チョコプリンinマウントレーニア
これは「ベーグルで初心を噛み締める」の後日談。
彼氏の要望で友人を迎え、三人でバレンタインパーティをした日の前日、および当日の話である。
その晩、私は真剣に悩んでいた。
時は3月19日、彼氏の家で開催されるバレンタインパーティの前夜である。
お菓子作りの得意な友人モナコに勧められて、チョコプリンを作ると決めていた。
レシピを見る限り、製菓オンチの私でも作れそうだったからだ。
材料が少ないのも魅力的だ。
チョコレートと牛乳、ゼラチンをかごに入れて意気揚々とレジに並ぼうとしてふと、彼の家までどうやって持っていけばいいのだろうかと途方にくれてしまった。
順当に考えれば、レシピの見本のようなおしゃれなガラスのコップに入れて持っていくべきなのだろう。けれどコップは重いし、洗って持って帰るのも面倒くさい。
一緒に食べるのは気心知れた彼氏と友人のモナコだし、もうちょっと気楽な容器がいいかな。
とりあえずプリンカップに入れる気満々で店内を見て回ったものの、プリンもヨーグルトも蓋は一度剥がすと元には戻せないタイプのビニール製のものが多かった。
そうでないものは容器ほしさに買うにはちょっともったいない、プリンパフェのようなゴージャスで強気な値段のものばかり。
次に思いついたのはアイスだが、この寒い時期に三つ食べるのはあまりにも辛い。
この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば
(満月に欠けたところがないように、世の中に望んでかなわぬものはない)
チョコプリンの材料を一瞬で揃えて「オホホ完璧!さすが私の見込んだスーパーだわ!」と藤原道長を気取って心の中で高笑いしていた私は、瞬く間に容器捜索隊の一員に没落した。
豆腐、×。
じゃがりこ、×。
キムチ、論外。
目まぐるしくその容器が使えるか否かをジャッジしながら、早足でスーパーを擦り歩く。
閉店時間が迫るいま、一瞬の判断ミスが命取りになる。
緊張感をみなぎらせ高速で店内を周回していたら、ついに見つけた。
マウントレーニアのコーヒーシリーズ!!!
蓋つき最高!!!
しかも、プラスチックで丈夫そう!!!
ひょっとして私、天才では!?
それはまさに、頭上でくす玉が割れたかのような爽快感だった。
喜びで笑いだしそうになる口元をなんとか引き締めて、私はこのコーヒーシリーズを三つ選んでレジへと向かった。
輸送問題が解決すれば、あとは楽勝のはず。
家に帰って、るんるんでチョコプリンを作り始める。
材料はこちら。
まず粉ゼラチンを水にふやかしておき、牛乳を沸騰直前まで温める。
その隙にチョコレートを細かくしておき、牛乳に加える準備をしておく。
ポキポキと板チョコを割る作業に没頭していたら、急に後ろからボコボコと不穏な音が聞こえた。振り返ると「沸騰直前まで温める」つもりだった牛乳が、もくもくと入道雲のように荒ぶっている。
慌てて火を止めて、細かく砕かれたチョコ片と砂糖代わりの蜂蜜をフライパンに流し込む。
それが溶けたのを確認して水でふやかしておいたゼラチンも投入。
スプーンで執拗に混ぜて粗熱が取れるのを待ちながら、マウントレーニアをマグカップに移して温めて飲む。
そのカップをゆすいでチョコプリンのもとを流し込み、冷蔵庫で冷やし固める。
これで任務完了だ。めでたし、めでたし♪
***
プリンの成否が気になりすぎて早起きした翌朝、豆腐容器に入れておいた味見用を一口食べた。
硬くて、ざらざらしていた。
口蓋にざらりと残る不快な舌触りに戸惑い、おずおずともう一口。
あんなに混ぜたのにチョコが溶けきっておらず、つぶつぶとした残留チョコを感じる。
いまだかつてないほどにレシピに忠実に作った自己ベストチョコプリンが、ざらざら。
えっ、つら。
とはいえ私には立ち止まっている時間はない。
あと数時間でこれを彼の家に持っていかなくてはならないのだ。
悲嘆に暮れる時間も、作り直している時間もない。
大丈夫、私は天才、私は天才……。
必死に自分を鼓舞しながらぐるぐる部屋を歩いたり冷蔵庫を開けたりして、ハッと思いついた。
上から、まったく別の食感のものを乗せてしまうのはどうだろう?
