死んでたまるか
重ね重ねの失態
のり子は自宅でカボチャのコロッケを昼食時にいただいていた。
黄色いホクホクのカボチャは甘くて、頬っぺたがジワーッとした。
水分が欲しくなった。
保温はされていなかったがポットを上げて下の方を触ってみるとポットは温かかった。
ぬるめのお湯もいいなと思い、マグカップにお湯を注いだ。
口の中はまだカボチャのコロッケがペースト状になって入っていた。
その状態でお湯をすすった。
ところがお湯が想像以上に熱かった。
飲み込もうとする力と、熱いからすするのをやめようとする力が喉の辺りでぶつかった。
「やばい!」
直感的にそう感じた。
一瞬にしてあの時のことを思い出した。
***
仕事中のあの時、近くから営業員とデザイン部の女性とのやり取りが聞こえていた。
お互い冗談を言い合っていて、のり子は聞くつもりは無かったが静かな事務所だったから二人の会話が聞こえていた。
そして営業の方が冗談をいい、それにデザイン部門の方が突っ込みを入れた。
そのやり取りが可笑しかった。
のり子はその時、丁度コーヒーを飲もうとしていてマグカップに口を付けていた。
そしてあまりにも可笑しくて吹き出しそうになった。
このままでは、口から力強いシャワーのようなコーヒーが出てきそうだった。
しかし、そんなはしたない事はできない。
プーっと霧吹きのように吹き出しそうな力が喉にきて、そしてもう一つの、吹き出すのを止めようとする力も同時に発生した。
その、出ようとする力と、出さないようにする力がぶつかったらのり子は息ができなくなった。
そんなのり子に誰も気が付いていない。
のり子は息をしようとしたが、のどに蓋がされているようで息ができない。
そんなことってある?
ちゃんと喉はあるのに、のどが詰まっていた。
瞬間的に「死」を感じた。
のり子はとっさにキャビネットのドアを拳で叩き、自分の存在を周りに訴えた。
のり子の異常な態度に気が付いた営業の男性がのり子に近づいてきた。
のり子は「自分の背中を強く叩いてほしい」というジェスチャーをして訴えた。
営業の男性が力強く何度も何度も背中を叩いて下さった。
それでものり子の喉は蓋がされているような状態で、何度も何度も咳き込んだ。
のり子は立っていられず綺麗とは言えない床に顔を横にして寝た。
営業の男性がずっと背中を叩いて下さった。
のり子の目から一筋の涙が頬を伝わり床に落ちた。
「私、死ぬんだ。」
そう思った。
やがて、やっと息ができるようになった。
救急車を呼ぶかどうかを女性たちが気にしていたが
多分大丈夫だろうとのり子は感じ、女性たちに手で合図した。
**
今回、あの時と同じ状態になった。
今度は自宅のダイニングで。
息ができないのり子は近くにいた長女に背中を叩くようにジェスチャーした。
のり子は自分で歩きながらキッチンのシンクに向かった。
口の中に入っているカボチャのペーストをシンクに吐いた。
口の周りはねっとりとして、ティッシュボックスから2枚引き出し、口を拭いた。
大きく息を吸おうとするができない。
喉に透明のトロッとした蓋がかかっているようだった。
長女が後ろからのり子をつかみ、みぞおちの辺りを強く押した。
「ゲボッ!」
みぞおちの辺りを押されたのり子はその都度、声を出す。
しかし、のり子は息ができない。
どうしよう。
私、こんなことで死んじゃうのかな。
まだ、死んでいられない。
やりたいことがたくさんある。
見たい夢もたくさんある。
のり子は何度も何度もシンクに向かってゲーゲーッと吐いた。
長女は背中を叩く強さを緩めない。
その強さからのり子は長女の強い愛を感じていた。
ありがとう。
何も知らない三女が階段を下りてきた。
三女が長女と入れ替わり背中を叩く。
その間、長女はどうすればいいのか検索をし始めた。
のり子は相変わらずだった。
「駄目だ駄目だ。長引いてしまったら私は死んでしまう。
何とかするんだのり子。」
のり子は何度もシンクに向かって吐いた。
その内、うっすら息ができるようになってきた。
ぜーぜーを繰り返し、口からはトロッとした唾液を繰り返し出した。
やがて少し蓋が取れてきたような気がした。
気付くと傍で長女が電話を掛けていた。
「どうしても治らない場合は救急車を呼んでください」と電話口で言っている。
救急車?
どうしよう。
喉を詰まらせたから救急車を呼ぶ?
でも、少し息ができるようになったから救急車は要らないかもしれない。
しきりに救急車を呼ぼうとする長女。
長女の気持ちはとてもありがたいが、多分、大丈夫だろう。
長女に何度も確認されたが、のり子は救急車を要請しなかった。
数年前と同じことをまた繰り返してしまった。
今回は娘たちが傍にいてくれたから助かった。
ありがとう。
まだまだ、私は死ねない。
死んでたまるか。
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