【読書レビュー】楽園のカンヴァス
原田マハの「楽園のカンヴァス」を読んだ。
文句なしに面白かった。今年読んだ本でベストかな、と思う。重厚な物語にしっかりと没頭できたし、読後感も爽快で、しかも、何とも言えないぬくもりがあった。
巻末で高階秀爾(当時、大原美術館館長)が「美術史とミステリは相性がいい」と解説しているが、本当にその通りだな、と思った。ミステリの面白さは大雑把に言って、「読者の知的好奇心」を刺激することにある。「次に何が起こるのか」「いったい何が起こったのか」を追求する(考える)ことに面白さが集約されている。美術、というものがミステリの舞台になるとき、その面白さは倍増する。なぜなら、美術、という対象そのものが、その理解において半ばミステリ的だからである。「これの価値は何なのか」「何が人の心を動かすのか」という知的好奇心なくして美術はあり得ない。
したがって、そもそも知的な活動を要求する「美術」において、さらに「ミステリ」という知的探求が行われることになる。考えることが好きな人にとっては、「おいおい、すき焼きとステーキが一緒に出てきちゃったよ!」という感じなのだ。しかも、こういう人は考えることが好物だから、どれだけでも消化できる。胃もたれなんてしないよね?
さて、この「楽園のカンヴァス」だが、美術×ミステリ、というジャンルでは、ベスト、の位置にあるのではないか。
原田マハという作家の小説は、これしか読んだことはないが、これ以上の作品はないんじゃないか、と想像する。というかこんなに面白いものを一人の人間が何本も創ることができたら、それは奇跡と呼んでいいと思う。
この物語は、キュレーター(美術館専門職員)という特殊な環境に身を置く者たちのドラマだ。そこに、アンリ・ルソーという不思議な画家と天才ピカソの逸話が盛り込まれている。ルソーの描いた「夢」「夢をみた」という2作品がをめぐって、ミステリが展開されていく。
肝心のミステリの内容は書かない。書けば書くほど、その面白さが伝わらないむなしさに苛まれるだけだ。なので、物語の骨子以外の部分で、この小説が特に優れている2つの要素を紹介したい。
すごいポイント① リアルさ
作者の原田マハは、小説の舞台であるニューヨーク近代美術館で勤務していた経歴を持つ(すごすぎ)。しかも、キュレーターとして、である(すごすぎ)。
だから、とにかく「美術」というものへの理解が深く、的確である。それは、作品の審美眼という意味でも、それにかかわる実務者たちの実態の理解という意味でも、美術館という存在の理解においても、である。とにかく作者こそ一流のキュレーターだったのだから、その人が書く美術ミステリなんてすごいに決まっているのだ。物語中、ニューヨーク近代美術館、大原美術館(倉敷)、バーゼル美美術館(スイス)など、色々な美術館が出てくるが、作者は実際にそこに通った経験をもとにしている。この解像度だからこそ、出来上がった小説のリアルさは半端でない。読者を一気に引きずり込む魔力を持っている。
すごいポイント② 恋愛小説より恋愛的
がっつり恋愛のことを書いているわけではない。キスも、手をつなぐのも、直接的な愛の告白もない。あくまで主題は、「美術」と「ミステリ」である。しかし、ちょっとした描写によって、作中の登場人物たちが、好意を伝え合う描写がある。これが徹底的に奥ゆかしくて良い。みやびである。主人公の織絵とティム、この二人の知的でユーモラスな絶妙のかけあいも本作に欠かせない美点であると思う。
さすがに、美的センスと知的センスあふれる女性作家だ。調べてみると、原田マハのデビュー作は「カフーを待ちわびて」という作品で、これは第一回日本ラブストーリー大賞を受賞している。なるほど、この分野もお手のもの、なのである。
さいごに
どうやら本作には、姉妹作品が存在するようだ。「暗幕のゲルニカ」という小説らしい。私は、すでにポチッた。早く読みたすぎる。
また一人、最高の小説家と出会ってしまった。私も人生を懸けてこんな大作を書いてみたいな、と思わされるのと同時に、物語がもつすさまじい魔力にあてられて、久しぶりにぼーっとしている。