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読書感想文『ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」』

 年末のお買い物で、少しばかりの楽天ポイントが手元に入った。その使い道を探して色々と眺めていたころに見つけたのが、こちらの書籍であった。

 有識者が語る、アニメや特撮の軍事事情。以前から、自分はミリタリーの知識が浅いと感じていたことがあり、これ幸いと内容をチェックする。取り扱う作品は、ゴジラ、宇宙戦艦ヤマト、パトレイバー、エヴァンゲリオン……。ECサイトが本著を自分に薦めてきたのも納得のラインナップだ。たまらず予約購入して、本日読み終えたばかりである。

 しかしまぁ、良くも悪くも、こちらの下調べが不足していたのだが、本著は期待した内容と少しズレていた。著者の一人である小泉悠氏が冒頭に書き記した通り、本著はアニメや特撮のミリタリー事情をかみ砕いて解説してくれるようなスタイルではなく、オタク同士の対談という形で進行していく。

 それだけに、本書で展開される会話にはまるで手加減というものがない。私だけでなく、全員が「ハシャいでいるオタク」なのだ。専門用語、略語、内輪ネタが注釈なしに飛び交い、一般の読者にはおそらくなんの話をしているのかさえよくわからないのではないかと思われる箇所がかなり多かった(というか大部分がそうである)。編集部による念入りな註とゲラ段階での編集によって、ある程度は読解可能になっているはずだが、宇宙人の会話を側で聞いているような感覚はやはり否めない。金まで取って人様に見せていいのかと言われれば、若干自信がないのも事実ではある。

https://books.bunshun.jp/articles/-/9665

 自分もオタクの一人として、軍事の有識者が集う座談会を文字に書き起こした本著は、容易にその光景が想像できる。感覚としては、「友達とゴジラを観に行って、帰りにサイゼリヤに寄ったら、隣の席のグループも同じ回を観たであろう集団だった」が一番しっくりくる。会話に割って入ったりはしないが、漏れ聞こえてくる解釈に「わかる……」と心の中で相槌を打ったり、早口で繰り出される蘊蓄を盗み聞きしてなるほど、となってしまうような経験、皆さんにもないだろうか?本著はずっと“それ”が続く。

 自分にその教養がないからこそ、ゴジラやエヴァをミリタリーの視点から読み解くことはできない。だからこそ、異なる趣味嗜好を持つ方がゴジラやエヴァをどう観ているのか、その着眼点が興味深い。例えば、最新作『ゴジラ-1.0』が議題に挙がれば、彼らが最も熱を込めて話すのが「震電」の足の細さやプロペラの枚数だ。映画では実際に製作された実物大模型が使用されていたが、プロペラの枚数やコクピット内の構造など、史実との違いや妥当性の面での指摘が本著では次々と語られる。しかしそれらは批判を意図したものではなく、山崎貴監督のフェティシズム、兵器へのロマンや格好良さを優先したのではという推理が浮かび上がってくる。

 伊福部昭の名前が一切出てこない『-1.0』の感想など、初めて見たかもしれない。「萌え」の勘所が自分とまるで違う。だからこそ面白く、陳腐な言葉だが、勉強になることばかりだ。同じ映画を観ていても、こうまで見える景色が違ってくるのかという驚き。矢継ぎ早に流し込まれる専門用語や軍事用語に「??」となることはあっても、対談が弾んでいることだけは伝わってくる。好きな作品のことを話す時の熱がこもる様子は、決して他人事ではないからだ。

 親切丁寧な「解説」をご所望なら適切ではないかもしれないが、オタクのオタク語りを存分に浴びたいのであれば、本著をお気に召すであろうことはお約束できる。以下の目次にピンとくるものがあれば、ぜひ一読いただきたい。

目次

はじめに 小泉悠

第一章
アニメの戦争と兵器

小泉悠(東京大学准教授) 
高橋杉雄(防衛研究所防衛政策研究室長) 
太田啓之(朝日新聞記者)

