椿野人魚

小説 物語 日々の言葉のスケッチ(人魚歳時記) https://twitter.com/Tubakiningyo140

椿野人魚

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  • 人魚歳時記

    ふと目に映った風景を、言葉でスケッチしています。

  • 140字小説・物語・雑記

    X(ツィッター)に投稿した140字小説、あるいは物語の前の何か。少し手を入れたり、いれなかったりして、ここへ載せてます。

  • 短編小説

    140字よりは長い短編小説。ファンタジー、怪奇、幻想的なお話が多いかもしれません。

最近の記事

人魚歳時記 霜月 前半(11月1日~15日)

1日 朝の散歩から帰ると、昨夜のうちに煮ていたぶりんぶりんの牛筋を切り分ける。 予定が詰まっている。月が変わり、年末が見えてきて気ぜわしい。 でも愛犬が牛筋スープを平らげるのを見守る間は気を抜く。バチャクチャいう豪快な音に、神経が心地よく緩む。 外では鳥が騒がしい。 2日 神経質ですぐに暴れる愛猫だが、今年は静かに採血させてくれた。健康診断の結果は問題なし。 昼に帰宅。病院でもらった小冊子を読みつつ、お握りを二個食べる。 愛猫は人間なら七六歳になるらしい。 ストーブをつけ、

    • 人魚歳時記 神無月 後半(10月16日~31日)

      16日 曇り日の夕暮れは、浅葱色を残す空の、裾からゆっくり珊瑚色に染まっていく。 早くも葉を落とした枝垂れ桜の枝の間から、輪郭の滲んだ月が現れる。 世界の全てが淡い。 秋の空は高いから、夜が更けた頃は、月も高いところにいた。 金木犀が仄かに香り、とても良い夜だった。 17日 ドア開くとグルッポと鳩の声。薄曇りの朝。 いつものように犬と散歩に出る。 空は鈍色の奥に不思議な光をたたえ、蝶貝細工を見るよう。 静かな中、木犀が香っている。 砂がサラサラ流れるように、こんな美し

      • 人魚歳時記 神無月 前半(10月1日~15日)

        1日 田舎に暮らして良かったことは、火が身近にあること。 今朝、稲刈りが終わった田んぼで籾殻を燃やしていた。音もなく昇っていく煙。 小山に盛った籾殻の中に、チラチラ見える炎の赤。 足を止めてしばし見入る。 火や煙が身近にあると心が安らぐのを知った朝。 2日 駅前の床屋のお婆さんが、毎朝のように老人車を押して手入れに行く小さな菜園。 今朝、菜園の前を通ると、隅に植えられた柿の木の実が、もう色づいている。気の早い幾つかは落ちて、潰れている。 そういえば夏の半ば頃から、お婆さ

        • 人魚歳時記 長月 後半(9月16日~30日)

          16日 去年、不意に逝った彼女は一人暮らしだったので、家は今、ぐるりと雑草に囲まれている。勝手口横の磨り硝子の窓から透けて見える台所用品は、生前のまま。 急に涼しくなったからか、 「コストコのペーパータオルいいから」 という故人の声や顔が生々しく思い出された。 17日 朝、目玉焼きの上に座るという愚行をおかした。 コーヒーをこぼしたので、運んできた朝食のお盆を椅子の上に置き、食卓を拭いた。卓上には通知書などあって慌てたが、なんとか無事で、ホッとして、つい椅子に座ってしまっ

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        記事

          人魚歳時記 長月 前半(9月1日~15日)

          1日 この夏は姿を見せなかったが、晦日の夜、窓の向こうに貼りついていた。 愛猫が顔を近づけても微動だにしない。 寝床から眺めていたが、眠くなってスタンドを消した。 暗くなると、ヤモリはようやく動きだし、夜空を映した瑠璃色の窓から、八月と一緒にいなくなった。 2日 イチジクは青いままだから、今朝も犬と素通りしたら、主のお爺さんが出てきて、 「今が食べごろ。お約束どおり差し上げます」 と、大きな葉をかき分けて、実をもぐ。 この葉で陰部を隠したダビデ像を思い出す。 「食べごろ」

