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貴方へ

お久しぶりです。突然のお手紙お許しください。
お元気しておりますでしょうか。

私は今、沖縄の小さな離島、竹富島に来ています。
この春大学を卒業し、4月には就職となるので、その前に1人でのんびりする時間を求めて一人旅に来ました。

東京はまだ外出するのにコートが必要なこの時期に、沖縄はTシャツ1枚で丁度の心地です。

なぜ突然手紙なんて、と、驚かれたことでしょう。

私も貴方に手紙を出す日がまた来るなんて、想像すらしていませんでした。

理由は後で書きます。
どうか今は、もうしばらく、私と同じ景色を見てください。

竹富島には、石垣島からのフェリーに揺られて、十分程度で到着します。
シーサーを乗せた赤瓦屋根が立ち並ぶ集落を抜けると、南国の花に囲まれた小道に出ます。端正に整えられた白砂の道を抜けると、一気に開けた道の先にカイジ浜が広がっています。

カイジ浜はこじんまりとした海岸で、真っ白な砂浜が有名です。
今、ハスノハギリの木陰に腰掛けて、この手紙を書いています。

沖縄に来るのも、ましてや一人旅なんてものも初めてで、この場所はなんだか時間の流れがとても緩やかです。

貴方は、毒素の一切を祓った、どこまでも澄み渡る蒼茫たる海を見たことはありますか。
水面一面に降り注ぐ光の粒を見たことはありますか。

陽光は水面にゆらゆらと降り注ぎ、その水面に守られるように、奥で色とりどりの魚達がすいすいと泳いでいます。

あまりの砂浜の白さと、エメラルドブルーの海が満遍なく陽光を孕んで、水平線の向こうまで伸びていきます。

波打ち際に屈めば、柔らかく溶けた波が優しく私に擦り寄って、その冷たさに手を浸せば、手の甲は揺らめく透明な光に包まれました。

日向は熱いですが、木陰は大変過ごしやすくて、手紙を書くのには最適です。

時折揺らめく木漏れ日が、砂浜の白を煌々と照らし、そよそよと吹く風の音に紛れて、潮の香りが鼻腔を擽ります。

木々の奥では鳥が鳴いています。

そういえば、貴方は鳥が好きでしたね。
私は鳥に関しては門外漢なので、この音の主は分かりませんが、貴方が隣に居たら、この鳥の名前を教えて貰えたでしょうか。

波が砂浜に寄り添う音、近くの民家の風鈴の音、草花の掠れる音、往来するフェリーの音、囁き合う鳥の音。

波打ち際の透明な潮が、真白の砂を拐っては返して、伸びてゆく私の影の上で遊んでいます。徐々に日が落ちて、潮が引いてゆきます。
ただ緩やかに、夜の帳を下ろしてゆきます。

どうか目を閉じて、想像してみてください。
私はこの景色を、美しいという言葉以外で表す術を知りません。

水平線の隙間から徐々に、紅が蒼をゆっくりと呑み込んでゆくこの景色に、私はある記憶を想起しました。

覚えていますか。

12年前の夏祭り、そっと両親の元を抜け出して、海に駆けましたね。
あの日の夕焼けもこんな色をしていた気がします。

最後に貴方に会ったのは、もう12年前ですね。

あの頃は私も貴方もまだ子供でした。
だからあの時、私は貴方を助けられなかったし、助ける術も知らなかった。
幼い子供に出来ることなんて、何も無かった。

無力な私は何も出来ず、気付けば12年の月日が流れ、
私も貴方ももう大人になりました。

私はこの12年間、1度も貴方を忘れたことはありませんでした。
貴方の家を通る度、貴方の影が見えはしないかと期待し、
貴方から貰った過去の手紙を読んでは1人、部屋で泣きました。

最後に手紙を出して10年。
貴方の両親に突き返されてもめげずに手紙を送り続けていましたが、2年が限界でした。

ですが12年経ってなお、私は貴方を一向に忘れることは出来ませんでした。

勿論、貴方と別れてから数多くの友人が出来ました。長く親交を持つ大切な友人も居ます。
ですが、22年生きていて、あまりに美しすぎる海を前に、この景色を伝えたいと思ったのは、貴方だけだったのです。

私はずっと、12年前の貴方の面影を追っているのでしょう。

どうか笑ってください。

1人海を眺めて黄昏れる今、夕涼みしている今、
ふと隣に望む人影は貴方でした。

大人になった貴方は、どんな顔をしているのでしょう。
幾ら想像を巡らせても、靄がかかってしまいます。

亡霊のように、ずっと私の傍に、未練として揺らめいています。

幼い頃の貴方は、くりくりの大きな目をして、その瞳は黒いビー玉のような輝きをしていました。
少し恥ずがり屋で、ポニーテールが良く似合う、誕生日に私があげたヘアゴムをいつも付けてくれていて、お餅のような柔らかい頬はいつも少し紅潮していました。

大人になった貴方は、きっともっと素敵なのでしょうね。

本当は、貴方とこの海を眺めたかった。
沈む夕日にただ焦がれたかった。

あの夏祭りの続きをしたかった。
けれど、それがもう叶うことは無いということは、私もよく分かっています。

今更手紙を寄越すなんて大変未練がましいし、
全ては思い出の美化にしか過ぎないのかもしれません。

でも、それでも良かったのです。
水平線が何処までも伸びていくように、貴方と何処かで繋がっている証が欲しかった。

伝えたいことはそれだけです。
きっとこの先、貴方と私が出会うことは無いし、
この海を一緒に見ることもないし、
夏祭りの続きをすることもありません。

それでも貴方に伝えたかった。

私は元気でやっています。
これからもきっと元気です。

貴方はどうなのか、私には分かりませんが、
ただ、貴方のこれからが少しでも、貴方にとって幸せでありますように。
そう、ずっと願っています。

太陽が沈んでいきます。
エメラルドブルーの海は夕に染まっていきます。
夕日は満月の如く輝いています。

燃えるような満月も水平線に溶けて、徐々に欠け始めてしまいました。
そろそろ筆を置きます。

読んでくれて、ありがとう。


そうそう、このカイジ浜は別名星砂の浜とも呼ばれていて、星の砂が取れる事で有名みたいですよ。

私も頑張って探してみました。
僅かばかりですが、小さな瓶に詰めたものを同封しておきます。


それでは。




つむぎ。





(カイジ浜の星の砂の持ち帰りは、実際は禁止されています)


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