『キャッシュトラック』この男を怒らせたら、死刑。
仕事柄、採用にあたっての面接官を何度も経験したことがある。その際教わったのが、「自分がリラックスすること」だった。
面接を受けに来る人は、大なり小なり緊張している。そんな相手から“素”を引き出すには、こちらが緊張していては話にならない。本題に入る前に雑談でも挟み、いくつかの世間話をして相手の警戒を少しずつ解きほぐしていく。定番だが、常に心掛けているメソッドの一つだ。
だが、仮に面接を受けに来たのがジェイソン・ステイサムだったら、どうだろう。冷静にいられるだろうか……いや不可能だ。この会社にテロリストでも潜んでいるのか、あるいはおれの命はあと数分か。どちらにせよ、ステイサムが職を求めにやってきたら即座に採用するか、命乞いをするのどちらかをお薦めする。長生きできるかは、運次第だ。
現金輸送車を専門に警備するフォーティコ社に雇われた一人の男。「H」と名付けられた彼は黙々と仕事をこなすが、採用試験を合格点ギリギリでパスした彼に、死者が出るほどの危険な仕事は向かないのではと周囲は心配する。……が、我々はその不安が杞憂に終わることを知っている。だってステイサムだから。
そんな我々のご期待に応えるかの如く、輸送車襲撃事件が起きればステイサムは突如覚醒し、奪われた現金とパイセンを見事奪還。犯人グループを全員射殺し「PTSDになるから明日から内勤な」と言われても何食わぬ顔で定時出社、輸送車でワイルドスピードする毎日を送る。その仕事ぶりに社の代表はHを英雄扱いするのだが、強すぎるイサム兄貴に同僚たちは疑いの目を向ける。そして、二度目の襲撃事件では強盗犯がステイサムの顔を見た途端に逃げ出してしまい、「おいおいヤベーぞコイツ」となってしまう。
一体何なんだこのスキンヘッドは。「ホラ言わんこっちゃない」という我々の呆れ顔をよそに、事態は次々にエスカレートしていく。Hの正体は?目的は?ガイ・リッチー監督お得意の時系列シャッフル演出によって明かされていく真実、Hを取り巻く周囲の人物の視点から壮大な強奪計画が露わになり、全ては1億ドル以上の現金が集まるブラック・フライデーに結実する。もう走り出したら止まらない。ただ残るのは死体と硝煙の香りだけである。
『ワイルドスピード』や『エクスペンダブルズ』以降、小粋なジョークで人を殺すタイプのスターの代名詞となったステイサム兄貴だが、今回は目に怒りを宿した処刑人というキャラクター。なにせ原題が『Wrath of Man』というだけあって、実はこの男冒頭からバチバチにキレている。じゃあ何にキレてるの?というのは本編を観ていただくとして、見どころは勿論、暴力が発動するシーンの全てである。
本作のステイサムはさながらホラー映画の殺人鬼かターミネーターで、追い詰めらえる敵の視点を追体験するショットがいくつも用意されている辺り盟友ガイ・リッチーの「イサムで怖がらせてやろう」という気概がムンムンに伝わってくる。巨漢のスキンヘッドがどこまでも追いかけてくる映像は確かに迫力があったし、劇伴もズンズン重たいせいでどこを抜き出しても緊迫感に満ちている。しかもイサム、どんだけ撃たれても死なないしいつの間にか先回りして敵を追い詰めるシーンが多発するため、「もしかしたらコイツ人間を辞めているのでは?」と思わなくもない(しかも第1チャプターのタイトルが「悪霊」だった)。
作風もダークだが人間関係も真っ黒で、およそ善人と呼ばれる者は登場しないか、ごく一部を除いて死ぬため、最終的には死ぬべくして死ぬ奴VSステイサムみたいな地獄絵図が展開。金のために悪事に手を染める者どもが、これまた正義でも義憤でもない「私怨」で稼働するステイサムによって血祭りにあげられてしまう。主演が最強=いつものステイサム映画という安心感は変わらないが、常に不穏な画と音楽が織りなすダークなテイストは『メカニック』シリーズとは正反対。血で血を洗う抗争の果て、Hが何を失い何を得るのか、ぜひその目で確かめていただきたい。
メチャクチャ重たい劇伴、サブスクで聴けます。