ギャップを埋める!?デスクレスワーカーに特化したスタートアップに注目
デスクワーク以外の仕事に従事し、現場で活躍する「デスクレスワーカー(ノンデスクワーカー)」は、小売をはじめ、農業、製造、輸送、建設、教育、ヘルスケアなど様々な産業を支えており、世界の労働人口の8割を占めると言われています。
一方、デスクレスワーカーはパンデミックの影響で一時解雇や休職を余儀なくされるなど厳しい状況を経験しており、デスクワーカーと比べてテクノロジーの恩恵を受けていないことも課題とされているようです。
世の中の活動が再開し始め、再び最前線で働くデスクレスワーカーの力が必要になる今こそ、デスクレスワーカーと雇用主のあいだに生じているギャップを埋め、より良い職場環境を整備することが企業にとって競争力の源泉となり得るのではないでしょうか。
そこで今回は、デスクレスワーカーと雇用主のギャップに関する現状と、その解決策になるかもしれない、テスクレスワーカーに特化したソリューションを提供するスタートアップを調べてみました。
アンケート調査から見る、デスクレスワーカーと雇用主のギャップ
はじめに、デスクレスワーカーに関する市場を知る上で参考になるのが、SalesforceやBox、Zoomなどに投資実績のあるベンチャーキャピタルのEmergenceが発表した「THE RISE OF THE DESKLESS WORKFORCE」です。2018年のレポートなのでやや古いのですが、デスクレスワーカーの市場動向が非常に分かりやすくまとめられており、全体像を掴みやすいので簡単に取り上げたいと思います。
レポートでは、世界の労働人口の80%を占める約27億人がデスクレスワーカーであり、もともとこの業界はテクノロジー活用が遅れていると見なされていましたが、近年はミレニアル世代のデスクレスワーカーが増えていることもあり、テクノロジー活用に対する従業員やIT部門の購買担当者のニーズが高まっているようです。
しかし、ソフトウェア系スタートアップ企業の大半がデスクワーカー向けのテクノロジーに資金を使っており、デスクレスワーカー向けのテクノロジーに使われる資金は全体のわずか1%であることも指摘。だからこそ、「大きなチャンスがある」と述べています。
なお、レポートでは「Wearables」「Drones」「Other Hardware」「Mobile」というデスクレスワーカーと関わりのある4分野で、スタートアップ企業の資金調達が活発になり始めていることを伝え、デスクレスワーカー向けSaaSを提供する数十億ドル規模の企業がさらに増えることを予想しています。
このレポートによると、デスクレスワーカー市場には確かに大きな成長可能性がありそうです。しかし、同社が2020年に発表した報告書「The State of Technology for the Deskless Workforce」では、デスクレスワーカーがより良い仕事をするために、企業が必要なテクノロジーを提供することに、まだギャップがあると伝えています。
この調査は、1,532人のデスクレスワーカーに実施したアンケートをまとめたもので、計画中にCOVID-19の大流行が起きたことから、パンデミックによってデスクレスワーカーのテクノロジー利用がどう変化したのかについても調査を実施しています。
報告書によると、デスクレスワーカーの回答者のうち70%が、より多くのテクノロジーを使うことで、より良い仕事ができると答えています。
そして、スマートフォンやタブレットを仕事で使えるようになっているという進歩の兆しはあるものの、デスクレスワーカーの多くはデスクで仕事をしないにもかかわらず、83%がデスクトップやノートパソコンを提供されているようです。また、今回の調査でテクノロジーへの不満のトップが「提供されるデバイスやソフトウェアが古いこと」とあるように、決して最適とは言えない環境で仕事をしていることが推察できます。
その結果、テクノロジーのギャップを埋めるため、調査した半数以上のデスクレスワーカーが私生活ですでに使っているテクノロジーを利用している、ということでした。
さらにパンデミック以降、ヘルスケア、物流、製造などの産業で働くデスクレスワーカーは、仕事量が劇的に増加しているにもかかわらず、新たなテクノロジーを提供されていないと書かれています。
このように、テクノロジーを提供する企業とデスクレスワーカーとの間にギャップが生じる要因について、レポートでは「起業家がデスクレスワークの世界を理解していないことにあります。ほとんどのソフトウェア開発者はデスクレスワークを経験したことがないため、どのようなソフトウェアが役に立つのか、明確な感覚を持っていないのです」と述べています。
一方、「近年、自らデスクレスワークを経験したり、デスクレスワーカーを多く抱える企業で働いた経験がある、新しい世代の創業者が出現している」とも述べ、「デスクレスワーカーのためにより良いテクノロジーを創造することは、今日の起業家にとって最大のチャンスの一つです」と締め括っています。
レポートからは、デスクレスワーカー向けにテクノロジーを導入するケースは増えているものの、本人たちのニーズやペインポイントに必ずしも合致しているとは限らず、よりデスクレスワーカーの仕事を理解し、そのニーズに寄り添ったサービスが求められていることが窺えます。
デスクレスワーカーの課題解決に特化したスタートアップ企業が登場
そうした中で近年、デスクレスワーカーのニーズを満たし、より良いテクノロジーの提供にチャレンジしているスタートアップ企業が出てきています。