          人魚歳時記 長月 前半(9月1日~15日)

          人魚歳時記 葉月 後半(8月15日~31日)

          16日 台風の影響で風雨が強い。 鉢が倒れる音がして、吹き込んできた雨に窓が叩かれたり―― 様子が気になって戸を開けると、生温かい風にムッと包まれる。 雨と雨雲。銀色一色の世界の中で、たくさんの蝉だけが、何も変わらず鳴いていた。 17日 去って行った台風の置き土産か、早朝の空に青く長い雲があり、それが山脈に見えた.。 ふいに自分が日本アルプスの裾野で暮らしている錯覚が起きる。 犬と歩きながら、そうしたら帰る家も、そこで待っている日常も今と全然違うと思ったら、不安と不思議なト

          人魚歳時記 葉月 後半(8月15日~31日)

          人魚歳時記 葉月 前半(8月1日~15日)

          1日 曲がりくねる道沿いにある家のブロック塀に、先週からずっと蝉の抜け殻がくっついている。その間、大雨が降ったりしたけれど、綺麗なままくっついている。 今朝、指折り数えて、ここから抜け出た蝉は、もう命を燃焼し終えていることに気づいた。 2日 百日紅が満開。 二階の窓から眺めると、桃色の花が、緑の中に泡のように膨らんでいるよう。 木の下には、その花がたくさん落ちていて、つい掌いっぱい拾ってしまう。 お椀にした手の中で、くしゅりと縮れる桃色は、子供の頃、浴衣に巻いた三尺帯の端っ

          人魚歳時記 葉月 前半(8月1日~15日)

          人魚歳時記 文月 後半(7月16日~31日)

          16日 ときどき音もなく降りだし、また止む。 空は終日、乳灰色。 その下で植物が旺盛に盛り上がっている。 そして静か。 あ、こんな日が大好きだなと午後、窓の外を見て思う。 今日の天気をファイルして、好きな時に取り出し、その中で過ごしたいほど、落ち着く天気の今日。 17日 水草を間引いてバケツの水に移し替えると、翌日には、もう針子が泳いでいる。水草の根にメダカの卵がついていたのだな。 雨が波紋を作っても、その下で泳ぎ回っている。目を凝らさないと見えないほど小さい針子には

          人魚歳時記 文月 後半(7月16日~31日)

          人魚歳時記 文月 前半(7月1日~15日)

          1日 そうだ今日から七月だと、切り取ったカレンダーの6月は、湿気ってふやりと柔らかい。 素足で踏む畳は、ふかふかと膨らんでいる。 湿気を吸い込んだ柱や壁の木目から、昨日までとは違う匂いが漂ってきて、新しい季節が始まったことを知る。 雨の中で蝉が鳴きだした。 2日 目を覚ますと、開いた窓から朝の空が見えた。 青空で、一塊の雲が浮いていて、蝉の声がした。 夏なんだなぁと、梅雨も忘れてぼんやりしていると、もうやってこないはずの小学校の夏休みの朝にいるようで懐かしく、どこか甘やかな

          人魚歳時記 文月 前半(7月1日~15日)

          人魚歳時記 水無月 後半(6月16日~30日)

          16日 日曜の早朝、雨上がりで蒸している。誰もいない。 愛犬と細い道に入り、立ち止まってボトルの水を飲んでいると、背後にひそりと気配を感じた。 犬でも来るのかと振り返ると、一軒の塀から道まで伸びた枝から、白い夏椿の花が落ちていった。 17日 空が映る水田を覗き込むと、 水中には藁屑の残りや、そこに絡みつく藻が緑の煙のように漂っていたり、 水底で隆起する土が、望遠鏡で覗いたどこかの惑星を見ているようだったりで、 つい見入っていたらアメンボが波紋を広げて通り過ぎ、あっという間に

          人魚歳時記 水無月 後半(6月16日~30日)

          人魚歳時記 水無月 前半(6月1日~15日)

