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時給1,500円時代に待ったなし 店舗の内と外でロボットを活用

物価高や人手不足が叫ばれる中、労働者の賃金引き上げに関する議論が活発になっています。働き手にとってはうれしい取り組みですが、企業は賃金上昇に耐えうる対策を考える必要があります。その解決策の一つとして期待されているのが、ロボット活用による生産性向上です。
今回は自治体や企業が推進するロボット活用の事例について、「販売革新」編集委員 梅澤聡さんにレポートいただきました。

急カーブを描いて上昇する最低賃金

生産性向上への取り組みが、いよいよ待ったなしの状況です。主要先進国で賃金の伸び率がとても低いわが国にとって、業務効率化は重要な課題です。
先の衆院選で与野党ともに、ほぼ全ての党が最低賃金を問題にしており、石破茂首相は就任会見で「2020年代に1,500円」の実現を表明、他党も1,500円を早急に目指すとしています。この動向に対して、とりわけ厳しいのが小売業界、飲食業界です。業界の特性上、非熟練のパートタイマーを多く雇用していることから、時給を最低賃金に近い数字に設定している企業も多く、今後1,055円(2024年度全国加重平均額)の最低賃金が急上昇のカーブを描いた際に、果して耐えられるのかが懸念されます。

その一つの解決策がロボットの導入です。代替できる業務についてはロボット化を促進し、それを単なる人手不足解消や人件費削減に利用するのではなく、人にしかできない仕事に振り向けていく。その結果として、生産性が向上して、業務効率化が果たされる取り組みが期待されます。

本稿では、ロボット導入を推進する自治体の動き、そして近年登場したさまざまなロボットの活用事例を見ていきます。

大型商業施設に必要な数々のロボット

神奈川県は2023年7月に「ロボット実装促進センター」を設置しています。県では2013年2月に国から指定を受けた「さがみロボット産業特区」を有しており、その取り組みの一つとして、同センターでは、県内の商業施設や病院、宿泊業などを対象に、ロボットの活用をサポートして、施設が抱えるさまざまな課題を解決するとしています。
生産性向上に取り組む施設と、ロボットの開発企業をマッチングさせ、改良に関わる経費の支援や、運用方法の検討、効果検証などの伴走支援を同センターが行うというものです。

現在、ロボットやドローンの開発企業と、その導入を希望する施設を募集し、実証実験に取り組んでいます。
同センターの設置に先がけて、県では2022年11月~23年1月にかけてショッピングセンター「アリオ橋本」(神奈川県相模原市、主要店舗はイトーヨーカドーアリオ橋本店)において、ロボットの導入実証を実施しています。
24年度も新たな商業施設とロボット開発メーカーを募集して、実証実験を行う予定です。

ここでは、アリオ橋本におけるロボットの実証実験を振り返ってみます(現在は終了)。

1つ目は「品出し支援ロボット」。飲料やビール、米などの重量物を、バックヤードから売場までロボットがカゴ車を引いて自律搬送します。既存の施設の導線を変えないまま、指定された陳列棚まで商品を運んでくれるのです。こうした品出しロボットは、ホームセンター大手のカインズでも、一部の店舗で現在、稼働しています。

「品出し支援ロボット」。実装実験では安全性に考慮して営業時間外に実施
(取材時に筆者撮影)

2つ目は「買物カゴ/カート回収運搬支援ロボット」。商業施設の入り口付近の買物カゴやカートは、時間の経過とともに出口付近に滞留してしまいます。その買物カゴやカートをロボットがまとめて牽引して、元の位置まで戻します。ロボットに代替させたい仕事です。

「買物カゴ/カート回収運搬支援ロボット」。15台程度を一度に引くことができる
(取材時に筆者撮影)

3つ目が「アテンドロボット」。お客様を椅子型のロボットに乗せて、従業員に追従させてロボットを走行させることで、アテンドサービスの円滑化を図ります。
もともとは視覚障碍者に肩を貸して歩くことを、インフォメーションサービスで実施していました。それがコロナ禍に入り、感染リスクを考慮して休止していましたが、ロボットの活用により、感染症対策をとった形で復活させたのです。

「アテンドロボット」のデモンストレーション。障碍者への施設案内サービスを実施
(取材時に筆者撮影)

