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ファンタジー短歌とは何か?+参考文献メモ
ファンタジー短歌とは?
「ファンタジー短歌」とは現実世界(私たちが活動する生活世界)では経験できない現象や景色、思考を描写する短歌の総称であると定義できます。ファンタジックな短歌作品には、現実世界の生活者とは異なる視点が追加されています。言い換えると、描写される空間、存在、意思のいずれかの点で、現実世界からの変質がみられます。わかりやすい特徴として、妖精や魔法といったいかにもファンタジーな要素が歌に含まれることもあるでしょう。ただし、「ファンタジー」自体の意味が流動的なため、「ファンタジー短歌」の範囲も変動する可能性がある点に注意が必要です。本記事では「ファンタジー」の語の使われ方と、「ファンタジー短歌」の考え方について概要を書きます。また、参考となる文献も紹介します。
「ファンタジー」の語について
Online Etymology Dictionaryによると、<Fantasy>の語は古フランス語の fantaisie, phantasie の「幻影、想像」や、ギリシャ語の phantasiaから「幻想的な想像力」の意味を持ちます。20世紀半ばからフィクションのジャンル名の一つとしても使われるようになりました。
したがって、「ファンタジー」の語について、現在の日本語で使われている意味で分けると以下の二つになります。
①「幻想・想像・空想」の意味
②ファンタジーの要素を扱うジャンルの意味
短歌の評論では両者を混同しているケースが見受けられます。意味として間違いではないのですが、範囲が大きく変わるため、ご注意ください。
「ファンタジー」=「幻想・想像・空想」?
歌壇 2014年12月号で「短歌の空想の力—フィクションとファンタジーの魅力」が特集されていました。こちらは「ファンタジー」を「空想」の意味で使っている事例です。斉藤斎藤の総論「読者にとって『事実』とは何か」では短歌が<私性>にもとづく「事実」に見えるための条件について検討し、フィクション論を展開しています。
幻想文学としての短歌は大量に存在します。リアリズムが重視された時代は避けられたにしても、どの時代にも存在していたといえるのではないでしょうか。
この意味で「ファンタジー」の語を使うとSFやホラー等もファンタジー(空想)としてひとまとめに扱うことになり、範囲が広くなります。前衛短歌以降、虚構の使用が一般的になっているはずなので、短歌内でフィクション作品のジャンルを作ることも考えられると思います。
ファンタジーの要素を扱うジャンル?
②はファンタジー的な要素を含んだジャンル区分として使われます。ファンタジーの典型的な要素としては神話、民謡、騎士物語、妖精や魔法が挙げられます。しかし、「ファンタジーの要素」の判定はなかなか困難です。例えば、J・R・Rトールキンの『指輪物語』は一般的なファンタジーイメージの形成に大きく寄与しています。しかし、『指輪物語』的なワードだけがファンタジーの要素とはいえません。
どの要素がファンタジー的と認識されるのかについては、過去の作品や出版社のジャンル分け等に大きく影響され、共通了解がされた要素としか言いようがありません。「ファンタジー」を分類する試みは存在しますが、その境界は曖昧で、その範囲は広がり続けています。
以下の引用作品はファンタジーの要素として一定の共通了解がある語彙を使っており、わかりやすくファンタジー短歌と言えそうです。
世の涯に滅びかゆかむ幾千の伝説の中を吹ける秋風/井辻朱美
ほんたうはひとりでたべて内庭をひとりで去つていつた エヴァは/川野芽生
世界樹のこれから描こうとするもんとかかれるもんのあわいに繁る/吉岡太朗
ファンタジーの要素を取り入れる方法は二つあります。上記の井辻、川野作品のように現実世界の主体の視点から描写として取り入れる方法が一つです。もう一つは吉岡作品のように新たな空間(異世界or異空間)をつくり描写する方法です。
ファンタジー短歌の課題
以下、ファンタジー短歌の課題を3点挙げます。
(1)そもそも「ファンタジー」の範囲はどこまでで、どんな要素があるのか
(2)ファンタジー短歌内のジャンル分け
(3)短歌だけで新たなファンタジーの世界観が創れるか
(1)について、妖精や魔法といった要素については、ファンタジーの語彙として一般的に認知されています。しかし、「スライム」のようなファンタジーゲーム由来の語彙を使うことで、その作品をファンタジー短歌と呼べるのでしょうか。ゲームやアニメの普及によりファンタジーと呼ばれる作品が増加しており、その結果ファンタジーの要素や語彙は今後も拡大すると予想されます。
