マイクロ・フルフィルメント・センターは日本に浸透する?
スーパーマーケットなど店舗の敷地内に、オンライン注文に対応した小型の物流倉庫を整備するマイクロ・フルフィルメント・センター(MFC)。アメリカではICTやロボティクスを活用してMFCを構築する動きがトレンド化していますが、日本でも広がる可能性はあるのでしょうか?
小売業のDXに関する有識者である郡司昇氏に、MFCの本質的な価値や今後の可能性についてお聞きしました。
店舗の棚配置は、ネット注文のピックアップに最適化されていない
――海外ではWalmartやKrogerなどの大手スーパーマーケットチェーンがMFCを積極的に展開していますが、そもそもMFCにはどのような特徴やメリットがあるのでしょうか?
郡司氏:MFCの目的はピックアップの効率化です。なぜ効率化が必要なのかというと、オンライン注文が急増し、店舗在庫のピックアップが追い付かなくなっているからです。
例えば、アメリカではオンラインで注文して実店舗の駐車場で商品を受け取るカーブサイドピックアップを含むBOPIS(Buy Online Pick-up in Store)がものすごい勢いで浸透しているので、店内は買い物客よりもピックアップするスタッフのほうが多い状態になっています。それでも1日に対応できる件数には限りがあるので、増え続けるオンライン注文に対応しきれなくなっています。
そもそもお店は、お客さんに店内をたくさん歩いてもらえるような動線設計がされていますよね。ドラッグストアであれば、入り口から一番遠い棚にトイレットペーパーなどの買上率の高い商品を置いていますし、スーパーでも売れ筋商品を店内に散らばるように配置しています。でも、オンライン注文の商品をピックアップする人にとっては、店内を歩き回らないといけないのは不便なわけです。一方、ネット通販専用のフルフィルメントセンターは、梱包場所の近くに売れ筋商品を置いています。
要するに、できるだけ歩いて欲しいお店の棚配置と、効率的にピックアップしたいオンライン注文の棚配置は全く異なるので、一定のオンライン注文が発生するならば、オンライン注文に最適化された倉庫を作ったほうが効率的ですし、さらに注文数が増えるのであれば、ロボットやデータを活用したMFCが必要だよね、という発想になるのです。
――そうすると、ある程度の売上規模がないとMFCを導入する意味はないということでしょうか?
郡司氏:オンライン注文数が多くない店舗には必要ないですよね。当然ですがMFCの導入・運営にはコストがかかるので、投資対効果が合わないと意味がないですから。
店舗併設型倉庫のメリットは、生鮮食品配送やBOPIS対応
――なるほど。でもオンライン注文専用の倉庫なら、必ずしも実店舗に併設する必要はない気がするのですが、実店舗に併設するとどんなメリットがあるのですか?
郡司氏:実店舗とのハイブリッドにするメリットは2つあります。まず一つは、生鮮食品や冷凍食品は倉庫での管理にコストがかかるので、店舗に陳列してあるものをピックアップしたほうが効率的なんですよね。実際、WalmartでもMFCに生鮮食品は置かず、売り場にあるものを人がピックアップしています。
もう一つが、BOPISの受け取り拠点になれるということ。ネット通販専用の倉庫から配送すると、どうしても送料の負担が大きくなってしまいます。お客さんから送料を取ると受注が減るし、送料無料にすると今度は経営を圧迫する要因になってしまいます。お客さんに取りに来てもらえれば送料がかからないですからね。また、一つひとつ品物にばらつきがある生鮮食品はネットじゃなくて実店舗で見て買いたいというお客さんも少なくないので、そういったニーズに応えるためにも店舗と倉庫のハイブリッド型は合理的なんです。
ちなみに食品スーパーマーケットであるAmazon Freshの場合、最初はネット販売専用のダークストアにカーブサイドピックアップ用の駐車場を備えた形でスタートしています。しかし、それだとやっぱり生鮮食品を欠品なく新鮮なうちに売り切るのが難しいし、近くに住んでいる人はわざわざネットで注文せずに店舗で買えたほうが便利なので、実店舗も兼ねたものに変わりました。
逆にWalmartの場合は実店舗を展開してきた中で、BOPISの注文数がかなり増えたので、ダークストアを作るよりもMFCを作ったほうが費用対効果は高いという判断をしたわけです。
日本でクイックコマースは成立するのか?
