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読書感想文『成瀬は天下を取りに行く』
年明け、月末で有効期限が切れるU-NEXTのポイントの有効活用を求めて、電子書籍が並ぶサイバー本棚を漁る。すると、やはり目に入るのはこの女の子だった。
どの本屋でも平積みにされていたし、年末に読書家のフォロワーが選ぶ10選の中に、高確率でこの表紙があった。友人と行った2024年を振り返るスペースでも名前が挙がったことで、「成瀬」の名前は鮮烈にインプットされている。そのため、新年一発目の読書体験を彼女に委ねることにした。その賭けは、正解だったと思う。年明けに相応しい、晴れやかな気持ちで一杯だ。
タイトルロールの少女、成瀬あかりは、掴みどころのない女の子である。地元の百貨店「西武大津店」が閉店するまでの一ヶ月間、TVの中継に映り続けると宣言したと思いきや、次はM-1グランプリ出場を決め、「実験」と称して坊主頭になって登校してくるような女傑である。クラスにいたらお近づきになろうとする勇気はないし、さぞ自分がつまらない人間だと思うようになるかもしれない。成瀬あかりはその若さにそぐわないほどに完成されており、ブレることなく「やりたいこと」に邁進していける軸を有している。
自信のある聡明な話し方や言葉選び、物怖じせず大人にも話しかけられる度胸と、大津市民憲章の内容を暗記しているという圧倒的な正しさ。本の帯には“最強の主人公”という文字が踊るが、成瀬は基本的には悩まないし、周囲の同調圧力や嫌がらせには屈しない、ゴーイングマイウェイの極地のような人物であるからだ。それでいて他者への思いやりも持っているし、根が誠実で優しさもある。非の打ち所のない、最強の称号を我々外部が与えたくなるのも納得の人物が、天下を取りに行く女・成瀬なのである。
本作はそんな成瀬を外部の視点から見るという視野で綴られることがほとんどで、語り部となるキャラクターの誰もがクラスで浮いた存在である成瀬を最初は疎ましく思ったり、遠ざけようとしてしまう。10代の少年少女において学校とは社会そのものであり、空気を読むことやり過ごすことは彼ら彼女らに必須の処世術の一つである。成瀬ではない凡人は、常に他者の視線や評価を気にしている。そういった悩みが一切介在しない成瀬の存在は気持ちよく、彼女と触れ合うことは周囲の人物にとってブレイクスルーとなる。
硬直した価値観に風穴を開けるかのような成瀬の突拍子の無さは、作中の社会にも伝播していく。表紙からは伝わらなかったが、本作で描かれるのは新型コロナによって青春の一部を抉り取られた学生たちであり、煽りを受けて縮小していく地域の催しや閉店を決断した百貨店の情景である。頭の中で描いていた登場人物たちのイメージに、ある一文を読んだ瞬間からマスクが装着されていく。そうした息苦しさが、実は全編に縫い付けられている。
そんな折に成瀬が「わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と言い出すのだから、困惑すると同時に、なぜだかワクワクしてしまう。例年通りの青春が送れないのなら、新しい青春の図を描けば良い。家に閉じこもって鬱々としなければならなかった(それが正解でもあったのだが)あの暗い時代の中で、成瀬のような風雲児が、全国のどこかにいたのかもしれない。そんな想像力を与えてくれたところで、私も成瀬に一目惚れをしてしまった。そんなタイミングで彼女に恋をした高校生男子の話が放り込まれるのだが、夢中で読んでしまった。淡く潮風の香り漂う出会いは、一人の少年に忘れられぬ思い出を残していっただろう。あぁ、たまんねぇよ。
先ほど“凡人”という言葉を使ってしまったのだが、最初の語り部であり成瀬とは古い付き合いにあたる島崎みゆきという少女も、これまたたまらなく良いのである。成瀬がエンジンなら、彼女は行き先を定める帆になるだろうか。「やりたいこと」に真っしぐらな彼女に適切なアドバイスを与えられる同級生は、島崎しかいまい。最初は自分を成瀬の添え物と位置づけていたはずなのに、M-1への出場が決まった途端に「ハンパな芸は見せられない」と言わんばかりに成瀬の台本にツッコミを入れていく様子が笑いを誘う。そんな彼女も高校生となり、そして進路を自ら決める年頃になるのだが、という最終章『ときめき江州音頭』の、成瀬に訪れるある危機に、愛おしさが爆発するのである。
ところで、成瀬の野望の一つに「二百歳まで生きる」というものがあるらしい。彼女の物語を語り継ごうと思ったら、本人が存命で、こちらが先にくたばってしまうだろう。そういうところも目が離せない、規格外の新主人公・成瀬あかり。嬉しいことに続編も刊行済みとのことで、私も「成瀬あかり史」の見届人の一人としてデビューすることにしよう。
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