公設民営、新たなスキームが地方の買物困難者を救う
スーパーやコンビニが生活圏内にある地域では、買いものに不便を感じることが少ないと思います。しかし、人口減少が進む地方ではスーパーが次々と撤退し、買物困難者の問題が深刻化しています。
一方スーパーは住民にとって重要なインフラ的存在ですが、事業者にとっては採算が取れなければ続けられません。今回は、このような状況下で地方自治体が取り組んでいる「公設民営型スーパー」の実例について、「販売革新」編集長の毛利英昭さんからレポートをいただきました。
買物できる場所がない…買物困難者が増える市町村が急増
地域社会を支えるインフラともいえるスーパーマーケットは、都市部では新規出店が続いて店舗数は増加しているものの、人口減少が進む地方では閉店する店が後を絶ちません。高齢化も進み、25道県では2050年に65歳以上の人口割合が40%を超えると予想されており、体力の低下などで離れたところまで徒歩で行けない、自動車免許を返納したために移動が困難という住民がさらに増えると想定されます。
ネット通販などを利用すれば、といった声も聞かれます。もちろん、そうした宅配サービスだけでなく、ドローンを使って商品を届けるなどの実験的な取り組みは行われています。
しかし、スーパーの役割は商品を販売することだけではありません。住民同士の大切な交流の場であり、家に引き籠もることなく出歩くことが健康の維持にもつながるなど、地域住民の生活を守る重要な拠点となっています。
以前、九州のいくつかの生協が協力して、弁当の宅配サービスを始めました。そこでの話し合いに出席させていただいた時のこと。全てのユーザーに対して、連続しての宅配サービスの利用は最長1週間までにしようと決まりました。その理由は、買物で外に出る機会をつくったり、自分で料理をつくったりすることで、高齢者の健康を損なわないようにしようとのことでした。若い人や健常者には実感がわかないかもしれませんが、スーパーへ出掛けてご近所さんと話をし、家で食事をつくる。こうした人とのふれあいや、ちょっとした運動が生活に潤いを与えることになるのです。
このように、食品をはじめとする生活必需品を提供するスーパーは、電気、ガス、水道そして交通と同じく、地域を支える社会インフラであり、地方住民の生活になくてはならない存在です。しかし一方で、スーパー事業は営利ビジネスです。スーパーの事業者側も社会的な役割を十分承知して、気概を持って店舗を運営しているものの、健全な収益を挙げられなければ存続できないのも事実です。
地域社会になくてはならないスーパーと、人口減少に伴って存続が難しくなった事業者。この2つの狭間でいかにインフラとして住民生活を守っていくかは、多くの地方が抱える大問題です。
公設民営型スーパーとは
公設民営とは、国や地方自治体が施設を設置し、その運営を民間に委託する仕組みのことです。地域住民の生活になくてはならない公共性の高い施設が、人口減少などにより民間での維持、存続が難しくなるケースがあります。そこで自治体が交付金や補助金を使って土地や建物を貸与し、民間に運営を任せることで事業を継続可能にし、地域の生活インフラを支えようとするものです。保育園や学校、病院などだけでなく、スーパーでも活用が進められています。
前述のように人口減少はどんどん進んでおり、国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の人口は2050年には2020年比で83.0%にまで減少。47都道府県で今の人口水準を維持あるいは人口増を見込めるのは東京都だけで、他の道府県は全てで人口が減少するとされています。
その結果、スーパーの撤退が相次ぎ、買物困難者が増加する現在の状況に対して、地域住民の生活を支えるために行政が乗り出し、登場したのが全国各地の公設民営化型スーパーなのです。
公設民営型スーパーは、都道府県や市町村など地方自治体が所有あるいは貸借契約した土地や建物を、スーパーを運営する民間事業者に貸し出し、事業者は店舗の運営や商品・サービスの提供、店舗管理などを担います。
また、店舗運営経費の一部を自治体が交付金、補助金で補助、支援する場合などもあります。
鳥取県若桜町が取り組む公設民営型スーパー
全国各地で公設民営型スーパーが登場していますが、今回は、鳥取県若桜町(わかさちょう)が2023年11月に開店した公設民営型スーパーについて、若桜町企画政策課係長の中口賢一氏にお話を伺いました。
