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人魚歳時記 葉月前半(8月1日~15日)

1日
畑の一隅にすっくりと茎をのばす色とりどりの菊の花。じっとお盆を待っている。

2日
早朝の散歩道。或る古い家の、道に面した窓の磨り硝子ごしに、アルミ鍋やお玉などが透けて見える。不意に人影が浮かび、換気扇が盛大に回ると、昨夜のおみおつけを温め直す匂いが流れてきた。具は豆腐と葱らしい。
出汁のきいた香りは、夏の朝の暑気払いとなった。

3日
片脚上げて愛犬がおもむろに小用をたしている電柱は、線を外されて、ただの柱となっているが、「町制記念○○町昭和三七年」と、緑青の吹いた金属板が貼り付けてあった。

夏が口をあけている……暑いなぁ

4日
床屋のお婆さんが、店舗隣の駐車場に笊を並べて梅干しを干していた。早朝に犬の散歩で通りかかると「小粒だけど」と、いそいそと五、六個くれた。おにぎりに入れたら美味しかった。去年のことだ。
あの梅干しをまた食べたいなと思うけれど、今年はもうくれない。挨拶しかしない。

5日
駅近い動物病院前の伝線には、毎朝ツバメが必ず六羽止まっている。そして必ず、五羽がくっつき、一羽だけが離れて止まっている。
必ずそうなのだ。

6日
梨農家の青いネットの向こうでは、実った梨に赤い袋が被せられはじめた。

7日
早朝の散歩。田んぼ道を犬連れ、一人歩きなど、幾人も散歩している。暑くて誰もが半眼になり、喘ぐようにしながらユッタリと歩いている。すれ違う時、自然と「暑いですねぇ」と苦笑を交し合ったりする。私は単純なので、そんな顔をする人が、皆いい人に思えたりする。

8日
汗、熱気、ジリジリ焼き付いてくる陽、鮮やかな空、盛大に膨らむ白い雲、誰もいない。暑くて誰も外に出ない。向こうまで続く緑の田んぼ。絡み続ける蔓――歩みを止める。私は今、夏の腹の底にいるんだ。

9日
菜園の夏野菜が最盛期を迎えている。大玉トマトとミニトマト。流しで洗って並べると、トマトの家族ができあがる。


トマトの家族

10日
お盆近し。散髪したように、あちらこちらの庭木がすっきりと刈られている。ツゲか何かの生垣が、刈り取られてまだ片付けられずにいて、家の敷地に沿って地面に緑のラインを引いていたりする。

11日
見つめていると目玉の裏側から潤みが溢れて来そうなほどに、今の田んぼは緑。

12日
窓を開けて眠る。夜中に目を覚ますと、月で周囲が薄明るい。網戸からよい風が入る。静かだ、と思っていると、不意に「ジジッ」と蝉が濁った声で短く鳴き、庭木から何処かへと飛び立っていった。

13日
昼前にスーパーで買い物。まず最初に豆腐を選んでいると、まだ何も入れていないカゴにカマキリがいる。入口に戻り、つまんで外の植え込みの方へ放してやる。「誰か会いにきたかな?」なんて思うのは、今日がお盆だからか。

14日
数年前に御主人が、去年はコタロウという白い大きな愛犬が老衰で逝き、今はお婆さん一人が暮らしている近所のお宅。
今朝に限って門灯が灯ったままなのは、お婆さんが昨夜のお盆に、彼らを迎えたからだろう。
ヨボヨボになっても田んぼ道を散歩に励んでいた、優しいコタロウ君の姿が蘇る。


15日
何かを感じた愛犬が草むらに鼻先を突っ込むと、そこにいたコジュケイが驚いて近くの木の枝まで飛んでいき、その枝で鳴いていた蝉が慌てて何処かへ飛んで行った。


水辺にて

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