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闘病生活がスタートした【音声と文章】

山田ゆり
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※今回はこちらの続きです。

https://note.com/tukuda/n/n440fbae3820e?from=notice




「ところで、息子さん(弟)には本当の病名を伝えても大丈夫でしょうか。」


T部長はのり子達に向かっておっしゃった。

両親ものり子も考えたが即答できない。

弟は27歳で立派な大人だから、自分の病名を知る権利はある。
家族の私たちがそれを阻止するのはおかしいとすぐに思った。


しかしである。
人は「私は○○だ」と思うと、本当はそうではなくても、思い込みが強いとそうなってしまうことはないだろうか。
のり子はそういう性格だった。

だから、「あなたは〇○の病名で、長くてもあと3か月しか生きられません。」と言われたら、もしかしたら治る病気も治らないのではないだろうか。

自分のタイムリミットを知らされ、毎日その残りの日めくりをめくるのは、残酷過ぎると思った。

それよりも、真実を知らずに治ることを信じて闘病した方がいいのではないだろうか。


それは、弟のことを思ってのことだが、しかし、真実を知って毎日葛藤している弟を見るのが辛いという、こちら側のエゴでもあった。


両親とのり子は悩み、少しの間沈黙が続いた。



そして、のり子は両親に「言わないことにしようか」と聞いてみた。

真っ赤に日焼けしてポロシャツにスラックスの父。トレードマークのJAのネーム入りの帽子をかぶっている。
太い指はゴツゴツしていて、連日の農作業のために爪の中には土が残っている。


ちりちりパーマが伸びきった感じの母は両手を膝の上に置いてギュッと握り下を向いていた。

やがて、のり子の言葉に二人は頷いた。


のり子が言い出した形にはなったが、弟には本当の病名を知らせないことに決めた。

その決断は正しかったのかは今でも分からない。

本当のことを伝えて「その日」までにやることをさせてあげればよかったのかもしれないと、その後も今も後悔することがある。


しかし、自分はこうだと決めつけないで明るい未来を描いてそれに立ち向かったらもしかしたら弟の病気は治るのではないかという思いがのり子にはあった。



私たちは弟に真実を告げないことを選択した。


医師は、もしも診断書を勤務先などから求められたらこの病名を使いますとおっしゃった。
それは「血液不全」。
本当はそんな病名はないそうだ。
その優しい嘘は、医師だからできるのだとのり子は感じた。




そして弟の闘病生活は始まった。

弟の部屋は6人部屋だった。
見るとベッドの下に敷きものを敷いて寝泊まりしているご家族の方がいらっしゃった。
夜は床に布団を広げ、朝になると小さくまとめて日中、付き添いをしていた。


会社を退職して1か月ののり子は、自分も弟に付き添うことに決めた。
のり子は家から原動付きバイクを持って来て病院の自転車置き場に置いて、その日から病室の床に寝泊まりした。
そしてその部屋からワープロ教室や税務会計とPCを勉強するビジネススクールに通った。



弟が入院したと聞きつけた友人たちがすぐにお見舞いに来てくれた。その時間、のり子は部屋を離れて弟たちの邪魔にならないようにしていた。


友達の多い弟には連日見舞客が訪れた。そして病室でお互い冗談を言い合い、病室は明るい雰囲気に包まれていた。



弟は入院するにあたり、ノートを用意していて、毎日、誰が来たか、何を持って来てくれたのかを書いていた。


これはこれまで、骨折などのけがで何度か入院したことがあり、退院後のお礼のために毎日書き記していた。

そういうところも弟らしい。受けた恩は忘れない人だ。


そのノートをのり子にも見せてくれた。
入院してから数日しか経っていないが来客の多さに弟がどんな人かが伺われる。




その中で、ダントツにお見舞いの回数が多い方がいらっしゃった。
弟の上司であるTさんである。一週間に5回はお見えになっていた。
そして、その日にあったことなどを楽しく二人で話をしていた。

Tさんにはお子様がいらっしゃらなくて、弟を我が子のように思っているとおっしゃっていた。
温厚なTさんをのり子も慕っていた。



入院当初の弟は、これまでのけがの入院と同じで弟のベッドの周りだけは明るい雰囲気が充満していた。



やがていろいろな検査が一通り終わり、治療の方針が決まった。

そして、抗生物質を使った治療が開始された。
それまでのんびり過ごしていた弟はその日から、吐き気や高熱に見舞われた。


吐き気に対応できるように、すぐ傍にのり子は洗面器とティッシュを用意し、洗ってすぐに持って来てまた洗ってを繰り返した。



39度以上の熱が続き、「寒い」と弟は訴え、あまりの寒さでベッドがガタガタと揺れた。


熱が上がれば身体は熱くなる。しかし、ある温度まで行くと、熱が上がるほど寒くなるのをのり子は初めて知った。

連日、このような状態になり、気楽な入院生活を予想していた弟は、少しずつ事の重大さが分かってきた。





長くなりましたので続きは次回にいたします。




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山田ゆり
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