鳥取県若桜町は鳥取県の東、兵庫県と岡山県との県境に位置して、不動院岩屋堂があることでも知られた町です。2020年の国勢調査によれば人口は3,000人を切り、2人に1人が65歳以上の高齢者という状況です。日本各地が抱える問題ですが、若桜町でも人口減少、高齢化が深刻化しています。
人口が減れば、事業者は閉店、撤退の決断を迫られます。若桜町にはかつてJA鳥取いなば系のスーパーが9店舗ありましたが、2023年9月にすべて閉店。住民の生活を支えてきた店がなくなり買物困難者が増えることに対して、町が選んだのが公設民営型のスーパーだったのです。
新しいスーパーの公募には4社が手を挙げましたが、鳥取市に本社を置き15店舗のスーパーを展開する株式会社エスマートに決定しました。
店舗の継承を巡っては、これまで店を運営してきたJAの協力があったとのことです。その上で、閉店した店舗と土地を保有する町民の方の厚意で若桜町が無料で借り受け、それをエスマートに転貸しました。エスマートは店舗を改装した上で「エスマートわかさ店」として、23年11月に新たにオープンしたのです。
これまで採算が取れなかったことから、中口氏によると、「運営経費の半分はエスマートが負担し、残り半分を若桜町と鳥取県が交付金を使ってそれぞれ25%ずつ支援する」と決まったそうです。
新しいスーパーの開店を待ちに待った住民からは、車で40分もかけて市街へ買物に行ったり、鳥取市に住む子どもに買物を頼んだりしていたという声も聞かれました。
また、免許を返納して車を持たない高齢の方は近くにオープンしてくれたことに安堵し、「近くに店があるのとないのとでは大違いです」と語っています。
中口氏は「買物できる店を失い困っていた住民の皆様には大変喜ばれています。スーパーは買物する場ではありますが、住民同士の交流の場にもなっています」とスーパーの重要性をお話しいただきました。
また、若桜町の上村元張町長は、「店舗運営のしやすい環境づくりに努めました。買物できる店が近くにあることは、住民生活を支えることはもちろん、人口流出を防ぐためにも重要なことです」とおっしゃっています。
公設民営型スーパーの現状と課題
公設民営型のスーパーの出店は、全国に広がっています。正確な数は集計できていませんが、例えば、北海道の西興部町や滝上町、長野県の阿南町や伊那郡、兵庫県の神河町など、多くの地域に公設民営型スーパーが誕生しています。しかし、継続して運営が続けるには課題もあります。まず、自治体から継続的に交付金、補助金などの支援を受け続けられるかということが挙げられます。多くの公設民営型スーパーは、民営で存続の努力を続けてきた結果、退店を余儀なくされた店がほとんどであり、自治体の支援があることが前提で成り立っているからです。
その上でさらに大切なことはいかに損益分岐点を下げられるかでしょう。公設民営型スーパーが作られているのは、人口減少が続く地域であり、人口が増えればいいのですが、その可能性は低くスーパーの売上も大きく伸びることはあまり期待できません。
そこで、出店に際しては、初期条件を低く抑えて減価償却費やリース代など、固定費の負担を減らすことで損益分岐点を下げる必要があります。変動費率の割合が高い小売店ですが、損益分岐点を下げるには固定費を抑えることが最も効果的です。
その上で、人件費の変動費化、水光熱費の節約などローコストオペレーションの徹底が、一般的なスーパー以上に重要になります。
(取材・文:「販売革新」編集長 毛利英昭)
鳥取県若桜町の取り組みを中心に公設民営型スーパーの事例をご紹介いただきました。スーパーの相次ぐ閉店によって地域住民は不安を抱えていたと思いますが、公設民営型で閉店のリスクが少ないスーパーが登場したことは、単なる利便性だけではなく、住み続けるために欠かせない安心感や町に対する信頼感にもつながっているのではないでしょうか。
一方、出店した事業者は地方自治体から店舗運営費の補助を受けられるとはいえ、人口減少が進む地域で利益を上げ続けるのは簡単なことではないと思います。地域住民の暮らしを支えながらビジネスを成長させるためにどんな施策や工夫が必要なのか。エスマートわかさ店をはじめとする先行事例から新たなアイデアやノウハウが生まれることを期待しています。また、社会課題の解決や地域貢献という観点で、出店した企業がステークホルダーからどのような評価を得られるのかも気になるところです。
買い物困難者の課題解決につながるかもしれない、公設民営型スーパーの今後の発展に引き続き注目したいと思います。