――最近、リテール領域で「クイックコマース」が盛り上がっているようですが、盒馬鮮生(フーマー)や毎日優鮮(ミスフレッシュ)など中国の生鮮食品ECでも同じようなことをしているように思います。これらはクイックコマースになりますか?
郡司氏:クイックコマースについて網羅性を担保した定義をするならば「注文から30分以内を目安に商品を届けるサービス」ということになるでしょう。
ミスフレッシュは配達先から3km以内の場所に、小型の倉庫を多数置いて、地域一帯をカバーする方式です。2017年から展開が始まったフーマーは店舗の在庫を活用して同様の地域一帯をカバーするサービスです。いずれも30分前後で届けるサービスですので、クイックコマースとも言えると考えます。
品質・鮮度にバラツキの大きな生鮮食品を実店舗で確認することもできる点が2017年に始まったフーマーの強みであり、既存大手スーパー各社もフーマーを模倣した新業態を立て続けに出店することになりました。2019年に上海を訪れた際にはそれらが非常に増えていたのですが、コロナ禍の需要に対応できた企業とそうでない企業で業績に差が開いているようです。
――中国では、フーマーやミスフレッシュのようなビジネスはどのようにして成り立っているのでしょうか?
郡司氏:まず一つ言えるのは、これらは比較的価格帯が高いスーパーであるということ。品質や安全性にこだわった商品を提供しており、可処分所得の高い人たちがメインターゲットです。中国では食に対する信頼の問題で生活者が企業を信用していない側面があるので、高価格でも品質の良い商品であれば満足してもらえる層から支持されているんです。また、車普及率の低さや、農村部から出稼ぎに出て配達をしている人と、サービスを利用する都市部の人の所得格差がかなり大きいことも、サービスを成立させている要因の一つだと考えられます。
なので、日本でもフーマーやミスフレッシュのようなビジネスモデルを展開できるかというと、都心のごく一部の地域なら成立するかもしれませんが、幅広い地域に浸透するかというと、社会背景が異なるので工夫が必要でしょうね。
――確かに、フードデリバリーサービスもいまのところ日本で浸透しているのは一部の地域のような気がします。
郡司氏:そういえば、スタートアップ企業のROMSが、吾妻橋の無人コンビニを「ナノ・フルフィルメント・センター」として活用し、2km圏内の個人宅へ注文から60分以内に配送するクイックコマースを実証実験していました。実際に利用したユーザーからの評判はとても良かったと聞いているので、買い物体験としては日本でも受け入れられる可能性はありますよね。実験で終わらないためには、狭小商圏での需要量を見極める必要があります。
――やはり、ある程度の注文数を確保していることが、MFCを成立させるための条件になりそうですね。
郡司氏:あとは、他のビジネスとMFCの結び付けなら可能性があるかもしれません。例えば、人口減少と高齢化がどんどん進む中で、買い物代行へのニーズは高まると思います。介護の文脈であればある程度の金額のサービスでも受け入れられるでしょうから、買い物代行の効率化にMFCを活用することはできるかもしれませんね。
中国では地域の人たちがECサイトの食品や日用品を共同購入し、近くの小規模経営のパパママショップなどで受け取る興盛優選というサービスが拡大しています。地域住民にとっては馴染みのある店で手軽に商品が受け取れるメリットがありますし、受け取り拠点の店舗は手数料収入が入ります。ECサイト側も個人宅に届けるより配送効率が良いので、三方良しのサービスと言えるでしょう。日本でもコンビニのフランチャイズ店などで同様のサービスが受け入れられる可能性はありそうですよね。
【プロフィール】
郡司 昇(ぐんじ のぼる)
店舗のICT活用研究所 代表
ドラッグストア大手ココカラファインでEC事業会社社長として事業黒字化の後、全社マーケティング戦略を策定。マーケティングとECの責任者兼任。現職は小売業のデジタルトランスフォーメーションにおける小売業、ベンダー、顧客の三方良しを支援するコンサルタント。新著に『小売業の本質: 小売業5.0』。