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okuti(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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真っ白な世界からふわっと現実に戻ってきた。
目を閉じていても外は既に明るいのを頬で感じられた。

「ん?今、何時だろう?」


携帯電話を見る。

「ヤベッ!もうこんな時間!

僕は「kigae」を使って数秒で着替えを済ませた。
※「kigae」についてはこちらのnoteをご覧ください^^
https://note.com/tukuda/n/n7b4d7896c978


朝ごはんは食べている時間が無い。
とにかく会社に行かなくっちゃ。


僕は黒いビジネスバックを抱えて駅に向かった。
丁度到着した電車に飛び乗った。

電車に乗ってほっとしながら窓に映る自分の姿を見た。
右側の後ろの髪が少し跳ねていた。

ネクタイが少し右に曲がっている。
髪もネクタイも右に曲がっていてダンスでもしているみたいだ。
僕は窓を鏡にしてネクタイの位置を調整した。


会社に着いた。
「おはようございます。」
受付のリョウコさんたちに僕はいつもの笑顔で挨拶をした。

会社の顔である彼女たちは誰にでも素敵な笑顔を見せてくれる。
エレベーターホールへ向かう僕にリョウコさんが小走りで走ってきた。
そして僕の顔に近づいてきた。
えっ!
何?
公衆の面前で突然キス?


僕は慌てた。
心拍数が最高値に達し脳内で蒸気機関車の大きな合図が聞こえたようだった。


しかし、


「お口、お忘れではないですか?」


リョウコさんが手を添えて僕の耳元で囁いた。

僕は口に手を当てた。
最高値だった心拍数が今度は逆の最低値になり
体中が寒くなった。


そうか!
慌ててきた僕は「口」を忘れてきたのに気が付いた。



僕はリョウスケ。
こんなものがあったらいいなとか、
こんなことができればいいなという
商品・サービスを開発する会社に勤めている。



いろんな試作品を試しているその中の一つが
「okuti」だ。


君の歯は綺麗かい?
虫歯は無いか?

結構丁寧に歯磨きしたつもりでも
磨き残しがあって虫歯になっていないかい?


いっそのこと、全部の歯を口から出して
それを歯ブラシで磨いた方がいいと思わないかい?


そこで考えたのが「okuti」。


これは入れ歯とは違うんだ。
詳細は企業秘密だから言えないが
簡単に言うと、口の中をまるまる外に出して
それを専用の洗浄機に一晩入れておくと
翌朝、真っ白な綺麗な歯になっているんだ。

オプションとして、歯列矯正も日中ではなく
寝ている時間にできるんだ。


これは入れ歯とは違い、
契約期間が終わったら自分の歯は以前のように取り出しは出来なくなるんだ。
だから見た目は何も変わらない。


入れ歯は、外すと顔のイメージが変わるが
この「okuti」は、外している時でも顔の輪郭は変わらない。
だから、電車の窓に映った自分に違和感を感じなかったのだ。


でも、挨拶をして笑顔を向けたリョウコさん達には
歯の無い僕の顔が見えたのだ。



僕はその日、極力、口を閉じた笑顔をしていた。
自然に笑えない自分を笑った。






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山田ゆり
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