4つ目は「案内ロボット」。アリオ橋本では、140以上のテナントで構成される広大な館内に、インフォメーションセンターが1カ所しかありません。そこで、別の入り口側にロボットを置くことによりスムーズな案内を実現しました。地図表示や遠隔コミュニケーション、自律移動による誘導を実施することで、お客様満足度を向上させています。

「案内ロボット」。授乳室や喫煙所といった、お客様によく聞かれる8つの場所を設定。
不明点はビデオコールの利用も可能(取材時に筆者撮影)

他にも「配膳ロボット」や「清掃ロボット」を扱うロボットメーカーが実証実験に参加しました。
その後、アリオ橋本では、お客様の案内用ロボットと、ディスプレイに広告コンテンツを掲載しながら館内を周回する新たなロボットを採用しています。

アリオ橋本の野尻敏行支配人は(実証実験取材当時)次のようにロボットの利点を指摘します。

ロボットを稼働させることで、従業員に新たな時間が生まれます。その時間を、販売計画や売場の演出、接客に振り向けられます。あるいは、カートや買物カゴを引くロボットを見たお客様、特にお子様が非常に興味を示して手を振ってくれるなど、楽しさも提供しています。清掃ロボットも、営業時間外の早朝、深夜の労働を低減でき、スタッフの負担を軽くできます

ロボットといえば、とかく作業人時の抑制によるコスト削減対策と見られますが、それだけではなく、買物体験の向上、子どもたちに向けたエンターテインメント性の打ち出し、従業員のより良い仕事体験などにも期待が持てます。

AIカメラを搭載する清掃ロボット

昔は深夜にコンビニを訪れると、床に洗浄液をまいて、円形のブラシを搭載した電動の「床用ポリッシャー」を操っている姿をよく見掛けました。現在は床材の改良により、掃き掃除、拭き掃除で済んでいるようです。

ここに、ファミリーマートは全自動の「多機能型床清掃ロボット」を導入しました。店舗従業員が行う1日3回、計1時間の清掃業務削減につなげています。チェーン本部は、創出された時間を売場づくりや店舗従業員の育成に活用することで、運営力の向上に期待しています。

それだけではありません。“多機能型”と記すだけに、他にいくつかの機能を備えています。

1つ目は「小型モニター」。ファミマの約1万店舗に設置されているデジタルサイネージ「FamilyMartVision」で放映されている商品告知と同様の動画を、清掃ロボットのモニター画面で流して購入を促進します。

2つ目は「商品の陳列」。清掃ロボットに商品陳列スペースを設けて、サイネージやモニター画面で告知している商品の陳列・訴求を可能としています。

3つ目は「AIカメラの活用」。今後はAIカメラの追加実装を予定し、床清掃をしながら売場の状況を録画し、売場の管理者が店舗を不在にしても外から状況を把握できるようにする計画です。さらにAIカメラにより、棚に陳列している商品の在庫状況を把握して、店舗従業員に通知し、商品補充を促す機能を付加していくとしています。

ファミマは、こうした多機能型床清掃ロボットの実証実験を2024年10月中旬から26都府県の約60店舗でスタートさせています。

ファミマの「多機能型床清掃ロボット」。
今後はAIカメラを搭載して、売場管理にも役立てる(ファミリーマート提供)

リアル店舗のデジタルサイネージと、精算機能を付けたスマホアプリ「ファミペイ」の他に、ファミペイの利用者が店内に入ると、提携メーカーの新商品広告やクーポンをスマホ上でプッシュ通知するための小型端末「ビーコン」を1万4,800店舗に設置完了しています。

ファミマはこれらに多機能型床清掃ロボットも加えて、コンビニ業態のデジタル化を前進させています。

従業員待望の飲料補充ロボット

コンビニで実験が進められているロボットは他に「飲料補充ロボット」があります。飲料を陳列しているケースの裏側で、在庫棚から冷蔵ケースに補充する作業をロボットにさせる実験です。

コンビニの従業員が嫌う仕事のトップはトイレ掃除、その次が飲料補充といわれています。冷蔵ケースの裏側も冷気が入っているので、特に女性や高齢者にとって厳しい作業環境です。そこをロボット化すれば生産性が向上するだけでなく、従業員の採用にも有利に働きます。

