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「kigae」(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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僕はリョウスケ。
1時間おきにしか電車がこない、山がすぐ近くに見える田舎から
この大都会の会社へ入社して1年が経とうとしている。

僕は色々な商品やサービスを開発する会社に勤務している。
代表的なものは「シフトドア」。
好きなところへ瞬間移動できるドアだ。


君は知ってるかい?
今、目の前にある時計も本も、「物理」と思うだろうが全て「情報」なんだ。
時計も本もあらゆるものは素粒子という「情報」の集合体なんだ。

「情報」は姿かたちが無い。
形がないということは、どこにでも行けるのではないかと考えられ
「シフトドア」が開発された。


ただ、どこにでも瞬時に行けるが、行先には一定のルールを設けられた。
行先は必ず屋外であること。

つまり、突然、お風呂場に来客が来たら君は困るだろう?
だから、屋外に移動できるようにしている。
僕の勤務先の大ヒット商品だ。



朝、うとうとしながら目覚めた。
今日は何を着ようかな。
着替えが面倒だ。
誰か代わりに僕に着替えをさせてくれないかな。
そんなことをいそいそしてくれる彼女はいない。


保育園の頃は、母さんに甘えていつも前のボタンをかけてもらっていた。
そうして僕は母さんからの愛情を毎日感じていた。

大人になって自立するようになり、時々、あの頃を懐かしむ。


茜色に染まった夕陽を見ながら、保育園のカバンを斜め掛けした僕は、母さんと手を繋いでいた。
当時流行っていたTVの主題歌を一緒に歌いながら家に向かった。

途中、町内のおばちゃん達に会う。
僕は大きく挨拶をし、おばちゃんはしゃがんで僕の顔を見て
皺だらけの顔をもっとくしゃくしゃにして
「大きくなったねぇ~」と言いながら、僕の黄色い帽子の上から頭をポンポンしてくれた。

昨日もおとといもそう言われていたけれどそれは気にならなかった。

僕は嬉しくて恥ずかしくって、母さんの顔を見上げる。
ぽかぽか温かいおひさまのような母さんは、細い目をいちだんと細めて僕を見ていた。




さて、
今日は何を着ようかな。
昨日とは雰囲気が違う感じにしよう。
今日のネクタイは明るい色にしよう。

僕はベッドに潜りながら自分のスタイルを妄想していた。


うん、これで決まりだ。

「キガエ、オッケー!」


僕はベッドから起き上がり、両手を横に広げて立った。
途端に僕の着替えが終わった。


今はこの「kigae」を開発中で、僕ら数人の研究員のテスト期間である。
時に、ズボンの上にパンツを履いていたりと誤作動が起きることがあるから微調整中だ。
どうやら今日は間違いないようだ。



でも、「kigae」じゃなくて、母さんみたいな人、いないかなぁ。





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山田ゆり
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