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【短編連作】神木町

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一つ一つ独立した短編として読めます。
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2024年1月の記事一覧

【短編小説】大工

【短編小説】大工

 母ちゃんは、結局五時頃に戻ってきた。ハツコをおんぶして、買い物かごに大根やら白菜やらを入れて。じゃから買い物をしていたのに間違いはない。でも遅いと思うた。理由は訊けんかった。
 わしが今日小学校をサボったからじゃ。それが母ちゃんにバレては困るんで、余計なことは言わん。自分では行くつもりであったが、今朝、父ちゃんに、学校なんか行くな仕事を手伝え、と言われた。二日酔いで仕事どころでなかったんじゃろう

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【短編小説】橋

【短編小説】橋

 山田川にかかる木橋の側に立つ。欄干に付いている橋の名前のプレートを雑巾でゴシゴシ拭いた。
花容橋。
「なんて読むんじゃ」
「カヨウバシかの」
「ええ名前じゃ。初めて知った。どういう意味じゃろ」
「知らんわ」
幸子はそう言って写真を撮る。

夏休みの宿題が、"町を調べよう"だった。
「お年寄りに昔話を聞いてもいい。町のハザードマップでもいい。神社やお寺の由来を調べても、商店街のお店を調べてもいい。

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【短編小説】神楽舞

【短編小説】神楽舞

 夏祭りの夜に境内でその勝負は始まった。
 晩方、俺は神楽が見たいというカナコんところの清子婆さんと神社に来ていた。一緒に行くはずだったカナコは、熱を出して寝込んでいる。カナコの母ちゃんに頼まれて、俺が行くことになったのだ。
「タツ、すまんのう」
「なんの。カナコには借りがあるけえの。それより、御神楽が今年で終い言うんは本当か」
「神社の修繕があるちうからの。おう、タツの親父も大工で入っとるらしい

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【短編小説】さえ子

【短編小説】さえ子

「やっと仕事が決まったんに、もう辞めるちゅうの」
お母ちゃんは、ため息をついて、天井を見上げる。
「定時制高校に行きたいんじゃ」
ずっと考え考えして、今日やっと言えた。言ってしまえば、もう後戻りはできない。
「定時? 夜学か。行ってどうするんじゃ。銀行員にでもなるつもりか。アホらし。そんなんなれるか」
「別に銀行員にならんでもええよ。簿記とかの勉強をして、ちゃんとした会社にはいりたいんじゃ」
「あ

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【短編小説】町田さん

【短編小説】町田さん

 駅のトイレで化粧を直して、帰りの電車に乗った。結婚相談所のある駅から四つ目が私の駅だった。
「入会ご希望の際は、いつでもお電話くださいね」
係の女性はニッコリ笑って言った。
私は心が疲れていた。
34で、前の恋愛が不倫で、そんなことを真面目に洗いざらい喋ってしまったからだ。
嘘でもよかったんだ。
適当な嘘を言って、その質問をやり過ごせばよかったんだ。
それさえ思いつかない、自分の融通のなさが、機

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【短編小説】三婆

【短編小説】三婆

 八百青のハルさんがまだらボケになったのを、うちの婆さんと、仲良しの清子さんは大変心配している。三人とも八十超えているので、次は我が身と思うのか、二人はハルさんの病状にとても関心があるのだ。
「ハルさん。なんぼボケたいうても、ずっと家におったら、ようなかろう」
「ハルさんには皆んな世話になった癖に、ボケてしもうたら知らん顔じゃあ、あんまり酷かろう」
「じゃの」
と二人で僕の顔を見る。無事医大に合格

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