飲料補充ロボットは、単に右から左に商品を移動させるだけでなく、POSと連動して陳列量やフェース(陳列棚の列数)の管理も可能としています。

ファミマが2021年11月より実験をスタートしましたが、現在は一時ストップして改善点を洗い出しているようです。ローソンもファミマに続いて、2024年9月に飲料補充ロボットの導入計画を発表しています。

コンビニの店舗は立地によって形状が異なるため、一律に同じ設備を組み込むことは難しいと考えます。その点をどうクリアしていくのかが課題になるでしょう。

ローソンが9月に実施した記者会見で公開した「飲料補充ロボット」
(取材時に筆者撮影)

改正道路交通法で遠隔操作が可能に

以上、施設内、店舗内のロボットを見てきました。次は店舗外の「配送ロボット」をご紹介します。

楽天は24年11月6日より、東京都中央区晴海全域と、月島と勝どきの一部で、「自動配送ロボット」による小売店や飲食店の商品配送サービス「楽天無人配送」を、テスト運用を経て正式に提供しています。自動配送ロボットは人が随行せず、遠隔操作により、最高時速5.4kmで運行しています。
同社は2021年3月、神奈川県横須賀市の西友店舗を拠点に、国内で初めて自動配送ロボットの公道走行による配送サービスの実験を実施、そして2022年11月より期間を限定しない定常サービスを茨城県・つくば駅周辺で展開してきました(23年12月に終了)。

今回の無人配送サービスでは、利用者はスマートフォン向けの専用サイトから注文できます。対象店舗は晴海周辺の「スターバックスコーヒー」「スーパーマーケット文化堂」「吉野家」の3店舗で、温かい料理や冷たい飲み物、生鮮品、冷凍食品、日用品といった、温度帯にかかわらず5,300アイテム以上の商品を、指定の場所(晴海周辺のマンション、オフィス、公園など62カ所)で受け取ることができます。

お届け時間は最短30分から最長6日先まで、10~21時までの15分ごとの枠から指定できます。ロボットの現在地や到着予定時刻も専用サイトで確認可能で、到着時には自動音声電話とSMSにより通知される暗証番号を機体の操作パネルに入力して、商品を受け取ることができます。

楽天は、インターネットショッピングを拡大する一方で、今後の配送・物流を担う人手不足を懸念しています。今回の自動配送ロボットは、無人配送によるラストワンマイルの解決を見据えた取り組みであり、サービスの拡大が期待されます。

一方、オンラインフードデリバリーのUber Eats Japan(以下、ウーバーイーツ)も2024年3月より、東京・日本橋エリアで、遠隔監視操作のもとで走行する「デリバリーロボット」を運行しています。飲食店2店舗のデリバリーから開始、翌4月にはファミリーレストラン大手の「ガスト」を加えて、主に周辺のオフィスに温かい食事を届けるなどしています。

楽天、ウーバーイーツともに、2023年4月1日施行の改正道路交通法により、遠隔監視などを条件にした配送ロボットの公道での巡回が可能になったことが、事業推進の大きな後押しになっています。

ロボット活用で期待されることは、目の前の人手不足解消です。従来の人の仕事をロボットに置き換えて、少ない人員でのやり繰りを可能とします。ただし、それだけでは単なる人減らしであり、縮小均衡に陥る懸念もあります。
ロボットにより業務効率化を推進すると同時に、人にしかできない、利用者に喜びをもたらす、新たな売上と利益をつくる仕事を創造していきたいものです。

(取材・文:「販売革新」編集委員 梅澤聡)

商業施設やスーパー、コンビニ、配送などのロボット活用事例をご紹介いただきました。いずれの事例もコスト削減よりも生産性向上や顧客体験の向上といった価値創出を目指しているところが印象的で、働き手にとっても、お客さんにとっても便利であるとうれしいロボット活用を追求していることがうかがえます。
神奈川県の「さがみロボット産業特区」の取り組みや、配送ロボットの公道巡回を条件付きで許可する法改正など、自治体や国の後押しも大きな推進力となっているようで、このような官民連携の動きが増えていくと新しいアイデアもどんどん出てきそうですね。

実証実験が進む中で、コンビニでは一律に同じ設備を組み込むことが難しいといったロボット導入の課題も出てきていると思いますので、それらをどのように解決していくのかも含めて、今後の動きに注目していきたいと思います。