例えば最近開けたキイチゴのジャムと冷凍ベリーを乗せたら、ベリーのつぶつぶ感がチョコプリンのざらざら感を中和してくれないだろうか?
やだ私ったら冴えてる!!
さっそく乗せてみたら、あたかも「主役ですがなにか?」とでも言いたげにベリーが映えた。
これはもう、そういう運命だったのだと思うことにしよう。
そっと蓋をして、お菓子の空き箱で作った即席ドリンクホルダーに差して彼の家へと急ぐ。
モナコはすでに彼の家に着いていて、冷蔵庫には彼女の作ったレアチーズケーキが冷えていた。さすができる女である。
私も自分の持ってきたマウントレーニアを冷蔵庫に入れていたら、ピザ屋から彼氏が帰ってきた。
さっそくピザ2枚とチキタツをテーブルに並べ、レモンサワーで乾杯。
めったに買わないお店のピザは、やはりおいしい。しかし、カロリーが高い。
贅沢だね~、おいしいね~とはしゃいだのも束の間、半分を過ぎたあたりから「あなたあと何枚いける?」「俺つらい」といった会話が遠慮がちに交わされるようになり、食べきったあとには「完食したねー!」とそれ自体を称え合うような雰囲気になっていた。
そしてピザだけで十分にお腹いっぱいになってしまった私たちは、一度ゲーム休憩をはさむことにした。
いま彼がやっているのは、新作ゲーム『ELDEN RING(エルデンリング)』。
見知らぬ女性に「王を目指せ」と言われてその気になった主人公が、体中から腕が生えすぎてバランスおかしくなっちゃってる人や、毒々しい色の狂暴な巨大アリらと激闘を交えながら、幻想的な美しい草地や見るからに禍々しい沼地を駆け巡り王を目指すゲームだ。
彼は現在、ボスのひとりマレニアとの戦いで連敗している。
ザクザクに突き刺されて悔しがる彼をひとしきり見守って、小腹がすいた私たちはいよいよチョコパーティを開催した。
モナコが作ってくれたのは、クリームチーズとゼラチンで作るレアチーズケーキ。奇しくもゼラチンかぶりである。
チーズケーキの華やかな見た目に浮足立ちながら私がマウントレーニアを取り出したら彼は、「えっ、コーヒー買ってきたん?これから紅茶飲むのに」とちょっと困惑したように言った。
「うへっへっへ」と曖昧に笑いながら食卓に並べて、蓋を開けるように促す。
「わ、チョコプリンやん!」「すごい、おいしそう!」
そんな言葉に気をよくしながら、でも残念な食感なのよと断りを入れる。
「これ、二層になってるんだね?」
そうモナコに言われたときは、てっきりジャムのことを言っているのかと思った。
「いやいや、チョコが濃いところと薄いところに分かれてるよ」
そう言われて少し深くスプーンを入れてみると、たしかに濃くてざらりとしている層と、薄い茶色のつるりとした層に分かれていた。
そうか、私が今朝食べたのは濃い層だったのか。
「ほんとだ、食感が違うね」と彼も言う。
冷やしている最中にプリンが自ら二層になってくれただけなのに、なんだかお菓子作りが上手な人のように持ち上げられて、私はちょっと天狗になった。
モナコのレアチーズケーキも、濃厚でとてもおいしかった。
聞けば彼女は作りたかったレシピとは少し違うレシピで作ってしまい、ゼラチンの塊がところどころに入ってしまったと言っていた。ときどきグミのような感触がよぎるケーキは、それでもとてもおいしかった。
「さすがプロは違うわ」「いやいやチョコプリンもおいしいよ」と私たちは再度お互いの健闘を称え合った。
私の愛用する『新明解国語辞典(第5版)』ではそう説明されているバレンタインデー。
そもそも私たちのパーティは3月20日だし、恋人同士+友人という妙な組み合わせだし、別に求愛もしていない。
バレンタインを口実にただただお菓子パーティをしただけと言ってしまえばそれまでだけれど、これを機に私たちはより一層知恵の絞り方を学び、絆を深めたような気がしている。
そしていまの私の悩みごとは、この日一日で摂取した莫大なカロリーの消費方法についてである。
ピザにレアチーズケーキ、マウントレーニア8分目くらいまでに注がれたチョコプリン。
愉快な暴食から数日後、今朝体重計に乗ったらばっちり2キロも増えていたのだ。
次回、ダイエットパーティ編に続く……かもしれない(続きたくない)。