読書感想文「『宇宙戦艦ヤマト』の真実――いかに誕生し、進化したか 」
ここ一ヶ月ほど集中して『宇宙戦艦ヤマト』シリーズを観る毎日を送っているのだが、ここ数日、とある疑問が頭を離れなかった。ヤマトとは、誰のアイデアなのか、と―。
私の身の上、育ちが松本零士ゆかりの地ということもあり、かの巨匠の代表作として『銀河鉄道999』と並んでヤマトが挙げられるため、初めに『宇宙戦艦ヤマト』という漫画があり、それを映像化したものが今観ているアニメシリーズなのだと、そう思い込んでいた。
故に、この本を読んで、たいそう驚いた。ヤマトは漫画出自などではなくれっきとしたオリジナルSFアニメシリーズで、その上さらに「日本初の本格SFアニメ」だったのである。
本著を上梓された豊田有恒氏は、『宇宙戦艦ヤマト』において「SF設定」という携わり方をされている方なのだが、本著を読めばその肩書ですら一悶着があったことも赤裸々に書かれている。
本著は、豊田氏とアニメとの関わり方を追っていく形で進んでいく、回想記だ。『鉄腕アトム』でおなじみ手塚治虫先生とも交流があり、まさしく日本アニメの「黎明期」の中心地にいた豊田氏は、持ち前のSF知識を活かしてアニメ版アトムのシナリオ執筆者として重用され、いつしか“日本アニメのオリジナル・シナリオライター第1号”という超重要人物になっていく。その折、手塚先生の仙人の如き人柄を示すエピソード、同じくSFを愛する同士としていくつもの著名人の名前が並ぶ序盤部は、日本を代表する文化が花開いていく様子が肌で感じられる。
そんな豊田氏の前に現れたのが、西﨑義展という男。『ヤマト』の企画・原案・プロデューサーという肩書を務めた彼が登場してからというもの、不思議なことに豊田氏の筆致はなぜかこの男の描写に占有されていってしまう。長身で猫なで声で頼み事をしてくるこの男は一体何なのか。ここへきて私は、『宇宙戦艦ヤマト』が誕生するには欠かせなかった超重要人物のことを知らなかった、その無知を悟ることになる。
『宇宙戦艦ヤマト』は、豊田氏がたたき台となる設定を詰め、「戦艦大和が宇宙を航行する」という奇想天外なアイデアを松本氏が、『マジンガーZ』などを手掛けた藤川桂介氏を初めとする脚本家スタッフが物語を形作っていく。豊田氏は同日・同時刻放送の『猿の軍団』にも関わっており、当時は観られない番組を録画するなんて習慣もない時代なので、リアルタイムで『ヤマト』を観ていない、というのには驚いた。また、イスカンダルへ放射能除去装置を取りに行って地球に帰るという基本骨子は、『西遊記』を元にしている、という事実も今回初めて知ることになった。
では、西﨑はその間何をしていたのかと言えば、資金集めとTV局などといった外部との折衝の諸々らしい。日本初の本格SFアニメ(ロボットが闘わない、というだけで前例がなく、放送局からは難色を示されたとか)を実現させるために、局のお偉方に罵られても黙って傾聴し、相手の懐に入り込む。話術に長けたところがあるという西﨑氏の口車に乗って、約束の報酬の半分を忘れた頃に払ってきては救援を求める彼に、結局のところ手助けをしてしまう豊田氏の様子が幾度となく繰り返されるし、その他大勢のクリエイターもそうだったのだろうな、ということを伺わせる。
初放送時は『アルプスの少女ハイジ』という強力な裏番組の影に隠れ視聴率は振るわなかったそうだが、再放送を願う熱い投稿が放送局に送られたり、劇場作品のヒットもあり『ヤマト』はその人気を確かなものにしていく。一方、『ヤマト』の西﨑による私物化が進み、やがては大勢の人間を巻き込んだ大惨事になる、という顛末も、豊田氏の目線から描かれていく。いつしか西﨑氏への言及が止まらなくなっていくところも、当時大勢の人が彼の破天荒さや話術の巧みさに魅入られてしまったことを物語っているようで、私自身もいつしか『ヤマト』誕生の裏側よりも、クリエイターを使い潰す悪魔のようなプロデューサーのことが気になってしまった。
面白いのは、豊田氏も西﨑氏を“クリエーターの生き血を吸う吸血鬼”という過激な表現をもって扱う一方で、西﨑氏がいなければ『宇宙戦艦ヤマト』は日の目を見なかったことを認めている点だ。人間としては褒められたものではなかったようだが、プロデューサーとして「受ける」ものを見出す才能はピカイチだった、ということなのだろう。ロバート・A・ハインラインの『地球脱出』を話題に出して誘われたことを機に走り出した『ヤマト』誕生の日々は、豊田氏にとっては苦いものでもあり、同時に楽しい青春時代だったのではと、そう思ってしまうのだ。
『宇宙戦艦ヤマト』の強大な引力に飲まれてしまった、クリエイターになれなかった男・西﨑義展の転落と、ヤマトは誰のものかを巡る根深い人間模様の歪。日本を代表するSFアニメの金字塔が大勢の人に見送られ旅立つその裏では、使い潰され蔑ろにされていった無数の制作者の悲しみと怒りが横たわっている。その有り様を目にしてきた豊田氏の貴重な証言がまとめられた本著は、西﨑氏の死をもって苦難に満ちた航海がようやく終わる。そんな余韻に満ちているのだ。