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15 家出

 家を出て、頼るところもなくて、結局、駅でひと晩明かした。始発で東京に出ようかと思っていた。
 それなのに夜が明けて、始発が来ても乗れなかった。勤め人の人とか通学の生徒さんやらがだんだんに増えてきて、駅を離れた。
 行くところがなくて、結局木村電器店の前にいた。親父さんが店を開ける時、私に気づいて店に入れてくれた。いきさつを話して、朝ご飯をいただいて、奥の部屋で寝かせてもらった。気を遣って幸子ちゃんは何も言わなかった。
 目を開けると、枕元に健ちゃんがいた。
「家出したんじゃって?」
「もう戻らん」
「悪い。俺が余計なこと言うたわ」
首を振った。
「もう限界じゃった」
「これからどうする」
「ここを出て東京へ行く」
「あほ。幸子の母ちゃんの真似か。お前にできるか」
 布団をずうっと顔の上まであげる。なんか、合わす顔がないように思った。
「今、木村の親父さんが、お前の家に行っとる」
「・・・」
「暫くは、ここに居れ。幸子の母ちゃんの部屋が空いとるから、使うてええそうじゃ」
「・・・」
「前、仕事のこと、親父さんに訊いてみる言うて約束したろう。覚えちょるか」
「・・・うん」
「大角建設、知っちょるか」
「うん」
「口、きいてもろうて、事務の仕事に入れそうじゃって。なんでも、奥さんがそろそろ事務仕事、引退したいとかで、後を探しちょるんやて」
「でも、私、事務のことなんも知らんもん」
「奥さんもすぐに辞めはせん。仕事、教えてもらい。夜学のことも話してあるそうじゃ。仕事は5時まで。そっから夜学行きゃあええ。それで簿記じゃったっけ、それを勉強すりゃあええ」
「うん」
「じゃけど、うどん屋の方は、お前で話せえよ。急に辞められたら、向こうも困ろうが。じゃから今月いっぱいはうどん屋行き。それで辞めるちて、お前の口から言わんといけん。できるか」
「うん。できる」
「そうか。じゃったら、布団を下ろして、顔を見せい」
 顔を出す。申し訳ないやら嬉しいやらホッとするやら、健ちゃんの顔を見ると、全部上手くいく、と安心できた。
「あとな」
「うん」
「夜学はただでは行けんぞ。試験があるぞ」
「試験か!」
「英語もあるぞ」
「え、英語かあ!」
「幸子ちゃんが、教科書とか問題集とか貸してくれるそうじゃ。わからんとこは訊いてって言いよった。年下やけど、わからんとこは教えてもらい」
「健ちゃん」
「なんか」
「一緒に勉強しようやぁ」
「あほか。死んでも嫌じゃ」

 それから暫く、木村電器店でお世話になることになった。
 でも、私にはひとつ心残りがあった。健ちゃんが漫画をやめてしまったことだ。健ちゃんは家族のことや、もしかしたら私のことで、大好きだった漫画をやめてしまった。なんか、自分らが、自分らのせいで、健ちゃんから漫画を取り上げたんではなかろうか。なんか、いろんなことを健ちゃんに背負わせて、健ちゃんの大事なもんを、私らがとりあげたんじゃなかろうか。
 勉強の合間に、幸子ちゃんに言うてみた。幸子ちゃんは暫く考えて、
「私も気になっちょったんじゃ。ひとつ、ええ考えがある」
て、受けおうてくれた。
「うちのクラスに山本いう漫画馬鹿がおる。あいつを使おう」
「迷惑はかからんか」
「なんの。山本にはいくら迷惑かけてもかまわん」
「なんでじゃ」
「山本は私に惚れとるからじゃ」
「ちゅうても、やっぱり」
「ええんじゃ。私も山本に惚れとるけえの」
幸子ちゃんはニッと笑う。ああ、とんだお惚気を言わしてしもうた。
          了

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