(2)について、小説では現実世界をベースにファンタジーの要素を扱ったジャンルは「ロー・ファンタジー」と呼ばれます。一方で、現実世界とは異なる世界観でファンタジーの要素を扱ったジャンルは「ハイ・ファンタジー」と呼ばれたりします。その他にも、「ダーク・ファンタジー」のように、小説ではさまざまなサブジャンルが存在します。短歌でも、これらのサブジャンルに倣った新たなジャンルが生まれる可能性があります。
(3)について、短歌は文字数の制約上、ファンタジーの語彙を表面的にしか使えず、新たな世界観を詳細に描くことが困難となります。さらに、現実世界への批判など、特定の目的なしにファンタジーの語彙を用いた場合、作品は参照元のファンタジー世界観の模倣にとどまります。これらが、ファンタジー短歌が一般に流行りにくい要因であると思われます。課題点については長くなってしまうので、別記事でも取り上げます。
まとめ
今回はファンタジー短歌の概要を書きました。しかし、「定義があいまいだ」という批判があるかもしれません。この点についてはまだ完全には解決できていません。今後、先行研究や具体的な作品から深掘りし、考察を深めていきます。
参考文献メモについて
歌集では②のファンタジーの要素を含む歌を採用しているものを記載しています。短歌系の雑誌やweb記事ではファンタジーの要素について語られることがほぼないため、①の意味合いでファンタジーを扱う記事も載せています。よさそうな文献があればTwitterのDMまでご連絡をお願いします。
歌集
以下はファンタジー短歌を含む歌集リストです。独断と偏見と労力の都合で網羅性は低いです。随時更新します。
・石川美南『砂の降る教室』(風媒社)2003
・ 〃 『裏島』( 本阿弥書店)2011
・ 〃 『離れ島』( 本阿弥書店)2011
・ 〃 『架空線』( 本阿弥書店)2018
・井辻朱美『地球追放』(沖積舎) 1982
・ 〃 『水族』(沖積舎) 1986
・ 〃 『吟遊歌人』(沖積舎) 1991
・ 〃 『コリオリの風』(河出書房新社) 1993
・ 〃 『風の千年伝説』(クインテッセンス出版) 1996
・ 〃 『井辻朱美歌集』(沖積舎) 2001
・ 〃 『水晶散歩 - 井辻朱美歌集』(沖積舎) 2001
・ 〃 『クラウド』(北冬舎) 2014
・大森静佳『カミーユ』(書肆侃侃房)2018
・川野芽生『Lilith』(書肆侃侃房)2020
・笹公人『念力家族』(インフォバーン)2004
・睦月都『Dance with the invisibles』(書肆侃侃房)2023
・雪舟えま『たんぽるぽる』(かばんBOOKS)2011
・吉岡太朗『ひだりききの機械』(短歌研究社)2014
・ 〃 『世界樹の素描』(書肆侃侃房)2019
▼デジコレ(オンラインで読める歌集)
その他書籍
・天瀬裕康 編『SF・科学・ファンタジー短歌集』 (短詩型SFの会)2013
・辻原僚『ファンタジー短歌研究』2024 ※BASEで販売中
雑誌記事
雑誌は特に見逃しが多いので良い記事があればご連絡ください。
・『NHK短歌』 2014年12月号 佐藤弓生編 現代短歌アンソロジー<ファンタジー>
・『歌壇』 2014年12月号(本阿弥書店)特集「短歌の空想の力—フィクションとファンタジーの魅力」
・『短歌研究』 2021年7月号 特別寄稿 花山周子「石川美南の"ファンタジー"についての考察」
・『北冬』 2015年6月号(北冬社)特集「井辻朱美責任編集[現在]から抜け出る方法と<詩の力>——。」
・『文學界』 2022年5月号(文藝春秋)特集「幻想の短歌」
・『短歌』 2024年9月号(角川文化振興財団)特集「シュルレアリスムと短歌」
幻想文学、ファンタジージャンル全般
これからファンタジー短歌を詠まれるかたに役立つ文献を紹介します。
・井辻朱美『ファンタジーの魔法空間』(岩波書店)2002
・小谷真理『ファンタジーの冒険』(筑摩書房)1998
・シーラ・イーゴフ著,酒井邦秀ほか訳『物語る力 英語圏のファンタジー文学:中世から現代まで』(偕成社)1995
・高原英理『ゴシックハート』(講談社)2004
・ツヴェタン・トドロフ著,三好郁朗訳『幻想文学論序説』(東京創元社)1999
・東雅夫『世界幻想文学大全 幻想文学入門』(筑摩書房)2012
・ブライアン・アトベリー著,谷本誠剛、菱田信彦訳『ファンタジー文学入門』(大修館書店)1999
・リン・カーター著,中村融訳『ファンタジーの歴史—空想世界』2004(東京創元社)
・ローズマリー・ジャクスン著,東雅夫下,楠昌哉編『幻想と怪奇の英文学Ⅲ 転覆の文学編』(春風社)2018
・J・R・Rトールキン著,猪熊葉子訳,『ファンタジーの世界—妖精物語について—』(精興社)1973
次に読んでほしい記事
次の記事では短歌の表現が読者の心象(頭の中のイメージ)の発生段階で、どのような影響を与えるかを考えます。
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