『宇宙戦艦ヤマト』の多層式空母と空母「赤城」/ザクしか出すつもりがなかった『ガンダム』のリアリティ/冷戦期のソ連の設計局は仲が悪いだけ/『パトレイバー2』のGCIとの通信シーンのリアル/トルメキアのバカガラスはMe-321ギガント/「イングラム」ナンバープレートとペイントの日常との地続き感/軍が民間人を守る話の魅力/「バカメと言ってやれ!」はバストーニュの「Nuts!」がモデル/『新世紀エヴァンゲリオン』のソ連の存在感/『エヴァ』と終末論/『この世界の片隅に』の片渕須直と宮崎駿/『王立宇宙軍』を子どもに観せたら奥さんに怒られた

第二章
ゴジラvs.自衛隊

小泉悠 高橋杉雄 太田啓之

零戦の脚だけで大興奮/16インチ砲ならゴジラに勝てるのか!?/ゴジラを生き物としてリアルに描くと怖くなくなっていく/ゴジラは水圧で死ぬようなタマじゃない/ゴジラ対戦艦「大和」/震電の脱出装置にオタクはみんな気づいていた!?/「高雄」型重巡4隻で巡洋艦戦隊を組んでゴジラに勝つ/ファンタジーに向かう段取りが「リアル」を生む/無人在来線爆弾とソ連原潜の戦略的共通点/アメリカはどんな悪役にしてもOK?/ゴジラは榴弾砲でアウトレンジして倒すべし

第三章
日独『エヴァンゲリオン』オタク対決

小泉悠 マライ・メントライン(職業はドイツ人)

『エヴァ』は両親に見られたらマズい!?/ロシア人は「早くエヴァに乗れや!」と銃を突きつける/「脳内ドイツ」を生ドイツ人に肯定してもらう/じつはドイツ語をしゃべれなかったアスカ/ゼンガーの宇宙爆撃機のガンギマっている感じ/ソ連萌えと人類補完計画/『新劇場版』でアスカがドイツ語をしゃべってくれない!?/ショルツ首相の黒い眼帯は中二病/アスカのドイツ語はかなり変

第四章
宮崎駿のメカ偏愛

小泉悠 高橋杉雄 太田啓之 ゲスト 大森記詩(彫刻家)

宮崎駿は黄海海戦を映像化したかった/「ガンシップ」の燃料は水!?/「車輪が付いた飛行機出さねぇぞ」みたいな謎のこだわり/機体は汚れているほうがかっこいい/「鳥」は宮崎駿の飛行機の原点/宮崎作品とタバコとロシア人の倫理観/80年前のナチスドイツの超技術/アメリカ人には「連続モノアニメ」という概念がなかった/「トゥールハンマー」「グランドキャノン」「ソーラ・レイ」……巨砲兵器の戦場/宇宙ではチョークポイントがないと戦争が発生しない

第五章
『エヴァンゲリオン』の戦争論

小泉悠 高橋杉雄 太田啓之 マライ・メントライン ゲスト 神島大輔(マライの夫)

宮崎駿の『雑想ノート』でデートの約束/『エヴァ』が嫌いで大好き/日本の国歌『残酷な天使のテーゼ』/パパと一緒に「松」型駆逐艦を作ろう/小泉さんはアスカがお好き/『エヴァ』の兵器の使い方は特撮/『ゴジラ−1.0』と『シン・ゴジラ』のフェチの差/アスカがリアルヨーロッパ人だったら?/ドイツ人は効率重視で人類補完計画に賛同する!?

第六章
佐藤大輔とドローンの戦争

小泉悠 高橋杉雄

佐藤大輔『遙かなる星』は完結している!?/“冷戦”に持っていた憧憬/佐藤大輔とアメリカとバブル日本/『クレヨンしんちゃん』の自衛隊考証がすごい/二足歩行ロボットは格闘戦で使うべし/『ガンダム』世界の階級はテキトー!?/今のXのトレンドが、まるで90年代アニメみたい/自衛隊が反乱する可能性/ ChatGPT の哲学的ゾンビ問題/プーチンの補佐官が書いた小説で見えた未来

おわりに 小泉悠

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166614806

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