、貧困というハードな側面が彼女たちから逃げ場を奪っていく寄辺無さもしっかり描き、その上でラストはシスターフッドとして過剰なくらいに盛り上げる。面白さの爆発度合いでは、現状今年トップの一本だ。

 真面目な性格ゆえに二度と違法な仕事には手を出さないと誓ったジンスクだったが、止むに止まれぬ事情ゆえに、チュンジャの新たな密輸ビジネスに加担していく。チュンジャも、自分がさらに成り上がるために、密輸王クォンに取り入ろうとする。ところが、事態はよりきな臭いことになっていく。

 二年前の密告犯は誰なのか。そして、今の彼女たちの「敵」とは誰なのか。潜って荷物を引き上げるだけのお仕事が、思いもよらぬ復讐劇の幕開けになるなんて、映画が始まる頃には予想すらできない景色だった。

※以下、本作のネタバレが含まれる。

 自分がビジネスの中心になれないと焦るドリと、彼と裏で繋がっていたジャンチュン。二年前から続く悪運は、全てコイツらの仕業だった。

 その真実を知った海女チームの復讐が始まる。二人の仲間割れを誘い、真実を白日の元に晒して、全てを洗いざらいぶち撒けさせる。ところが、男は猟銃を持ち出して、海女たちを恐怖で支配する。

 本作において、男はあまり役に立つことはない。船の上では荷物の引き上げくらいしか出番がないし、密輸王クォンは安全な部屋で指示を出して待つだけで、ドリはくだらぬ男のプライドとやらでクォンを襲撃する。善人だと思っていた税関職員ジャンチュンは、その実女の顔を踏みつけるような下郎で、許しがたい悪党である。

 それに対し本作は、女性たちの反逆を知性ある行いとして一貫して描こうとしている。相手が銃を持ち出すのなら、より大きな銃を持ち出せばいい、ということではなく、騙されたのなら騙し返せばよいと、そういう落とし前を選ぶ映画だから素晴らしい。チュンジャは常に相手の行動の先を読み、オップンのオーバーアクトが状況を有利に運び、ジンスクが脇を締める。この三人がいつしかコンゲームの中心となり、状況を操っていく展開の、なんと胸のすくことよ。

 そして、そうした暴力に頼らない反撃がずっと続くからこそ、全ての怒りが爆発するクライマックスバトルがたまらなくアツい。酸素ボンベとナイフを持って襲いかかる無能な男共に対し、海女たちはこれまでに培ってきた経験と肺活量、そして「地の利」を活かし、襲撃者を鮮やかに屠っていく。陸地では男性に勝つことは難しくとも、海の中ではむしろこちらが有利という状況を最大限に活かし、まるで手慣れた暗殺者のようにチンピラを一人、また一人海の藻屑へと変えていく。海女の一人一人の能力はもちろん、チームワークを活かした連携こそが勝利のロジックとなっており、彼女たちの絆の強さを物語る名場面になっている。

 韓国映画のクライマックスと言えば血なまぐさい銃撃戦を思い起こすが、本作は美しい海を舞台にした上下左右360度を舞台とする大殺戮ショーであり、画面の血生臭さは控えめなのにどう考えても海女側がオーバーキルを繰り返すので、そのカラっとした味わいについ笑みがこぼれる。そしてそこにサメまで参戦するというのだから、サービス満点と言う他ないだろう。

 最後まで面白さがたっぷり詰まった本作だが、エンドロール中のおまけ映像まで粋である。死んだと思われていた密輸王クォンは生き延びていたのだが、彼の病室をチュンジャが訪れる。彼女が彼に「施し」をすることで、これまでの主従関係が逆転したことを表す、台詞に頼らない名シーンだ。

 サメが泳ぐ危険な海で、鉄砲玉のように潜ることを強制されてきた女性たち。その力関係は裏返り、安全地帯で偉そうにのさばっていた男共のプライドは地に落ち、自分で考え、自分で潜れる女が勝つ。命をかけたコンゲームで、一番汗をかいた者が勝利する。これ以上ないハッピーエンドをもって、本作はシスターフッドの奮闘と絆こそが正義であると打ち立てる。最高。最高にキマった幕引きだ。

 搾取する側とされる側の逆転劇を軽快なテンポで描き、女性同士の団結と絆のエンパワーメントとしてもしっかり着地、いや着水させてくれる。『密輸1970』は韓国映画のエンタメとしての強度の確かさを証明すると共に、SNSで流れてくるどんな“スカッとする話”よりも気持ちいい、笑顔で送り出してくれる最高の娯楽作だった。

 それはそれとして、クォン軍曹と眼帯男の過去編スピンオフやってくんねぇかなァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!あの二人だけなんか別の漫画のキャラクターすぎて最高。アニメだったら軍曹のCVが中村悠一で、眼帯が津田健次郎だと思う。これだけは譲れない。

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