          1日 早朝、広い道には人も車も見あたらない。 旧国道を挟んだ向こうの道に、リードのない犬がいる。繋いだ金具が外れて、夜中に何処かの庭から飛びだしてきたのだろう。 こちらへ来るかなと見ていたら、道の奧、緑濃い水田の方へと小走りに消えていった。 2日 田を満たしていく放水のしぶき。 サギの群れ。 整列する早苗。 どこまでも変わらない農道の風景。 道は長く、少し飽きる。 思いたって目を閉じて歩くと、傍らの愛犬が身に着ける、ステンレススチールの鑑札が揺れて、カリンカリンと鈴みたいな

          人魚歳時記 水無月 前半(6月1日~15日)

          人魚歳時記 皐月 後半(5月16日~31日)

          16日 用水路の脇に三輪車と小さな魚網が放置されていてドキリとした。 周囲には誰もいない。まさかと覗きこんだが、用水路に異変はない。 でも三輪車には子供の気配が濃厚に残っていて幽霊に遭った気がした。 きっと曇り空のせいだ。 17日 心が蕾に戻って、次の花になるのを待っている。 だから今は書くよりも、 「ふふん、ふふん」と、 何かを読んで過ごしていたい。 今日は暑すぎる。 18日 朝食後に外出。赤信号で停まっていると、隣の右折レーンに軽トラが滑り込む。荷台に大きな犬を乗

          人魚歳時記 皐月 後半(5月16日~31日)

          人魚歳時記 皐月 前半(5月1日~15日)

          1日 鉄柵に絡んだクレマチス。家の中から聞こえるピアノ――通りかかった家の前で、既視感から足を止める。 世界が広く、奇跡を信じていた私は、ランドセルを背負い、友達と下校しながら、花盗み人になって遊んだ―― 雨が落ちてきて我に返る。 今年の皐月は冷たい雨から始まった。 2日 近所の廃屋。 家屋は日ごとに朽ちていくが、庭木は常に緑濃く、花も美しい。 打ち捨てられた家に、今年は変化があった。 裏庭に植えられた藤が、手入れもないまま元気よく、家の壁を頼りにとうとう屋根まで蔓を伸

          人魚歳時記 皐月 前半(5月1日~15日)

          お庭の薔薇は可哀そう (詩)

          お庭の薔薇は可哀そう 朝から雨がふりやまず さむくて淋しくうつむいた お昼を過ぎると赤い傘 隣のみぃちゃんやって来て キレイね キレイね キレイよね お花の雨つぶ 宝石ね 薔薇はすっかり喜んで お顔を上げるとみぃちゃんが キレイね キレイね キレイよね

          お庭の薔薇は可哀そう (詩)

          人魚歳時記 卯月 後半(4月16日~30日)

          16日 朝、ウドをいただきに駅前のT宅へ伺う。犬の散歩を兼ねているので遠回りする。 菜の花の向こうで耕運中のトラクターを、少し離れた所から白鷺が見守っている。墓場で蛙が鳴いた。椿の根元は落花で一面赤い。 美しい朝。 キンピラ。天ぷら。ウドをどう食べるか考えて歩いた。 17日 あまりにも顔がぼんやりしているから、きっちりお化粧をしたら、知らない顔になった。 冬の間、体の奥に押し留められていたものが、暖かくなって一気に面に出てきたみたいだ。 なんとなく指輪がキツイ。指も浮腫む

          人魚歳時記 卯月 後半(4月16日~30日)

          人魚歳時記 卯月 前半(4月1日~15日)

          1日 植えた覚えのない球根たちが、庭のあちこちで頭を出している。 ムスカリの青。イチゴ菓子の色したヒヤシンス。どれも可愛い花の頭。 植えた時、色々と思いを込めていたのだろうけれど、数年が経ち、今はすっかり忘れている。 ぬくむ空気の中、花が愛らしいばかり。 2日 引退した農家の老人が、自家用の野菜を作っている小さな菜園の傍らに、桜の巨木がある。 あの日、彼は桜を見上げていた。風が吹いて、満開の花が音もなく吹雪いても微動だにせずに―― 今年、その巨木は切り倒された。あのお爺さ

          人魚歳時記 卯月 前半(4月1日~15日)