
【エッセイ】ばぐい、の挑戦
晩御飯の後、妻と息子と娘とアイスを食べていた。美味しいチョコのアイスで、みんなフガフガ鼻を鳴らしてパクパク食べていた。
突然、今年から小学校に通っている息子が、「このアイス、ばぐいな」と言った。ん?私も妻も聞き取れない。なんと言ったのか。
「ん、なんていった?」妻が問う。
「このアイス、ばぐいな」
満面の笑みで繰り返した。
ばぐいな、という音は間違いないようだ。だが、その意味がわからない。
「ばぐいな、って何?」今度は私が聞いた。
「バグって知らんの?バグい、だよ。バ・グ・い!」
どうやら、ゲームやプログラムがバグっている、の「バグ」が状態を表す「い」を授かって、「バグい」という形容詞が爆誕したようなのだ。
これが新世代の言葉なのか…
正直、私の脳のどこかの部分で、「バグい」に対して、拒絶反応が起きかけている。「その言葉、使うのやめたほうがいいんじゃない」とか「どこでそんな言葉覚えたの」といった、テンプレお母さんゼリフが喉元まで上がってきたことも確かだ。
それでも、新たな事象に対してオープンであろうとする心を忘れずにいることができたのは、ひとえに美味しいアイスのおかげだったと思う。
「それって美味しいってこと?美味しくないってこと?」と妻が聞く。たぶん、美味しい、という意味なのだろうということは、息子の表情からわかる。だが、未知のものに対しては慎重に事を進めなければならない。我々はそういうタイプである。
「美味しい、に決まっとるが」
うむやはり。次は、私が繋ぐ。
「他にどんな時に使う?」
「めっちゃでかいトノサマバッタ見た時とか、ポケモンカードですごいレアカードが出た時とかかな」
はいはい、なるほどなるほど。そういうことね、と了解した。
これは、いうなれば汎用的感動表現である。平たく言えば「とても良い」「驚くほど良い」であり、英語ならアメイジング!である。次々に新たな言葉が生まれ出る言葉のフロンティアなるものがあるとすれば、それは感動を表す言葉群だという話を聞いたことがある。確かに、汎用的感動表現は、時代とともにたくさん作られてきた。時の試練をかいくぐり、すっかり定着したものとしては、
「すごい」「ヤバい」「ガチ」「エグい」などになるだろうか。ちなみに30代の私は、「ヤバい」世代で、今の20代は「ガチ」、ハイティーンなどは、「エグい」世代に分類されるのでは、と勝手に解釈している。
ほう、「バグい」か。面白い。「バグい」よ、君は、新時代を切り開けるのか!?
現状、どうやら「バグい」は、着々と勢力を伸ばしているようである。息子調べでは、近所の小学生は、"みんな使っている"という。
さて、ちょっと真面目な話をすると、個人的には、この「バグい」かなり浸透する確率が高いと思う。
それは、とある条件を満たしているからなのだが、何のことかピンとくるだろうか?歴代の汎用的感動表現にあって、この「バグい」にもある、ストロングポイントが何であるか。
それは、音の強さ、である。具体的に言えば、b、d、g、zのような子音だ。これらの音は、強い大きいイメージの濁音である。逆に弱い音もある。共鳴音と言われるm、n、y、r、wなどは、丸っこくやわらかい。
例を出すまでもないが、「ガドガド」と「ネレネレ」では、どちらが強いか、日本人なら一瞬で判別できる。(この辺の話は、2023年度親書ベストセラーとなった「言葉の本質」が大変面白く解説している。オススメである。)
すごい、やばい、ガチ、エグい、すべて強音を含んでいる。これは、感動の大きさを表す上で、なくてはならない納得感なのであろう。強音なしでは、感動に説得力が生まれない。
その点、「バグい」はどうだろう。bとgの2つも強音を持っている!なんとゴジラと同レベルである。これは期待できそうだ。
壊れているほど、素晴らしい。自分にエラーが起こっているかの如く興奮している。うん、意味的にもわかりやすくていい感じだ。
さて、この新たな言葉は、どこまで浸透してゆけるだろう。今日、晴れて私のところまで届いた。皆さんのところには、もう届いているだろうか。それとも明日、届くだろうか。
耳を澄ませて、このポテンシャルあふれる若い言葉の行く末を見守ってほしい。日々目にするSNSに、ネットニュースに、「バグい」が登場する日も近いかもしれない。ちなみに、私は家族ぐるみで「バグい」を推していく所存だ。