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14段目の階段(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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カチャリ

控えめにドアが開く音がした。
エミが階段を下りて行った。
マスミはその音を聴きながら部屋の壁時計を見た。

3:02。

今起きたのだろうか。それとも今まで起きていたのだろうか。


連日の残業でさすがに昨夜は疲れ果ててマスミは珍しく早めに床に入った。

エミ。

キッチンでザーザーと音がした。歯磨きをしているようだ。
そして階段を上り、足音が一瞬止まり、そしてすぐにエミの部屋に入って行った。




エミ。

エミが学校に行けなくなってもう2年になる。

同級生は進学したり社会人になったりと青春を謳歌している時期なのに、エミの世界はあの時から止まっている。



二人で心療内科に通った。
心の大事さを発信されている方の講演会を深夜バスに乗って二人で聞きにも行った。
しかし、エミはいまだに自分の意思で家を出ることができない。


深夜にコンビニへでかけて、スナック菓子や飲料を買うのが唯一の外出になっている。



エミ。

私はあなたの味方なの。あなたを責めたりなんかしないから。何でも思っていることを言ってほしい。


そう、エミに言うと
「それ、ウザいから。」と言われそっぽを向かれる。





4:00になった。

マスミは起き上がった。

そして灯りを点けずに13段の階段を下りて行った。
最後のステップが終わったはずなのに、右足が14段目を踏み、マスミは突然、ぐるぐると別世界へ落ちて行った。





気が付くと遥か下にエミがいた。
そして私が帰宅した。

「おかえり」
「ただいま~」

エミが何か言いたげだったが、マスミは疲れたような顔で大きくため息をつき、イヤリングを外しソファにドカッと座った。

それを見たエミは静かにその場を去って行った。





場面が変わった。

悩んでいる私がいた。


私、エミのためなら何でもしたい。でも、どうすればいいのか分からない。


夫のヒロシに相談したくても、「疲れているからその話は今度。」と言われる。
付き合っていた頃は、あんなにおしゃべりしていたのに、結婚したらお互い仕事が忙しくてのんびり話をしている時間がどんどんなくなっていった。

今では、寝るために帰ってきているだけの我が家になってしまった。

ヒロシ。

もっと、あなたと話をしたいの。
エミのことはもちろんだけれど、今日、会社であったことや街並みを歩いていて、ふと、季節を感じたことなど、何気ない日常の会話をしたいの。




ヒロシが帰宅した。
マスミはエミのことでヒロシと話そうとした。

でも、ヒロシは帰宅早々、眉間に皺を寄せてネクタイを緩め、深くため息をつく。
「ゴメン、疲れているんだ。」のあなたのひと言が、マスミの喉まできている言葉に蓋をした。


あなたともっと話したい。
でも、お疲れのあなたを労い、それ以上の会話を諦めてしまう。
それはあなたに愛情が無くなったのではなく、愛情があるから話せなくなったの。





足元で悩むマスミを眺めているマスミ。

そうか。エミには「何でも話を聞くから」と言っておきながら、言えない雰囲気をマスミが作り出していたことに気が付いた。


これだったら、エミが言いたいことがあっても言えないのは当たり前。エミが言えないようにしているのは私だったんだ。エミは優しさから私に何も言わないんだ。



それはヒロシに対する私と同じ。
私たちはお互いを大事に思っている家族なのだということを改めて実感した。


それに気づいたマスミはふっと微笑んだ。







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