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ムジナってなんだ?【怪談〜Kwaidan〜】
以前紹介した小泉八雲の『怪談』。
新しく生み出された円城塔版は、ニンジャスレイヤー風味を漂わせつつも、やっぱり昔の邦訳版よりも読みやすくてとても良い。
そんな新しく訳された『怪談』の中に、『ムジナ』という話がある。
ムジナ、なんだか分かるだろうか?
自分はもちろん知っていた。
えげつないほど昔、魔法陣グルグルで見たからである。
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実際には諸説あって、タヌキ説だけではなくアナグマの別名だとか、別物の妖怪だとか色々なのだが、小泉八雲の『怪談』ではどう描かれているのか。
それではさっそく話を見てみよう。(もちろん円城塔版で)
トーキョーのアカサカ街には、キイ・ノ・クニザカと呼ばれる坂がある。
街灯が現れる以前、この場所は日暮れとなると寂しいかぎりで、キイ・ノ・クニザカを越えるくらいなら人々は遠回りすることを選んでいた。
なぜならこの辺りには、よくムジナが出たからである。
ムジナを見た最後の男は、キョーバシ区の年寄りの商人だ。
では彼の話を語ろう……
ある晩遅くに彼がキイ・ノ・クニザカを急いでいると、堀の傍らで婦人が座り込んで泣いているのに行き当たった。
堀に身投げでもするんじゃないかと心配になって、彼は声をかけた。
「オ・ジョチュー、どうなさいました、できることがありましたら是非お手伝いさせていただきましょう」(彼は本心で言っている。善良な男なのだ)
しかし婦人は袖で顔を隠し、依然として泣き止まない。
彼は婦人の肩に軽く手を乗せて、
「オ・ジョチュー!――オ・ジョチュー!――オ・ジョチュー!ちょっとでも聞いて!オ・ジョチュー!――オ・ジョチュー!」めっちゃ連呼した結果、婦人はようやく振り返り、袖を下ろすと、
手で顔を撫でてみせ――
そこで男が見たものは、”目も鼻も口もない女の顔”で――!!!!
(のっぺらぼうなんだよなぁ……)
そう、どう見てもこの話は「のっぺらぼう」だったのだ。
ちなみにこのあと彼は逃げた先でソバ屋の男に会って、
「その女の顔は……『こういう』ものではなかったですかな?」
という定番の流れをやって終わる。
ちなみに本文中に「のっぺらぼう」という記載は一切ない。
これが小泉八雲の「怪談」における「ムジナ」の話である。
実はこのような話はかなり昔から語られており、怪談集『新説百物語』(1767年)には、京都の二条河原で目も鼻も口もない「ぬっぺりほう」が現れ、これに襲われた人には謎の太い毛が何本も付着していたという。
なんとなくケモノが化けている感を匂わせる部分だ。
ムジナとのっぺらぼうには繋がりがあったのである。
また、怪談話には「再度の怪」という王道パターンがあるらしい。
これは「特定の登場人物を驚かせたあとに、再度同じ人物を驚かせる」というパターンのことだ。
巌谷小波(いわやさざなみ)による『大語園』には、「のっぺらぼう」はずんべら坊の名で記述されており、津軽弘前の怪談として、「ずんべら坊に遭った者が、知人宅へ駆け込むと、その知人の顔もまたずんべら坊だった」という話があるらしい。
おいおい、「巖谷小波」に「弘前」とかもうね……
どちらもこのnoteではお世話になった存在だ。
これは『大語園』を読まざるをえない!!(国会図書館にしかないが)
※巖谷小波のなんかすごい桃太郎の記事↓
というわけで、ムジナとのっぺらぼうについての関係がこの歳でようやくつながった。
相変わらず知らないことばかりである。
しかし無駄に長く生きて、色々なものを見ておいたことで吸収も容易になっているのを感じる。
今回だって、「おっ、ムジナだ!」という思考は過去に魔法陣グルグルを読んでいたから湧いたわけだし、旅行で弘前を好きになり、noteで巖谷小波の桃太郎について書いていたからこそ、wikipediaに載っていた『大語園』とずんべら坊の記述もまともに認識できたのだ。
やっぱり、使いみちがあるかわからないとっかかりをいっぱい作っておくのは大事なんだろうなとあらためて思ったのだった。
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