例えば2021年にイギリスで創業したSona.は、最前線で活躍する組織のチーム効率とエンゲージメントの向上を実現すべく、モバイルデバイスで利用できる次世代プラットフォームを提供しています。同社のプラットフォームでは、デスクレスワーカーのシフト管理や休暇取得の簡略化や出退勤管理、従業員同士のコミュニケーションなどをモバイル上で完結させることができます。また、同社は小売向けに設計した従業員アプリも展開しており、シフトが空いている時間の自動通知や、シフトの一元化による迅速なスケジュール管理など、小売企業のニーズに特化した機能を備えています。Sona.は2022年3月にGoogleのGradient Venturesから680万ドルの資金調達を実施するなど、創業間もないスタートアップ企業ながら順調に成長しています。
同様のデスクレスワーカー向けプラットフォームで大きく拡大しているのが、2016年にイスラエルで創業し、現在はニューヨークを拠点とするConnecteamです。同社は最前線のデスクレスワーカーとのつながりを大切にし、効果的なコミュニケーション、スケジュールやタスク管理、トレーニング、エンゲージメント向上などをオールインワンで実現するソリューションを提供しており、小売特化型のソリューションとして複数の従業員のシフトを1箇所で管理する機能、勤務時間管理と給与処理の高速化、業務のプロセスや運用手順の自動化などを実現しています。同社は2021年にシリーズBで3,700万ドル、その約10ヶ月後にシリーズCで1億2,000万ドルを調達。2020年には収益と顧客の両方が400%拡大するという急成長を遂げています。
他にも2013年創業後、シリーズCで7,500万ドルを調達したSkeduloや、同じくシリーズCで5,000万ドルを調達した2014年創業のYOOBIC、シリーズBで2,000万ドルを調達した2016年創業のeduMeなど、2021〜2022年にデスクレスワーカー向けソリューションを提供する企業の資金調達が続々と行われているようです。
資金調達を実現しているいずれの企業もモバイル端末で利用できるプラットフォームを志向しており、従業員のシフト申請や勤務時間の管理、従業員同士のコミュニケーションツール、マネージャー側の管理負荷削減などの共通点があることから、こうした機能を企業に提供することで、デスクレスワーカーと企業の間のギャップを埋めることができるかもしれません。
また、先述したレポートの「新しい世代の創業者が出現している」という記述の好例として、従業員管理プラットフォームを提供するQuinyxについて触れたいと思います。創業者のErik Fjellborg氏はマクドナルドに務めていた頃、マネージャーが従業員のシフトを手動で管理することの難しさを目の当たりにし、従業員管理ソフトウェアのQuinyxを開発しました。マクドナルドはこのソリューションを評価し、Quinyxの最初の顧客になったそうです。現在、Quinyxは世界中で1,000以上の企業が活用するソリューションへと成長しています。
さらに同社は、2022年にサービス業、物流、小売、ヘルスケアなどの業界で働く10カ国9,300人以上のデスクレスワーカーに実施した調査をレポートにまとめて公開しています。これらのことから、同社はデスクレスワーカーの現実やニーズを深く理解した上でサービス開発を行なっていると考えることができるでしょう。
ちなみに、デスクレスワーカー向けのソリューションを提供するスタートアップ企業の中には、買収という手段を通じてさらなる価値提供を実現させているケースもあります。
最前線の労働者向けの革新的な拡張現実(AR)ソフトウェアを提供するUpskillは、2021年に世界有数のIT企業であるTeamViewerに買収され、その後、TeamViewerは拡張現実プラットフォーム「Frontline」をリリースしています。「Frontline」の最新バージョンでは、買収した複数の企業の技術を統合しており、そこにUpskillの技術力も含まれます。
このように、戦略的な買収を通じてより包括的なARソリューションとして成長し、近年このソリューションは業界アナリスト企業のABI Researchによって「エンタープライズAR製品」のマーケットリーダーとして認められたようです。
「新しいデスクレスの現実」をどうデザインすべきか?
今回は、デスクレスワーカーと企業の間に生じているギャップについての現状と、そこの課題解決に取り組むスタートアップ企業の動向を調べてみました。
最後に、デスクレスワーク戦略のポイントや、現場で働く方々のニーズを深く理解するためのヒントになりそうな資料として、HRや人材に関する調査・アドバイザリー・開発を行うThe Josh Bersin Companyが2021年に発表した「The Big Reset Playbook:Deskless Workers」を紹介しておきたいと思います。
このレポートは「新しい現実」というキーワードを頻繁に用いながら、これからの時代のデスクレスワーク戦略に必要なアプローチや企業の取り組みを膨大な資料にまとめたもの。「新しいデスクレスの現実をデザインする」ことの重要性を一貫して伝えています。デスクレスワーク戦略を考える上で重要な「7つの要素」など、デスクレスワーカーのニーズを捉えた深い考察が展開されているので、興味のある方はぜひ原文を参照していただきたいと思います(フォーム入力でレポートは無料ダウンロードできます)。
世界の労働人口の8割を占めるデスクレスワーカーが、私たちの生活や経済を支えていることは言うまでもありません。パンデミック以降の新たな潮流も踏まえた上で、デスクレスワーカーのためのより良いテクノロジーを開発することは社会的意義が大きく、同時にビジネスチャンスとしてのポテンシャルも高いことが伺えます。今後、国内の動向も含めてどのような新しいサービスが浸透するのか、引き続き注目したいと思います。