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【短編連作】神木町

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一つ一つ独立した短編として読めます。
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#神木町シリーズ

06 団子屋の息子のこと

06 団子屋の息子のこと

 いつも必ずお代わりし、時には、誰かが残した給食まで頂こうとするカナコに異変があったのを、わしは先週から気づいていた。
 給食半ばで人目を盗んで、カナコはパンを半分に千切り、その半分をプリントに包み、机の中に突っ込む。本人だけ知られてないつもりでおるが、カナコより後ろの席の者は、とうに気づいておった。ただ、そんなこと言うても、カナコが大騒ぎするだけで面倒くさいので、だれも何も言わんだけじゃった。

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07 式歌を弾く者

07 式歌を弾く者

「郷田満子ちゃん家には、ピアノがあるぞ。それが、どんなに羨ましいことであるのか、お前には分かるまい」
「分からんの」
「それもの、アップライトピアノじゃのうてグランドピアノじゃ」
「どう違うのか」
「第二音楽室にある、ちっさい、四角いピアノがアップライトでのー、第一音楽室やら体育館やらに置いてある、奥行きのある、でっかいんがのー、グランドじゃ」
「お前、なんでそんな事に詳しいんじゃ」
「満子に習う

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11 母、逃げる

11 母、逃げる

「サッちゃん。ちょっと」
 振り返ると、人混みの中にしのぶさんが立っていた。今日は祭りなんで神社の白い半被を着ている。
「あ。こんばんは」
 しのぶさんは、うちのお母さんの親戚だ。姪とかいってたっけ。この神社に嫁に入った。お母さんが出て行ってから、親戚同士はなんとなく疎遠になっていったけど、しのぶさんだけは、今も何かと私を気にかけてくれている。
「ちよっと、いいかな」
 しのぶさんがまた言う。側に

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13 生活

13 生活

「健ちゃん。二種取れたんだって?」
「はい。お陰様で」
 この春の試験で、ようやっと電気工事士2種の資格がとれた。これで、屋内配線の工事も、電器製品の取り付けもできるようになった。時間はかかったが。
 運転席の義正さんは、大学が休みの間、親父さんの電器店を手伝っている。アルバイト代も出るらしい。親子といえども、そこはしっかりしている。
「幸子が言ってたぞ。随分勉強、頑張ったって」
「三年かかりまし

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15 家出

15 家出

 家を出て、頼るところもなくて、結局、駅でひと晩明かした。始発で東京に出ようかと思っていた。
 それなのに夜が明けて、始発が来ても乗れなかった。勤め人の人とか通学の生徒さんやらがだんだんに増えてきて、駅を離れた。
 行くところがなくて、結局木村電器店の前にいた。親父さんが店を開ける時、私に気づいて店に入れてくれた。いきさつを話して、朝ご飯をいただいて、奥の部屋で寝かせてもらった。気を遣って幸子ちゃ

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24 再会

24 再会

 アパートのドアを開けると、駅前の駐在さんが立っていた。
「ああ、ヨッちゃん。朝早うからすまんの」
「なんですか」
 昨日も出歩かず、家で飯を作って食った。酒は飲まない。だから、喧嘩も随分ご無沙汰だ。
「実はの、ちょっと確かめたいことがあっての。この人、知っちょるか」
と、住所と人名の書かれた紙を渡される。
「・・・」
「いや、県警から問い合わせがあっての」
「親父ですが」
紙を突き返そうとしたが

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29 舞祭【エピローグ】

29 舞祭【エピローグ】

 今年から、7月12日の夏祭りを舞祭とした。別に10月20日に収穫祭としての秋祭りを復活させ、ここでも舞を披露する。正月の舞始めと合わせると、計三回、神楽舞を奉納することになる。
 一時期、神楽舞は舞手を失って存続が危ぶまれた。舞手は氏子の中から、未婚の女性が選ばれる。おそらく百年単位で繋がる伝統だったが、堅苦しい、古臭い、練習に時間が取られるなどと敬遠され、とうとう誰も舞手のいない年があった。

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